第93話







 意を決したようにローフェンは顔を上げた。



「迷いました。この国はイグニスのように内陸国で海に面していません。なのでメルクーアの崩壊ダンジョンブレイクに関して影響はないと思っています。

 ただ……私が行けばどれだけの命を救えるだろうかと考えました。しかし王命により覚醒者は派遣しないと決定されたので私には何も出来ません。……レインさんは行くんですね」


「そうですね。……まあ何とかなるでしょう。俺だけが行く訳ではないですからね」


 レイン1人での攻略ならお断りだ。メルクーアからも覚醒者はかなりの人数が投入されるはずだ。

 『黒龍』からも派遣されると聞いてるし何とかなるだろう。


 というか何とかしないと自分とエリスが住む国が危ない。断る選択肢は最初から無いに等しかった。

 


「どうか無事に帰ってきて下さい。……あとこちらが落ち着いたらレインさんの家へ遊びに行ってもいいですか?

 『ハイレン』は移住でない限り神覚者の移動はかなり自由なんです」



「もちろん良いですよ。そうですね……じゃあメルクーアのSランクダンジョンが無事攻略できたら来てください。攻略出来たっていうのはすぐに伝わると思いますし……歓迎しますよ」



「ありがとうございます!!」



 やはり王族とか貴族との同じような会話よりもこうした会話が1番落ち着く。

 神覚者2人の会話を邪魔できる者は王族の中にもおらずそのまま約束の時間が経過した。




◇◇◇




「すいません、お待たせしました」



『決闘』が終わってから既に数時間が経過している。終わったらすぐに帰る予定だったからかなり待たせてしまっただろう。


 阿頼耶とメイド、そして兵士たちが併設された宿の前に整列して待っていた。



「いえお気になさらず。こうなるとは思っておりました。

 レイン様ほどの逸材をこの国が簡単に諦めることはないと思っておりました。なので各自で食事をしながら待っていましたので何も問題ありません」



 久しぶりに会ったと感じるノスターは笑顔で迎える。疲れもなさそうだ。渡したお金をちゃんと使ってしっかり休んだようだ。



「じゃあ帰ろう。みんなが待ってる」



「「「ハッ!!」」」



 兵士たちの返事を聞き馬車へと乗り込んだ。また腰の痛みとの戦いだが、5日くらい耐え切ってみせる。家に帰ればエリスは治る。あとは帰るだけだ。




◇◇◇




「………………んッ」



 レインが『ハイレン』を出発してから2日が経過した頃だった。


 王族や王国軍から許可を受けた者しか入ることの出来ない『ハイレン』最高峰の治癒施設、ハイレン王国軍第一軍団衛生隊本部の一室で眠っていた人物が目を覚ました。



「……おはようございます。身体の調子はいかがですか?カトレアさん」



「…………ローフェンさん」



 カトレアはレインによってバラバラにされた後、問題なく復活した。

 ただその身に受けた攻撃の魔力が高すぎた影響か目覚めた時には2日経っていた。



「…………私は負けたのね。最後の記憶があやふやです。私はどうやって負けたのですか?」



「…………負けたという結果のみでいいのではないですか?」



 ローフェンはすぐには答えない。あのように殺されたとあってはプライドの高いカトレアは激昂し、レインに対してお門違いにも程がある恨みを向けてしまうかもしれない。



「私は……聞きたいのです。教えて下さい」


 それでもカトレアは食い下がる。

 

「しかし……」


「教えてあげなさいよ。ローフェンさんが言わないのであれば私から説明しますよ?」


 ローフェンとカトレアがいる部屋に別の女性が入ってきた。軽装に身を包んで武装して、尚且つこの施設に入れていることから上位の覚醒者であると判断できる。


「……イレネ?なぜここに居るんですか?」


 イレネと呼ばれる女性はため息混じりに話す。


「なぜ?面白い事を聞きますね、カトレア・イスカ・アッセンディア。あなたが無名の神覚者によって無様に身体をバラバラにされたと報告を受け、さらには数時間経っても目覚めないときたものだからこうして護衛に来たんです。

