第177話






◇◇◇


「もういないよな?あとはボスだけか。……死んでないよな?」


「まだ生きてますよ?常に雷を落とし続けていますので動けません」


 レインたちの周囲にはオークの亡骸が散乱していた。その亡骸の間には元オークだった傀儡たちが膝をついている。


「…………というかオーガとオークって同じなんだな」


 オークたちを傀儡にしたが、傀儡の兵士――鬼兵だった。強い事に変わりはないが見た目も同じだった。だから追加で10体くらいだけ傀儡にした。既に鬼兵は100体以上いる。これ以上は別に要らないと判断した。


 そしてレインたちの目の前には魔法陣の上で横たわるボスがいた。その魔法陣はカトレアがいつの間にか仕掛けていた物でボスが立ち上がると同時に作動した。


 常に死なない程度の雷撃を放ち続け、戦闘開始早々にボスが無力化された。


 連携が得意なはずのオークたちもボスがこうなったのを見ると動きが鈍った。そのまま後は戻って来た傀儡たちによって蹂躙された。


 もう間も無く巨人兵たちが戻ってくる。ボスを敢えて殺さなかった理由はこれだ。


 巨人兵は大きいが動きは遅い。だから遠くに行かせてしまうと戻ってくるのに時間がかかる。でも失うには惜しすぎる戦力だ。だから残しておいた。


「…………よし、巨人兵たちも回収した。他の傀儡も全部召喚解除できた。これで終わりだな」


「私がトドメを刺してもよろしいのですか?これくらいの大きな個体は珍しいですよ?」


「別に要らないかなぁ」


 見た目も鬼兵と変わらず、大きさも巨人兵よりも小さい。魔法もなく近接武器を振り回すだけだ。もうそれくらいのレベルでは魅力を感じなくなっていた。


「………………ぐ…くそ」


 ボスは最後の力を振り絞って雷撃を突破しようとする。しかしカトレアの魔法は力だけで何とか出来るほど甘くはない。


「貴様に……神の罰が降ることをあの世で……祈る」


「……だからガウガウ言われても分からないって。……多分こっちの言葉も分かっていないだろうけッ」


 レインが言い切る前に魔法陣から放たれていた雷撃の威力が一気に上がった。天へと昇るような勢いの雷撃が放たれた。


「グオオオオオッ!!!」


 オーガのボスは雄叫びとも断末魔ともとれる叫びを下げて黒焦げとなり、そのままバラバラになった。


「まだ話してる途中だったんだけど?……なんか怒ってる?」


 レインの背後に立つカトレアがオークのボスを雷撃で粉々にした。レインが振り返ると少し怒った表情をしているカトレアがいた。レインはその表情の理由を聞く。


「今そこの肉塊がレインさんに失礼な事を言いました。なので1番苦しめそうな雷撃でトドメを刺したんです」


「失礼な事?やっぱり言ってる事分かったのか?」


「いえ?バウバウにしか聞こえませんでした。でも……何でしょうか?女の勘というやつです。夫を侮辱されて怒らない妻はいません。レインさーん!」


 カトレアは甘えたような声を出しながらレインに引っ付く。そして頬に口付けをする。最初は恥ずかしがったレインも特に抵抗しない。慣れって怖い。


「誰が夫だ、誰が。……っと、出口か。さっさと帰ろうか」


 レインたちの目の前には青白い力を放つ渦が空中に出現した。何度も見たダンジョンの出口だ。


「ここの新婚イチャイチャ生活も終わりですか。寂しい……ですね。最後に……思い出が欲し……」


「先に行ってるぞー」


「待ちなさい?」


「ぐぇッ!」


 そそくさと帰ろうとするレインの襟首をカトレアは掴む。予想より強い力で掴まれたレインの首はガッと絞まる。レインは思わず尻餅をつく。


「今のは酷いですねぇ」


 レインが立ち上がる前にカトレアがレインの上に乗る。


「退いてくれない?」


「じゃあ何処でも良いのでレインさんからキスして下さい。じゃないと出口が閉じて永遠にこの世界で暮らす事になりますよ!」


「え?!そんな事になるの?」


 初耳だった。ダンジョンを攻略すると外に出るのが当たり前だった。わざわざ中に残るという選択を取る人はいない。だから考えてもみなかったが、そうなる可能性がないとは言えない。


「いえ?知りませんけど?」


 レインは少しイラッとする。というかダンジョンの出口から出なかったらどうなるかなんて誰も知らない。

 今いる人は出て来た人だし、いない人は永遠に閉じ込められている人だ。どうやってこの世界にいない人から情報を得ると言うんだ?


