第296話





「時間ってどれくらい?」


「我々の時間はあなた方とは流れ方が異なります。なので正確なところは分かりません。人間の時間で言うとおそらく1年……または2年ほどかと」


「それじゃ間に合わない。魔王はもう1年以内に地上にやってくる。無数のモンスターを引き連れてな。もう少し早く来てくれないのか?……というよりお前たちは本当に人類の味方なのか?」


 レインは神々が人類の味方という前提で話が進んでいる事に違和感を覚えた。神は魔王の敵ではあるが人類の味方とは言われていない。魔王の軍勢を殲滅する為に人類を利用している可能性だってある。


「魔を統べる者よ。我々は過去の過ちを悔いております。大いなる存在の期待に応えたいと目的も分からず、大義もなく、ただ数多くの兵士を犠牲にするだけでした。

 大いなる存在には、大いなる存在を信じ、命を落とした兵士たちの悲鳴は聞こえなかったのです。そしてその時あの出来事が起きました」


「あの出来事って?」


 シエルが天使たちに問いかける。他の覚醒者も天使たちの話をただ黙って聞いている。


「終わりなき戦いを終わらせる為の反乱です。志を同じくする魔の者と手を組み大いなる存在を滅ぼしました。裏切りの魔王、叛逆の戦神、背信の女神……その者たちのおかげで大いなる存在は命を落とす事となった。これで戦争は終わると思っていましたが、魔王たちはそうではありませんでした。

 彼らは地上界に魔王の軍勢の一部を送り続け世界を隔絶した結界を外側と内側から破壊しようとしていた。我らはそれに気付けなかった。自らの傷を癒す事を優先し、人類の被害を見逃し続けた。その結果がこれです」


「……それは分かったよ。でもそれと神が人類の味方かどうかって話とは関係ないだろ?」


 天使たちが話す内容はレインにはあまり興味がない。アルティから聞いていた話とそこまで変わらない。意外だったのは神々は自分たちの主君を殺したアルティたちの事を恨んでいないという事だ。


 アルティたちのおかげで長い戦争が終わったとむしろ感謝しているくらいだとレインには聞こえた。


「人類はこの戦争で最大の被害者です。我々の戦争にただ巻き込まれただけに過ぎない。そして今度もまた巻き添えになろうとしている。

 我々はそれを見過ごす事は出来ません。我らの主である神の意思は一致しております。

 裏切りの……いえ終わりなき戦争に終止符を打った偉大なる魔王の意思を継ぐ者よ……どうか我らをお許し下さい。今度こそ人類を守護する盾となる為に神軍全軍を持って任務を遂行致します」


 この言葉を言い切った後、天使たちはレインへ向けて膝をついた。天使自身の右手を自身の胸に当て敬礼のような姿勢を取っている。魔王の後継であるレインに神の軍勢である天使たちが跪き、敬意を示す。見る人が見れば異様とも言える不思議な光景だった。


「それでも間に合ってないんだよ。だけど……まあ味方という話はとりあえずは信じてやる。とにかく早く来てくれって神様に言っておいてくれ」


「承知しました」


「ならもうここにいる必要はないよな?俺たちを帰してくれ」


 ダンジョン内と外の世界は時間の流れが違うとはいえこれだけの神覚者がこの場に留まり続けるのは良くない。神の軍勢が味方となったとしても魔王たちの襲来には間に合わない。なら早く戻ってこの事を伝えないといけない。


「お待ちを……最後にあなた様にお渡しする物がございます」


「え?なに?」


 レインは少し期待する。貰える物はとりあえず貰っておけを人生の言葉として念頭に置いてきたレインはそうした言葉に弱い面がある。相手が人ならここまで期待は出来なかっただろう。神々が相手なら嫌でも期待してしまうものだ。


「これを……」


 黄金の天使は収納スキルのように何もない空間から黒い1本の剣を取り出した。どこか見覚えのある、しかし溢れ出す魔力が異質な物だ。黒と白の魔力が混ざり合う、傀儡の白魔を彷彿とさせる刀剣だ。


「これ……は?なんか見たことあるような……ないような……」


「これは最も暗き闇を支配する魔王アルス・ティアグラインが大いなる存在を滅ぼした際に使っていた魔剣です。神々より出会った人類の中で最も強い力を持つ者に渡すよう言われておりました。

 そして我らは幸運だった。この魔剣は貴方にこそ相応しい。どうぞお受け取りください」


 レインは目の前で浮遊する黒い刀剣を持った。ズシンと右腕全体にその剣の重さが伝わる。レインが持つ事で黒い剣から放たれていた魔力が大きく膨れ上がる。

 レインの持つ漆黒の魔力に呼応し微笑みかけるように白と黒の魔力が立ち昇っている。


 "おっも……こんなのどうやって振るんだよ。正直……いらね。というかアルス・ティアグラインって名前だったんだ"


 レインはもらった黒い剣を素振りをする事もなく収納した。あの黒い剣を振り回せるほどの筋力はない。完全にアルティ専用の武器だった。そしてここに来て初めてアルティの本名を知った。自分の名前を少し省略しただけの単純な感じだった。


「有り難く受け取っておくよ。これでもう用はないよな?この子の訓練もしないといけないし、要塞防衛線も作らないといけないんだ」


「承知致しました。それではそちらの転移門ゲートから地上へお戻り下さい」


 天使たちが手のひらを何もない空間へ向ける。するとそこにダンジョンの入り口が出現した。やはりこのダンジョンは天使たちの管理下にあったようだ。


「じゃあな。とりあえず早めに来てくれるって期待はしておくよ」


「我々は人類と共に……」


 そこでレインたちは天使と別れた。ここに入ってくる時と同じように身体が浮く感覚を受け、次の瞬間には元いた場所に戻ってきていた。


「ふぅ……なんか色々一気に詰め込まれて疲れちゃったね」


 と、シエルが言う。レイン以外は初耳のことが多く混乱している様子だった。ただ神々が味方してくれるという希望はとても大きなものだった。


「ちょっと待て!家持って帰るの忘れた!」


「物凄いセリフだね。というか気付いてなかったの?」


「シエル!分かってたなら言えよ!あれ1億くらいしたんだぞ!」


「そうなの?結構安いじゃん……あれ?エリスちゃんは?」


「…………は?おいエリス!!どこだ!」


 エリスだけがこの場から姿を消していた。みんなほぼ同時に転移門ゲートに入ったはず。なのにエリスだけがいない。レインは自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。息苦しくなり、不快な汗が全身から噴き出す。


 "まさかあの天使たちが拐ったのか?やはり信じるべきじゃなかったのか?!"


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る