第237話
◇◇◇
神話級ポーションを受け取りこの前と同じ食事会が開かれる。レインが座るテーブルにはカトレアとアルティがいる。すぐに帰るつもりだと伝えたからアメリアと阿頼耶は外の馬車で護衛の騎士たちと待機してもらっている。
「はい!レイン、あーんして!」
レインの左隣に座るアルティがスープをスプーンで掬ってレインの口元へ運ぶ。
「………………自分で食べられるけど?」
レインは顔を逸らして拒否する。ただでさえ有名なレインの横に同じくらい有名なカトレアがいる。そしてそのカトレアを凌ぐ容姿端麗な女性、アルティもいる。
注目度はとんでもない事になっている。みんながみんなどのタイミングで話しかけようかソワソワしている。そんな状態でレインが食べさせてもらうような事を目撃されたら騒ぎになる。
「じゃあ食べさせてもらうか口移しか選びな?」
「じゃあ食べさせてもらえますか?」
「分かればよろしい」
ご機嫌なアルティが持つスプーンがレインの口に運ばれようとした時、パキンッ――とスプーンが折れた。そのままスプーンの先端はスープと共に床へ落下する。
「あらあら……おほほほ…こんなタイミングで折れるなんてさぞ運がないんですねえ。それとも日頃の行いが悪いのかしら?」
レインの右隣に座るカトレアが自分の口に手を当ててほくそ笑む。
「………………お前、何かやったろ?」
「そんな事よりレインさん……私、少し飲み過ぎちゃったみたいなの。介抱してくださらない?」
そう言ってカトレアはレインの膝を枕にして横になろうとする。しかしカトレアの頭がレインの膝に乗る直前に水の塊が何処からともなく出現した。当然カトレアの頭はその水の塊にぶつかる。その衝撃で水の塊は弾け飛んだが、不思議とレインや周囲の人が濡れることはなかった。カトレアだけがずぶ濡れになった。
「それで酔いでも冷ましな?ああ、お礼はいらないからね!さあ、レインもう1回ね?はい……あーん」
「…………えーと…アンタ本当に何してんの?」
「なによ!食べてくれたってッ」
今度はアルティが持っていたスープが入ったお皿がいきなり真上へ跳ねた。そこにあるのはアルティの顔だ。さすがのアルティもお皿が突如そんな動きをしたら対応できない。顔面全体にスープを被った。不思議とレインには掛からずアルティの顔はベタベタになってしまった。
「……カトレア」
「レインさーん……何故かビチャビチャになってしまいました。抱きしめて暖めて下さいませんか?」
カトレアはレインの腕に自分の身体を密着させる。それと同時にアルティは勢いよく立ち上がる。その衝撃で座っていた椅子が後ろの方へ飛んでいく。
「…………おい、表へ出ろ。この国ごと消し飛ばしてやる」
「望むところですわ。貴方がどれだけ強くてもレインさんへの愛は負けません。一矢報いてその喉元に噛み付いてやりますわ」
2人は立ち上がって外へ出ようとする。食事をしていてあちこちで話し声がしているこの場所でも流石にここまで騒ぐと注目される。
レインは立ち上がった2人の手を掴む。喧嘩するのは別にいい。仲良くしてくれとは思うが、レインだって喧嘩する時もある。
でも周りに迷惑をかけ過ぎている。料理も台無しにして周囲の楽しそうな雰囲気もぶっ壊している。終いには外で魔法戦に発展しようとしている。こうなったら看過できない。
「カトレア……アルティに謝れ。じゃないと俺たちの関係は終わりだ。屋敷の滞在も終わりで、どこか宿を探せ」
「そんな!」
「アルティもカトレアに謝れ。しないならもう2度と口を聞かない。何をしようとお前は俺の視界に映ってないように振る舞う」
「え?!」
「どうするんだ?謝るのか、俺との関係を終えるのか、好きな方を選ッ」
「「申し訳ありませんでした!!」」
レインが言い切り前に2人は全力で頭を下げた後にハグしている。別にそこまでやれとは言ってないし、どれだけ必死なんだと言い始めのレインも若干引いた。ただこれでようやくこの空間に平和が訪れた。
◇◇◇
そして食事会が終わり帰りの馬車だ。あの喧嘩のせいで話しかけてくる人は皆無だった。この2人が暴走したせいで微妙な空気になってしまった。またローフェンたちに何かお詫びをしないといけないだろう。
「レインさん……もう怒ってないですか?私を屋敷に置いてくださいますか?」
「だからもう怒ってないって言ってるだろ?」
ハイレン国都ガロフィアを出てから数時間、カトレアはこの確認を何度もしている。
「で、でも…レインさんの目が優しくないです。いつものように優しく微笑んでほしいです」
カトレアは馬車の床とレインの方を交互に見ながら話す。身勝手な理由でレインを怒らせた事を相当後悔しているようだった。
「…………これが俺の普通だよ」
カトレアには申し訳ないが、レインは今別の事を気にかけている。ルーデリアとクーデリカが言っていた事と今も隣でアルティが口を開けて爆睡している事……いや寝ているのはどうでもいいがこの魔王がここにいるという事だ。
"もうそろそろ覚悟を決めるべきだよな。魔神のもう少しは人間のもう少しとは違うって思って先延ばしにしていたけど……これも俺の悪い癖だな。考えるのが面倒な問題をすぐに先延ばしにしてしまう"
「…………アルティ」
「………………………………」
「…………アルティ?」
「……………………………………」
レインが呼べば起きると言っていたアルティは全く起きない。この魔王もレインと似ている。一度寝たら敵意を向けられない限りは多少の事をされたとしても本当に起きない。
「アルティ……起きて」
レインはアルティの黒く長い髪に触れて耳元で囁く。
「ひゃい!!」
するとアルティはすぐに飛び起きた。頭を馬車の天井に頭を思い切りぶつけた。普通なら頭を押さえて悶絶するレベルだが、天井にヒビが入った。
「アルティ……テルセロの近くまで帰ってきたら一緒に行こうか。また稽古を付けてほしい」
「レインさん?!お2人だけで何処かに行こうとしていますか?!」
「カトレア……大事なことなんだ。すぐに帰ってくるよ。だから屋敷とみんなを守ってくれないか?」
レインの雰囲気がふざけている訳ではないと悟ったカトレアは静かに頷いた。
「ありがとう……アメリアと阿頼耶も頼むな?」
「はい」
「お任せください」
「レイン、覚悟を決めたなら急ごう。時間がない、時間がないと何度も言っていたけど、もう始まってると思った方がいい。だから今すぐに向かおう。数日で戻る。レインを少し借りるよ」
「…………え?」
アルティはレインの肩を掴んだ。そしてダンジョンに入る時のフワッとした感覚がしたかと思えば目の前には10年ほど住んだあの懐かしき屋敷があった。
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