 無防備にアホずら晒して寝ている貴方でも、我が国の神覚者で7人しかいない『超越者』の第3位に位置する御方ですからね。

 皇帝陛下の命を受けて貴方が目覚めるまでの護衛を務めたのです。

 さっきまでの貴方は、そこいらの子供でもナイフ一つで殺せてしまいますからね」


 長い文句を一通り吐き出し終わったイレネはカトレアの反応を確認する。



「…………そうですか。私はバラバラにされたのですね」



「………………なによ、その反応。面白くもない。まあいいわ。貴方も目覚めた事ですし、私は本国へ帰還します。

 貴方も急いで帰って皇帝陛下への謝罪の言葉でも考えておいでなさいな」



「…………………………」



 その言葉にはカトレアは返事もしなかった。それがイレネにとっては気に食わなかった。


 しかしここは『エスパーダ』ではなく『ハイレン』だ。余計な騒動は自身と自国の評価を下げる事となる。イレネは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 そしてローフェンたちがいた部屋を出て勢いよく扉を閉めた。



「全く……何であんなのが第3位の位置にいるのよ。同じ『超越者』としても、召喚士としても私の方が優れているはずなのに。少し攻撃魔法が得意ってだけで目立って……本当にムカつく……。

 召喚できる駒も魔力の量も私の方が多いのに。……今に見てなさい。貴方を超えるのは『真雪の神覚者』であるこの私……イレネ・アストリアよ」



 イレネは扉の向こうにいるカトレアへ向けて飲み込んだ言葉を放った。

 当然その言葉は誰にも届くことはなく返事もない。ただ決意の表れだった。イレネはもう一度扉を睨みつけその場を後にした。



◇◇◇



 イレネが部屋を離れて行ったのを確認したローフェンが口を開く。



「あまり気にされませんように。イレネさんが言っていた事は事実です。カトレアさんが最後に放った炎の槍はレインさんの腕を吹き飛ばしました。

 しかしレインさんはカトレアさんの背後に回していた3本の刀剣を操り、カトレアさんの身体を4つに分けたのです。

 それで決着がつき私たちが2人を治療したという流れになります」



 レインが原因不明の出血で苦しんだ件は伏せておく。そんな事まで教える必要はないとローフェンは判断した。



「……そうですか。……レイン・エタニアといいましたね?……まさかあれ程の力を持つ者がいらっしゃるとは」



 ローフェンは少し警戒する。このまま本国へ帰還すればエスパーダ皇帝から何かしらの罰を受ける可能性がある。

 

 国の名を背負って無名の神覚者に負けたとあっては世界最大の覚醒者国家である『エスパーダ』の名を汚す事にもなりかねない。



 それを返上するためにこのまま復讐に行くのではないかとローフェンは思った。



「………………彼が」



「カトレアさん……おかしな気は起こさないようにッ」

 


「私の王子様だったのね!!」



「…………え?」



 ローフェンは自分の耳を疑った。この人が今何と言ったのかわからなかった。



「王子様です!私はかねてより生涯添い遂げる殿方は私よりも強い御方ではないといけないと思っておりました。

 ただあの国の『超越者』たちは全員頭のおかしい人ばかりです!他国で私に勝てる覚醒者はこれまでおりませんでした。

 しかしようやく現れたのです!レイン様!レイン様が私が生涯を捧げるに値する御方です!そうとなれば行かねばなりませんね!」


 カトレアは布団をベッドから蹴落として起き上がる。その行動を見てようやく我に返ったローフェンがカトレアを止めようとする。


「ちょっと待って下さい!もう少し安静にしてないと!それにどこに行くんですか?レインさんはもう帰国されていますよ?」


「もちろん一旦本国に帰ります!皇帝に長期休暇の申し出を行い、急ぎ『イグニス』に向かいます!

 私のレイン様が他の女から手を出される前に私の気持ちをお伝えしなければ!!」



 ローフェンにカトレアを止める力はない。止めようとしたとしてもビンタ1発でやられてしまうだろう。勢いよく部屋を飛び出し走り去る音だけが聞こえる。それをローフェンは椅子に座ったまま見送るしかなかった。



「レインさん……すいません。家にお呼ばれした際にはお詫びします」

 


 ローフェンは小さな声で謝罪した。やはり詳細を伝えるべきではなかった。

 

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