第178話





◇◇◇


 


「ダンジョンから戻ったばかりでお疲れだと思いますが緊急なので……申し訳ありません」


 特殊ダンジョンから出てすぐにシャーロットに王城へ連れられた。兵士たちは今頃バリケードなどを片付けているのだろう。誰も悪くないが少し申し訳なくなる。

 横にはカトレアもいる。向かい側にシャーロットとニーナの2人が座っている。


 緊急事態と言うから来たけど一体何があったんだろうか。みんなに付けた傀儡が動いた形跡はないから自分に関わる事ではないだろうとは思っている。


「要件というのはですね……セダリオン帝国がエルセナ王国に宣戦布告しました。帝国軍は瞬く間に侵攻し既にエルセナ王国王都が陥落したという情報があります」


「え?……戦争って事ですか?」


 レインたちがダンジョンに行っている間に10日も経過していた。特殊ダンジョン特有の時間流れが適応されておらずダンジョン内部と外の時間の流れがほとんど同じだった。


 レインの質問にシャーロットは黙って頷く。


「……いきなり宣戦布告したのですか?それに双方の戦力を比べて帝国の方が勝っていたとしてもこの日数で王都が陥落するというのは考えずらいのですが」


 カトレアが冷静に問いかける。レインには出来ない的確な質問に心底感心する。


「カトレア様の仰る通りです。確定しておりませんが……セダリオン帝国は大国間協定で禁止されているダンジョン崩壊ブレイクを用いた戦術を使ったと思われます」


「それは……本当ですか?もしそうであれば国が滅んでも誰も文句が言えない事態となりますが」


 レインはもう何の話をしているのか全く分からないので黙る。変に混ざると馬鹿なのがバレる。もう遅いかもしれないけど。


「我々はそう思っております。先日、我が国とエルセナ、そして帝国の3カ国の国境沿いにCランクからAランクダンジョンが十数箇所ほぼ同時に出現しました。

 ごく稀に観測される事態の為、我が国からも『聖騎士』ギルドとそのギルドのSランクマスターを派遣し警戒をしておりました。エルセナも数箇所の攻略を完了させていました。

 が、帝国はダンジョン攻略を一切行いませんでした。そして崩壊したんです。

 その崩壊で溢れたモンスターの大群が何故か全てエルセナ側になだれ込みました」


「…………そういう事ですか。その対応に追われてしまい帝国軍の侵攻を許したという事ですね」


「その通りです。さらに我々は帝国軍の侵攻の裏には8大国サージェスがいると思っています」


「……帝国はサージェスによって独立と安全を保障されていますね?ただ今回は帝国側が攻撃をしています。独立安全保障は攻撃を受けた場合にのみ発動されるのでは?」


「はい、ただ我が国最大ギルド『黒龍』のマスターとリグドさん、レガさんの3人がサージェスからの要請を受けてダンジョン攻略に赴いています」


 "……それの何が悪いんだ?お金めちゃくちゃ貰えるんじゃないの?"


 レインには難しい話だ。でも聞ける雰囲気ではないから足りない頭で考える。


「なるほど、黒龍ギルドのマスター、サミュエルさんはエルセナ王国国王と懇意の仲なのは有名ですね。

 その彼がこのタイミングでサージェスに呼ばれている。さらにダンジョン攻略に不向きな職業クラスやスキルを持つ隠密特化のレガさんも呼ばれている。それはセダリオン皇帝の暗殺を防ぐ為……と言えますね」


「はい……ただエルセナ王国から我が国に対して援軍の要請も来ておりません」


「来ていない?……もし王都陥落が本当なら援軍要請の余裕もなかった?いや王国の都市は王都だけではありません。第2王都とも呼ばれる要塞都市もあったはずです。

 援軍要請すら出来ないほどの速度で侵攻されたのでしょうか?それともモンスターによって既に壊滅的な被害を受けた?」


「そこまでは分かりかねます。しかし援軍要請は来るものとして捉えております。……ただもし援軍要請が来たとしても我が国から派遣できるのはお一人だけです」



 "……え?誰だろう?ニーナさん?そこにいるし"


「ですね。聖騎士ギルドは守護専門で既に攻め込んでいる敵を撃退するというのには向いていないでしょう。黒龍ギルドはマスター不在の状態で行動するにはリスクが高すぎますね。……となると」


 "……この紅茶ちょっと苦いな。砂糖とかないかな?"


「レインさんですね」


 カトレアがレインの膝に手を置いて話しかける。まさかこっちに来るのは思わなかったレインは紅茶を溢しそうになる。


「俺ですか?」


「そうですよ。1人で多数と戦う事ができ、どこの組織にも所属していない覚醒者なんて世界中探してもレインさんしかいませんよ」


 カトレアはレインの膝に置いた手をスライドさせて手の上に重ねる。そして指を指を絡めるように握る。


「ん゛んッ!……レイン様…もしエルセナ王国から要請が来た場合、王家として正式にレイン様に国家紛争へと介入を依頼したいのです。目標はエルセナ王国内に侵攻した帝国軍の撃退となります。

 ……これが我が国が保有している帝国軍の兵力の情報です。報酬も一緒に記載してあるので確認していただけませんか?」


 シャーロットが数枚の紙をテーブルの上に置いた。レインはそれを受け取って読み始める。


 一般兵と覚醒者の人数やランク、エルセナ王国内に侵攻している帝国軍の人数の予想や布陣などが書いてある。報酬に関しても色々書いてある。お金だけじゃなくて新しい装備だったり、別荘だったり色々あるらしい。別荘は絶対に要らない。


 レインがそれを読んでいる時だった。ここに来てレインはほぼ言葉を発していないが、他の3人の会話が進む。


「あの……1ついいですか?」


 ここまで黙っていたニーナが口を開く。

 

「何でしょう?」


 レインが読んでいる資料を身体を密着させて一緒に見ていたカトレアが返事をする。


「先ほどからレインさんに対して距離が近過ぎます。膝に手を置いたり、手を握ったり、今のように身体を密着させたり……。

 カトレアさんはエスパーダの神覚者で、今は彼の国を代表してここに来ているはずです。もっと節度と礼節を弁えて下さらないと困ります」


 ニーナの言葉にシャーロットも激しく頷く。レインは黙々と資料を読んでいた。普段から本など字が多い物は読まないが、いざ読み始めるとその世界に入り込んでしまうタイプだった。


「……あー…なるほど、思わせぶりな事をしていたのは貴方たちでしたか。…………ふふふ、私がいるのは貴方たちの遥か先なのよ?」 


 カトレアは勝ち誇った顔をしながら資料を読むレインの腕に自分の腕を絡ませる。カトレアの前にいる2人はその行為に眉を顰める。


 そして……。


「レインさーん……はーい、チュッ!」


 

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