第95話








◇◇◇



「うわああああ!!」



 男性の叫び声が響き渡る。すぐそこまでモンスターの爪と牙が迫っていた。



 既に村全体に混乱が広がっている。空き家となり使われていなかった小屋の中にダンジョンが出現していた。探知能力に優れた覚醒者であれば気付けただろう。


 ただ『ランディア』に常駐する覚醒者はEランク2人とDランク1人のみだ。  

 そしてDランク覚醒者は治癒スキルをメインで使う後方支援タイプの覚醒者で戦闘を行うのはEランクの2人だ。


 しかしEランクでは家の中から漂う僅かな魔力を察知できなかった。そして不幸な事にそのダンジョンのランクはDランクだった。


 Dランク覚醒者であれば他の覚醒者の援護を受けて戦う事が出来れば、そこまでの脅威になる事はない。しかし常駐している覚醒者が後方支援タイプだった為、まともな戦闘が出来ていなかった。


 モンスターは二足歩行の獣、獣人型だった。身体能力が高く火を吐けるタイプもいる。しかし近接や魔法に耐性がなく低位の魔法や粗悪な武器でも簡単に倒せる。ただこの村にそれを可能とする者がいなかった。

 

 先程は兵士が咄嗟に油の入った瓶をモンスターに投げつけた。そこへモンスターが口から火を放った為、爆発炎上した。


 しかしそれは少しの足止めにしかならず炎を突破して村全体へと散らばって行こうとする。


 モンスターは近くにいる者から手当たり次第に襲い掛かる。叫び声を上げた男性は1番近くにいた。そしてモンスターは容赦なく飛び掛かった。



 ズドンッ――目を閉じてその瞬間を覚悟した男性にそれは来なかった。代わりに何か重たい物が目の前に落下した音が聞こえた。


 恐る恐る目を開ける。視界の先にはそのモンスターを貫くように一本の刀剣が突き刺さっていた。


 


◇◇◇


 


「……間に合った」



 レインは今にも殺されそうだった男性と自分が投擲した刀剣に貫かれたモンスターの間に着地する。


 既にモンスターは死んでいた。魔力も弱く傀儡としてもあまり使えなさそうだからそのままにする。



「あ、あなた……は?」



「レインです。レイン・エタニア。助けに来ました」



「…………エタ……ニア?……まさか?!この国史上初の神覚者様ですか?!」



 神覚者の話は既にイグニス全体に広がっているようだ。流石に顔までは知られていないが名前だけでも神覚者だと理解してもらえるのは楽だ。

 自分が何者なのかを説明する手間が省ける。



「知ってるなら好都合です。今の状況はどうなってますか?避難所などは決められてますか?」



 レインは今何処にモンスターがいるのか、村の人は何処にいて、何処に逃げているのかを知る必要があった。

 傀儡たちに任せておけばモンスターを制圧する事は簡単だ。ただ犠牲者を可能な限りゼロにしないといけない。



「へ、兵士の皆さんが中央にある兵士長の家へ避難するようにと他のみんなに話していました。この村の戦える覚醒者様お2人は……Eランクでモンスターを討伐出来ないからと、逃げ遅れた人の時間稼ぎをしている……との事です」



 覚醒者とモンスターのランクは絶対だ。何かを極めてもランクが一つ違えばその差は簡単に埋まってしまう。Eランク覚醒者ではDランクのモンスターに勝つ事はできない。



 2対1ならまだしも、こちらは2人で向こうは多数のはずだ。戦えない人を助けるために時間を稼ぐのはいい判断だ。



「分かりました。傀儡召喚」



 レインはさらに騎士たちを20体ほど召喚する。コイツらが1番見た目がいい。



「うわッ!」



 しかし突然、自分たちを取り囲むように真っ黒な騎士が地面から出てきた光景を見て男性は声を上げた。



「大丈夫です。これは俺のスキルで作られた駒です。貴方はその兵士長の家へ逃げてください。

 ただその途中に他の人がいたら俺が来た事、避難する事、この村にいる黒い騎士たちは味方であることを広めて下さい。出来ますか?」



「は、はい!!」



「良かった。じゃあ急いでください」



「はい!!!」



 男性は立ち上がり中央と思われる方向へ走って行った。その方向はレインが来た方向でもある。

 つまりもう少ししたらレインが先に召喚した傀儡たちが到着するだろう。そいつらの一部をその兵士長って人の家の警護に回そう。



「傀儡に命令。人間を守れ、決して死なせるな。人間に危害を加えるモンスターは全て討伐しろ!」



 レインの命令を受けた傀儡たちは一斉に村全体へと散らばっていく。そしてレインも魔力が僅かでも濃い方へと向かって走った。


 


