第175話
◇◇◇
「……うっ……うっ……うぅ……」
「さて……モンスターはどの方向から来てる?」
レインは装備を付け、いつでも戦える状態にした。その傍には頭を押さえて床で正座するカトレアがいた。
「…………うぅ……ひどいです。恋人の戯れのつもりだったのに……頭が凹みそうになるくらいの手刀を恋人にするなんて……低ランクのモンスターならあれで倒せるくらいの威力でしたよ……」
「お前が俺の首元に氷魔法を放たなければ笑って許したけどな。ただでさえ寝起きは手加減できないんだ。これからは気をつけるんだな。……で、モンスターは?」
「……これから?!……という事はこれからもずっと一緒に寝ていただけるという」
レインはもう一度手刀を放つ構えをする。
「もう100発くらい行った方がいいか?その方が目も覚めるだろうし」
「……単位がおかしいです。あと2度と目覚めなくなります。……まあいいでしょう。モンスターはあちらの方向からこちらへ来ています。数は約90体ほどでしょうか?」
カトレアは何事もなかったかのように立ち上がりその方向を指差す。
「結構多いな。でもそれだけで俺を起こしたりしないよな?カトレアなら魔法何発か撃てば解決できるレベルだろ?」
「はい、しかし今接近しているモンスターには知性があります。周囲を警戒するための隊列を組み、斥候もいるようです。これまで経験したダンジョンではモンスターたちがまとまって行動する事はありました。
しかしこのモンスターは明らかに戦術を用いています。本隊と思われる集団の周囲を警戒する要員、後方支援要員、斥候による前方の索敵など、こちら側の兵士が行うような行動をしています」
「なるほど」
「その集団を丸ごと吹き飛ばす事は可能ですが……これは新たな発見になると思い、接触を図っても良いと判断しました。ただ今の私は中級以上の攻撃魔法が使えません。なので……」
「了解。とりあえず行ってみようか。その中にボスがいればここから出られるしな。もう9日もいるんだ。そろそろ帰りたい」
「そうですね。早く外に出て発表しないといけませんし」
「何を?」
カトレアがサラッと言った事をレインは聞き逃さない。こういうのを逃すと後々困ることになる。主に自分が。
「それはもちろん私たちの関係のことです!」
カトレアはまたレインと腕を組み、自分の頭をレインの肩に預けるようにもたれ掛かる。
「あー……その事なんだけどさ」
「何ですか?!まさかやっぱり無しと言うんですか!そんなの許しませんよ!」
カトレアはレインから離れ、肩を掴んで前後に揺さぶる。
「お、落ち着け……すぐに発表しないでくれってことだ。エリスの事が解決してからにしてくれ。知ってると思うけど……俺はエリスに危害を加える奴は許さない。加えようとした奴もだ。
だからもし1つの国全てがエリスを狙うとしても……俺は戦う。たとえ……相手を皆殺しに……」
「………………レインさん」
カトレアはレインに顔を近づけた。レインは反射的に横に顔を逸らす。カトレアの唇がレインの頬に触れた。
「……何で避けたんですか?」
「いや……身体が勝手に……」
「無意識に避けるほど嫌でした?……まあ良いです。レインさん……私もこの地位についてから何度も戦争を経験しています。数え切れないほど相手国の兵士を手にかけました。レインさんはそんな私を嫌いますか?」
「いや?そんな事ないよ?」
「はい、だからそうなっても大丈夫です。……では行きましょう。ボスに知能があるならばその配下も合わせてレインさんの駒にしてもいいですね」
「…………そうだな」
レインの傀儡はレインの指示に従う。だから傀儡になる前の知能はあまり関係ない。ヴァルゼルレベルなら話は別だが、あんなのはそうそういない。いたらもちろん全力で倒す。強い傀儡は何体いても困らない。
"ボスが来てるかもしれないなら傀儡たちを戻すか。とりあえず全員戻ってこい"
傀儡の数少ない弱点、遠くにいると召喚解除で呼び戻す事が出来ない。ある程度まで近くに来ると出来るが、この場所のように遠くに拡散させていると一旦近くまで戻す必要がある。
正確には分からないが、ダンジョン内部に残したままだと消滅してしまうと思う。何となくではあるが。
そしてレインとカトレアはこちらに接近する反応がある方向へ向かって歩いた。
◇◇◇
オークとゴブリンたちをまとめる族長は残った全ての民の戦力を集めて侵略者がいる地点へ向かう。最初は200体いた。敵に見つかれば否応なしに戦闘に入る。だから本隊から引き離す為の囮を何体も使った。捨て駒だ。心優しき族長は捨て駒となった者たちを全員覚えている。
"…………奴らのせいで分裂した民はほぼ壊滅した。女……子供……全てが焼かれ、斬られ、消滅した。我らではもう勝てない。向こうの要求を全て呑む形で数少ない生き残りを守らねば……"
族長の覚悟は決まっていた。侵略者の強さは神に等しいものだった。本人は一切姿を見せず地形を変えるほどの魔法を幾度となく放ち続けた。
こちらを常に追い続けている黒い化け物たち。自分と同じ背丈なら何とか出来た。しかしその後すぐに高速で動く獣が出現し、山のように巨大な化け物がやってきた。
隠れる為に身体中に泥を塗り、葉を巻きつけて必死に隠れた。地上を闊歩する化け物ならば隠れるだけで何とか出来た。なのに今度は神の遣いが空から死の魔法を降らせた。
"……もう疲れたのだ。皆を正しく導く為にこの地位についた。その結果がこれだったのだ。私を信頼してついてきた者たちの絶望に満ちた表情は忘れられない"
族長は考え込んだ。そんな時、前方を偵察していた戦士が戻ってきた。息を切らしながら慌てた様子だった。
その光景にその場の戦士たちも警戒する。元々構えていた武器をそれぞれの方向へ向ける。武器は魔獣の牙や爪で作った剣や槍だ。
「…………どうした?」
「族長……侵略者がこの先で待っています。周囲の木々は切られており隠れて近付くのは不可能です」
斥候は見たままを話す。族長は補足するように質問する。
「数は?見た目は?何をしていたのか……ゆっくり、着実に、簡潔に答えよ」
「……か、数は2体、見た目は初めて見ました。我々と同じ2本の脚、2本の腕を持っていました。しかし肌の色や髪の色は我らと似ても似つかぬ姿でした。……奴らはただ立っているだけです。我々の接近には気付いていないように思えます」
「分かった。ご苦労。……皆に伝えよ。私が侵略者と話す。それまで攻撃はするな」
「は、話す……のですか?侵略者は目の前です。周りに護衛もおりませんでした。逆にこちらは精鋭の戦士が92体です。一気に攻め込めば……」
「間違いなくこちらが全滅するぞ?これほどの攻撃を行える者がただ立っているだけ?あり得ない。こちらが敵意を見せない限り攻撃されないというのを祈るだけだ」
族長の言葉にこれ以上反論できる者はいなかった。精鋭の戦士が92体……その3倍以上をあの化け物たちに殺されている。侵略者が放ったであろう化け物にすらこの有り様だ。奴らを使役する侵略者が奴らより弱いわけがない。
族長の地位に付く者は最も強者でなければならない。きっと向こうも同じはずだ。
"もし一族が生き残れたとすれば、私は歴代で最も臆病で愚かな族長だと罵られるだろう。だが僅かでも生き残れる可能性を躊躇なく選択した者として……語り継いでくれる者がいると信じたい"
族長は覚悟を決めて前を向いて歩き出した。
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