第94話
◇◇◇
「ん?」
「どうかされましたか?」
「……いや……なんか寒気がして」
「大丈夫ですか?少し休みましょうか?ポーションを飲まれた方がよろしいのでは?」
阿頼耶が世話焼きのように高速で話す。レインが寒気など体調に関して不安を述べたのは初めてだったからだ。
「いや大丈夫だ。そんな大袈裟なもんじゃないよ」
「そうでしたか。ただ何か異変があればすぐに教えて下さい。エリスさんを治してもレインさんが倒れてしまっては意味がありませんので」
「そうだな。……あとどれくらいで着く?」
レインは向かい側に座るメイドを見て問いかける。既に2日ほど馬車に揺られている。ハイレンへ行く時よりも休憩を減らしているから多少は進んでいると思う。
「あと……そうですね……」
メイドが窓の外を見る。森、山、少し向こうに町が見える。城壁に囲まれていない小さな町だ。いや村か?
確か国ごとに都市とか町とか村とかの定義があったはず。何処かで聞いたような気がする程度だ。もちろん忘れている。
「…………あと2日かからないくらいでしょうか?」
「分かりました。というかよく分かりますね」
若いメイドはすぐ答えた。風景を見ただけでここが何処であとどれくらい時間がかかるかなんて判断は出来ない。
自分が住んでいる街ですらあやふやなのに外に関してレインが分かるわけがなかった。
「実はこの辺は私の生まれ故郷なんです。昔はよく野菜の収穫を手伝いながら勉強したものです」
メイドは昔を思い出すように目を閉じて微笑みながら話す。
"……故郷か。俺にはよく分からないな"
「……そういえば名前を聞いてませんでしたね」
「私ですか?私はセラと申します。もしまた別の国へ行かれるのであればお呼びくださいませ。周辺の地図はおおよそ頭に入っておりますので……」
「すごいな」
セラは見た目にして20代だ。レインよりも若いか同じくらいだろう。それなのにこの差はなんだ?とレインは思った。
いや頭の出来とこれまでの努力の種類が違うんだろうな。
「いえいえ……あッ…あそこが私が生まれ育った村なんです!
人はそこそこ住んでいるんですけど、町って呼ぶには人数が足りないみたいで……。ランディアという村でみんな家族みたいに仲が良くッ」
セラが楽しげに村の紹介をしていた時だった。
ボンッ――その村の方向から爆発音が響いた。ここからでも聞こえる音だ。Bランク覚醒者くらいの魔法攻撃クラスか?
「え?」
「爆発か?」
その音が聞こえた数秒後に馬車が停止する。そしてすぐに兵士が扉を勢いよく開けた。
「失礼します!この先の村でダンジョン
簡単な状況と要件だけ話して兵士はまた扉を閉めた。兵士は6人いる。
気配から察するに2人がこの馬車を前後で挟むようにして立ち、残りの4人が先へ歩いて行った。
おそらく村の方へと向かったんだろう。
もしモンスターが相手なら魔力を行使できない兵士には苦しい相手になるだろう。ただここで待てと言われ勝手に動けば余計な死傷者が……。
「レイン様!!」
窓の外を見ていたレインの名前をセラが叫ぶように呼ぶ。
「あそこは……あそこは私の故郷なんです!!小さな村で常駐している覚醒者も兵士もほとんどいません!!このままだとみんなが!!」
セラはレインの腕を掴みながら必死に話す。セラの言いたい事は理解できた。みんなを助けて欲しいって事だろう。もちろん断る理由はない。
「何をしているのです!!神覚者様に向かって不敬にも程があります!」
もう1人のメイドがセラの手を叩き、レインの腕から離させた。
レインたちとの会話をただ黙って聞いていたもう1人のメイドだ。年齢もセラやレインよりもずっと上だろう。
「で、でも……」
「でもも何もありません!セラ……貴方が今、言っているのは神覚者様にダンジョン
お仕えする身分である貴方が神覚者様に仕事を依頼するなど言語道断です!」
「で……でも家族が……」
「運がなかったと諦めるのです。あとで王女様にお伝えすれば手厚く埋葬していただけるかもしれません」
「そんな……お母さん……リル……」
セラは涙を流す。それをそのメイドが背中をさすって慰める。その光景にレインは違和感を覚えた。
「……さっきからお前は何を言ってるんだ?なんでメイドが神覚者に依頼したら駄目なんだよ?」
依頼しているセラでもなく、それを受けるレインでもない別のメイドがなぜ勝手に決めているのか。
そして目の前で家族がモンスターに殺されてしまうかもしれないという状況で運が無かった?諦めろ?
もしレインが同じ立場でエリスの事を諦めろと言われたらどうしただろうか?愚問だ。
「お前……さっきから聞いてたら何様だ?仕事を受けるかどうかを決めるのは俺だ。お前が勝手に決めるな」
レインは立ち上がり馬車を出ようとする。その理由はもちろん傀儡をあの村へ向かわせるためだ。
「お待ち下さい!!これには理由があるのです!」
「理由だと?」
レインはそのメイドを睨む。今こうしている間にもモンスターが村の人を襲っている可能性がある。
傷に関してはポーションがあるし、阿頼耶もいるから何とかなる。しかし死んでしまうとどうする事もできない。
「はい、神覚者様は気軽に依頼を受けてはなりません!レイン様ほどのお力を持つ御方が報酬も受け取らずに依頼を受けたと知れれば他のギルドの反発を招きます!
この世界はモンスターと魔法石と覚醒者が外側に立ち、その内側に私たち非覚醒者が守られて……」
こいつはさっきから何を言っているんだ?レインには理解できなかった。いや要するに神覚者ほどの力がある奴がお金も貰わずに依頼を受ける。
そうするとしっかり報酬をもらうギルドに仕事が行かなくなるから反発する。そうなってくるとギルドというものが立ち行かなくなってモンスター討伐や魔法石の獲得に支障が出るって所か?
「言いたい事は分かった」
「でしたら!!このまま安全が確保されるまで……」
バカンッ――レインは馬車の扉を蹴破った。扉は勢いよく外れ、街道の端に転がって行った。
「そんなくだらない事の為に家族を見捨てていい理由にはならない。報酬が必要なら……セラ!お前は俺に何をしてくれる?お前が家族を救うために俺に捧げられる物はなんだ?」
報酬なんて何でもいい。それこそ100Zelとか子供のお小遣い程度でもいい。
報酬を受け取らないのが問題なら受け取ればいいんだろ?屁理屈に近いが仕方ない。
「全てです!この身と財産の全てをレイン様に捧げます!家族やみんなが無事なら他には何も必要ありません!!」
セラは即答した。
「了解した。ではセラの依頼を受けよう。阿頼耶!セラたちを守れ!」
「かしこまりました」
阿頼耶はこうなる事が分かっていたようだ。こちらを真っ直ぐ見て微笑み頷いた。
「行ってくる。傀儡召喚」
レインの周囲に上位騎士や上位剣士がそれぞれ30体ほど出現する。さらに騎兵も5体ほど召喚する。
「剣士は5体ここに残って阿頼耶を援護しろ。他は全て俺と来い。あの村にいるモンスターは全て斬り殺せ!行け!!」
その命令を受け騎兵が先陣を切って村へ向かって走り出した。その後ろを騎士と剣士たちが追従する。
村へ向かって一直線に進む傀儡たちの頭上を飛び越えてレインは村へと駆けつける。
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