 よくよく考えれば分かる事だ。なんか馬鹿にされているような気がしないでもない。

 

「本当に何なのお前?……とりあえず帰りたいから……はい」


 レインは特に抵抗もなくカトレアの頬にキスをする。もう挨拶代わり感覚で出来るようになった。これが良い事なのか悪い事なのかというと多分悪い事だ。


 これを外で普通にやると国外追放か変態の烙印を押されるか、その両方をくらうだろうな。


「すんなり出来るようになったのは腑に落ちませんが……いいでしょう。では帰りましょうか。お疲れ様でした」


 カトレアはレインの手を引っ張って起こす。そして2人でダンジョンの出口を潜った。


 入ってきた時と同じように身体がフワッとする感覚を覚える。そして約10日ぶりの人工物っぽいものが並ぶ街の中心に戻って来た。


 外の人たちからすれば大体3時間程度だろう。予想より時間は掛からなかった。でも疲れた。早く帰りたいとレインは願うばかりだった。


 しかし……。


「…………どうした?」


「これは……一体……」


 目の前に広がる光景にレインはもちろんカトレアも理解できないようだった。それもそのはず。周囲はイグニス王国軍によって防衛線が築かれていた。周囲の建物の上からは何十人もの覚醒者たちがこちらを狙っていた。


 周囲全ての街道にはバリケードのような柵が作られている。まるでここを中心とした要塞が作られているようだった。


「待ちなさい!!攻撃中止!攻撃中止!!」


 聞き覚えのある声が聞こえる。1人が建物の上から飛び降り、もう1人が陣形を組む兵士の間を通り抜けるように出てくる。そしてポカーンとする2人の前にほぼ同時に辿り着いた。シャーロットとニーナだった。


「お2人とも!ご無事ですか?!」


 シャーロットがすごい剣幕で問い詰める。


「え?……はい、大丈夫ですよ?……というかどうしたんですか?何でこんな厳戒態勢が?」


「レイン様……レイン様たちがダンジョンに入ったという報告を受けてから今日で10日目です」


「はい?!…………お前」


 レインはカトレアを見る。外と中の時間の流れが違うといい情報はカトレアに聞いた。もしカトレアがレインと一緒にいる時間が延ばすための方便だったならここで殴る……そう思いカトレアを見るが、様子がおかしい。


「10日……?……確かにこのダンジョンは『特殊ダンジョン』でした。なので通常よりも時間かかりはしましたが……なぜ内部も外の時間の流れが同じなんですか?」


「それは……我々にも分かりません。神覚者……それも超越者のお二人が入ったのに一向に出てくる気配がない。

 そんなお二人が苦戦するようなダンジョンに誰を送り込んでも邪魔になると判断し、常に監視する方向で調整していました。

 そして10日が経ち間も無く崩壊を迎える……という事で動員可能な兵力を全てこの場所に投じたのです」


 カトレアにも誰にも分からない。ダンジョン内部は魔力の溜まり場だ。そのせいで時間にすら歪みが出る。高ランクのダンジョンになればなるほどその歪みが大きくなるのは覚醒者でなくともみんな知っている事だ。


 しかしメルクーアのSランクダンジョンもアルティがいたダンジョン、他のAランクダンジョンも全部が少しずつ違っていた。だからこういった事もあるのかもしれない。


「……これも良い研究材料となるでしょう。此度は『特殊ダンジョン』の攻略ありがとうございました。また追って国家からお礼をさせていただきます」


 シャーロットはレインたちに頭を下げた。確かに2人でなければクリアするのは難しかったかもしれない。レインはダンジョンの事を思い出す。この10日間のことを。


「………………大丈夫です。ここにいる人たちも帰してあげて下さい」


 全然難しくなかった。モンスターよりもカトレアの方が驚異だった事の方が多いとすら思えた。今もこちらを見てニコニコしているが…それがまた怖い。


「ありがとうございます。…………そしてこれはご相談なのですが、お疲れだとは思いますが……これから王城へ来ていただけませんか?」


 シャーロットからの申し出があった。横にいるニーナも深刻な顔をしている。雰囲気も変わった。


 これは何か……ダンジョン関係か何かは分からない。ただ神覚者の力が必要な問題が起きた――と考えられる。


「分かりました。今から行きましょう」


「ありがとうございます」


「私も行きましょう。私の知恵が役に立つかもしれません」


「ありがとうございます!では行きましょう。馬車も近くに用意してありますので……」


 単にレインと離れたくないカトレアも提案する。超大国エスパーダの神覚者の提案を2人は喜んで受け取る。レインだけがその思惑に気付いたが、カトレアの知識はレインとは比にならない。だから何も言えなかった。


 こうしてようやく戻って来た人間の世界だったが、またすぐに別の問題が起きたのだった。


 

 


 

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