第176話





◇◇◇



「レインさん……良かったのですか?こちらを見ていたモンスターを逃してしまって」


 カトレアは問いかける。今も3体が森の中からこちらを見ている。モンスターは必ず魔力を放っている。


 並の覚醒者ならともかく魔力の色を見るレインと探知魔法で常に相手の場所を把握しているカトレアには何処にいるのかすぐに理解できた。


「別にいいよ。魔力放ってるモンスターが俺に知られずに近付くのは無理だからな。好きなようにやらせるさ」


「そうですか。一応モンスターはオークでしたね。個体の強さを優先する種族であるオーガとは異なり、数による連携を得意とする印象のあるモンスターですね。

 私がここに連れて来ておいてなんですが……知性がある分、何をして来るか分かりませんのでご注意ください」


「分かった。傀儡もかなりの速度で戻って来ているし……まだ1番強いのは残してあるから……まあ何とかなるだろう。でもあの家は良かったのか?服は持って来たけど……」


 レインは周囲に放った傀儡を戻していた。進む時とは違い、物凄い速度で戻って来ているのが分かる。巨人兵は足が速くないから苦労しそうだ。

 

 そしてレインとカトレアは拠点から出る時、残っていた衣服だけ全て回収した。レインが持って来ていた仮拠点用の小屋や追加で作った物は全て置いて来た。


「おそらくこれでこのダンジョンは終わりです。もう戻る事もないと思います。撤去するのに時間もかかりますからね。レインさんはあの小屋を持って帰りたかったですか?」


 カトレアは少し申し訳なさそうに話す。そもそも確認すら取っていなかった事に今更気付いた。


「いや別に……要らないな。もっと良いやつを何処かで仕入れとこうかな」


「その方が良いですね。…………来ましたよ」


 カトレアが安堵したのも束の間、森の奥の茂みが激しく音を鳴らす。大きな何かが複数動く音だ。

 ただそんな音が無くても2人には分かっていた事だった。

 

「……そうだな」


 レインは一応剣を一本だけ取り出す。ただ構えはしない。杖のように地面に突き刺すだけだ。奥から迫る集団全ての魔力を合わせてもレインには遠く及ばない。もちろんカトレアにも到底届かない。


 そしてここはカトレアによって木々が全て伐採されていて周囲が開けている。


 つまりあのモンスターたちはどうやってもレインに気付かず近付く事はできない。透明になるスキルがあったとしても魔力の放出をゼロにする術はない。レインが知らないだけの可能性が高いが、あのオークたちがそれを可能にしているとも思えない。


 モンスターたちがレインに勝つ可能性は万に一つもない。カトレア1人にすら勝てないだろう。

 


◇◇◇


 レインたちが待っていると森の奥からオークたちが出て来た。全員が剣や槍、斧などの近接武器を持っているが構えていない。


 こちらを見ているが睨みつけるような視線は取っていない。レインたちの姿を見ては目を逸らすのを繰り返している。敵意はないと必死にアピールしているようだ。


 1つの場所から出て来たオークたちはレインたちを取り囲むようにして円形に広がっていく。そして最後にようやく一際大きなオークが出て来た。肩に担いでいる巨大な斧は人が数人は寝られそうなくらいに巨大だ。



「おお……武器もモンスターもデカいな」



 巨大なオークは巨人兵ほどではないが数メートルはありそうだ。周囲のオークたちもみんなレインよりも背が高い。そして鬼兵のように鍛えられた肉体を持っていた。何体かなら傀儡にしても良いかなぁと思える程度ではある。


「そうですね。まあデカいだけですが」


「そうだな」


 オークのボスが持つ斧からは魔力が感じられない。硬い石か鉱石を加工して無理やりその形にしたような不恰好さだ。魔力が宿っていないのなら強度がその武器の素材を超越する事はない。


 あの斧がもしレインに直撃したとしても斧が砕けて終わるだろう。


 明らかにボスの雰囲気を漂わせている大きなオークはレインたちへと近付く。一応警戒するレインだが、オークはその前に斧を地面に置いた。そしてその武器の前にオークは移動する。


 武器を手放しての騙し討ちをしないと相手に見せつけ、理解してもらう為だ。オークのボスは徹底的に敵意を見せず、戦闘にならないように細心の注意を払った。


「…………なんだ?」


 オークはレインたちを目線を合わせる為にその場にあぐらをかいて座った。それでもレインはそのオークを見上げなければならない。それほどの体格差だった。


「……どうか我らの話を聞いて下され。我々に敵意はない。我々はただ平穏に暮らしたいだけなのだ。望みの物があるならば何でも差し出そう。何が目的なのだ?我らの命を助けてくれるなら全ての事に協力すると誓おう」


「………………………………」


 レインは何も答えない。横にいるカトレアに至ってはボスを見てすらいない。空を流れる雲を眺めていた。


「話してくれねば分からぬ。白く輝く鉱石か?それとも神木から取れる金の樹液か?命以外なら何でも渡す。何でも教える。何でも協力する。どうか教えて頂けないだろうか?」


「………………えーと」


 ここにきてレインがようやく口を開く。オークたちはどのような要求をされるのかと緊張の極みだった。この者が何を話すかで全ての命運が決まる。


「……ごめん…さっきから何をガウガウガウガウ言ってるの?俺……オークの言葉知らないんだけど」


「………………何だ?何を言っているのだ?」


 2人の言葉はお互いに通じなかった。人間とオークの言葉が同じはずがない。そもそも交渉の余地すら無かったとオークのボスはここで理解した。


「レインさんにはそう聞こえたんですか?」


 しかしここに希望があった。レインにはガウガウとしか聞こえなかったが、カトレアにはそう聞こえていなかった。


「……カトレア…お前、言葉が分かったのか?」


「私にはバウバウと聞こえました」


「…………ちょっともう…黙っててくれる?」


 もはや話し合いどころではない。交渉しようにも言葉が通じない。経緯は予想外だったが、結果的に交渉が決裂したと悟ったオークたちは突然武器を構える。


 と、同時にレインの傀儡たちがオークたちを背後から襲うように戻って来た。こうして最後の生き残りであるオークの精鋭たちと2人の神覚者の戦闘が開始された。



 

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