◇◇◇



「は、早く!早く逃げなさい!」



「でもお母さんが!」


 ここは小さな村ランディアのさらに端にあたる場所だ。


 モンスターの攻撃により倒壊した家の下敷きになった母親をまだ幼さが残る少女が助けようとする。


 もちろん少女に崩れた瓦礫を退かす程の力はない。それでも必死に動かそうとする。少女の手には血が滲んでいた。


 そしてその背後にはモンスターが迫っていた。モンスターに殺しを楽しむという感情はない。ただ目の前にいる自分よりも弱い生物を殺すのみ。そこに理由はない。



 モンスターは待つ事もせずその少女の存在を確認した途端に速度を上げて爪を向けた。



「リル!!逃げなさい!」


「いやだ!お母さんを残してなんていけないよ!!」


 ガアァァッ!!――モンスターの咆哮と共に少女にモンスターの爪が襲いかかる。



「きゃあああッ!」



 少女はその咆哮に驚き、叫び、後ろへ倒れ込んだ。そのタイミングでモンスターが飛び掛かった為、たまたま1度目の攻撃を回避する。


 モンスターは少女の母親の上を飛び越え、瓦礫を挟んで唸り声を上げる。その視線の先には恐怖から動けなくなった少女がいた。 



 次はもう回避はできない。モンスターは少女へ向かって飛び掛かる。鋭利な爪を突き出して少女の身体を引き裂く。



「リル!!」



◇◇◇



 バキンッ――聞こえた音は何か硬い物が折れるような音だった。



「はぁ……はぁ……ほんっとに…ギリギリだった」



 レインは少女とモンスターの間に入り込み、モンスターの爪撃をその身で受けた。


 他の住民からこの辺りにも取り残されている人がいるはずと聞いて近くまでは来ていた。


 しかしあの叫び声を聞いていなければ駆けつける事もできなかっただろう。


 レインの身体を攻撃したモンスターの爪は全て根本からへし折れた。レインは職業クラスを得てからさらに身体能力を大幅に向上させている。


 もはやDランク程度のモンスターの攻撃は回避も防御も必要ない領域に達していた。


 自慢の武器を失ったモンスターは戦意を喪失して逃げようとする。モンスターがレインに背を向けた瞬間にレインはその背中を思い切り蹴り上げた。


 モンスターはかなりの速度で空中へと跳ね上がり地面へ落下、激突した。そしてそのまま動かなくなった。



「……傀儡召喚」



 レインは続けて騎士と剣士たちを召喚する。騎士はほとんど使い切った。Bランク程度の剣士でもこの村にいるモンスターの制圧は可能だ。


 すぐに騎士と剣士たちは武器を構えて村の中へと入っていく。これで村全体を傀儡たちで包囲した。このまま包囲を狭めて住民を助け、モンスターを殲滅する。



 レインはすぐに地面に座り込み、動けなくなった少女へ近付く。



「大丈夫か?怪我してないか?」



 レインはしゃがみ少女の目線に合わせる。

 

「…………は、はい。でもお母さんが」



 少女の視線の先に目をやる。するとそこには倒壊した家の瓦礫に下半身を挟まれた状態の母親がいた。


 相当な激痛だろう。顔を歪ませてこちらを見ていた。しかし何処か安堵の表情も読み取れた。



「……騎士王出てこい」



 レインは召喚していなかった騎士王を呼び出した。


 こいつは見た目が騎士や剣士に比べてあまりよくない。ただ目ぼしい奴がコイツくらいしかいなかった。



「この子を守れ。すぐに戻る」



 レインはすぐに少女の母親の元へ駆け寄る。


 


 

 

 


 

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