第96話








「大丈夫ですか?すぐに退けますね」



「……うッ……は、はい…」



 レインは返事を確認すると母親の腰の横辺りに手を差し込む。そして勢いよく瓦礫を持ち上げて奥へと放り投げた。

 母親が這いずって抜け出したのを確認すると母親を抱えて少女の近くまで運ぶ。



「お母さん!!!」



 少女は母親に勢いよく抱きつく。



「リル!」


 母親もそれに応えよるように受け止めた。永遠の別れになってしまうのを何とかギリギリで防げた。

 だが、まだ問題はある。母親の怪我がひどい。瓦礫に押しつぶされたのか、出血も酷いが、骨だって折れているだろう。


 娘に心配をかけないように我慢している。今の娘とのハグもかなりの痛みを伴ったはずなのに。レインはすぐにポーションを取り出す。怪我を治すための回復ポーションだ。


 しかし病気に効果がある治癒のポーションは多く揃えているが回復ポーションはそこまで持っていなかった。

 阿頼耶が常に側にいたから必要がなかった。ただ今はセラたちの護衛をしてもらっているからここにはいない。



 ただ持っていないわけではなく下級から最上級まで揃えているが数が少ない。だからどのポーションをどの人に使うかを慎重に考えなければならない。


 しかしレインには怪我の具合なんて、痛そうくらいの判断しかできない。だからどのポーションを使えばいいかなんて皆目見当もつかない。



「……とりあえず上級ポーションです。飲んでください」



「上…級?!……い、いけません。そんな高価な物……お支払いが……」



「金なんて要らないんでさっさと飲んでください!」



 ここでもお金の心配か。やはり国を色々な意味でもっと豊かにしないとこうした心配ばかりする人が減らないんだろうな。


 ただそうした問題も国王やシャーロットたち王族、貴族の仕事だ。レインにとってはそこまで関係のない話だ。



 レインは自分の怪我を無視して遠慮する母親の頬を指で掴む。そして無理やり口を広げるようにさせポーションを流し込んだ。



「…………むッ……んぐ!んんっ!」



「…………………」



 なんだろう?娘の前でとても悪いことをしている気分になる。ただ助ける為なんだと自分と聞こえるはずもない少女に心の中で念じた。



 上級ポーション一本を飲み終えた後、効果はすぐに現れた。怪我した箇所を覆うように緑色の光が発光し、みるみる内に回復していった。



 そしてすぐに立ち上がれるようになった。



「他に異常はないですか?」



「……はい、大丈夫……です」



 母親は自分の体を見回してすぐに答えた。娘も母親の身体にしがみついている。



「良かった。……あー、俺…いや私はレイン・エタニアといいます。一応神覚者です」



 そういえば名乗っていなかった事を思い出したレインが自己紹介する。真っ黒な騎士たちを引き連れた人間ってだけで普通の人は怖いと思う。



「神覚者様?!」



 母親の驚く声に娘が驚く。そんな大きな声を出さなくても。



「え、ええ……そうです。たまたまこの近くを通った時に爆発を目にしまして……助けに来ました」



「そう…なのですね。本当にありがとうございました」



 母親は地面に膝をつき頭を擦り付けるようにして礼を言った。



「ありがとうございました」



 娘である少女も母親の真似をして頭を下げる。正直、やめてほしい。今すぐに。



「そんな事しないで下さい!一応依頼されてるのでお金は貰いません」



 レインは母親の両肩を掴んで無理やり引き起こす。娘も同じ姿勢をやめないので、着ている服の襟を掴んで持ち上げた。


 エリスよりも年下だろう。10代になってるかどうかだ。そんな子に跪かせるような事は絶対にしたくない。



「な、なら……せめてポーションのお金だけでも一生掛けてお支払いしますので……」



 確かに上級ポーションの金額は数千万する物もある。ただレインの資産(把握しきれていない)からするとそこまで痛手ではない。



「それも要らないですって。俺はこの村で育ったっていう人の依頼で来たんです。その人から報酬を貰うことになっているので、他の人からは何も受け取るつもりはありません」



 既に契約が完了していると分かれば少しは安心するだろうか。いや……なんとなく無理な気がする。



「こ、この村で育った人……ですか?……私の記憶では……神覚者様に依頼できる程の収入を得ている者に心当たりがないのですが……?名前は何と名乗っていましたか?」



 そっちを疑ってくるのか。どんだけお金を支払いたいんだ。本人が要らないって言ってるんだからありがとうでいいじゃん!とレインは叫びたくなった。

    

 確かにみんな仲が良く家族のような存在だと言っていた気がする。それでも収入まで把握してるもんなのか?

 

 いや村を出た場合でも、何処に住んでいて、どんな仕事をしているのかくらいは把握しているのかもしれない。



 神覚者を雇う金額って数億単位だから無理だと判断したんだろう。



 セラの事を伝えるべきだろうか。別に隠す必要もないだろう。彼女は王女様付きのメイドだ。お金だって結構もらってそうだし、誤魔化せるだろう。



「俺を雇ったのはセラという人です。シャーロッ……あー王女様付きのメイドで……」



「セラ?!?!……今…セラと言いましたか?!」



 母親はまた大きな声を出す。さすがのレインも驚いた。



「え、ええ……はい、セラです」



「お姉ちゃん?」


 娘がそんな事を呟いた。


「セラは私の娘です」


 母親はレインの顔を見て真っ直ぐ答える。



「……………………え?……あー無事で良かったです。とりあえず兵士長という人の家が避難所となっているようです。そこに向かって下さい。村の中にいる黒い騎士や剣士は俺の召喚した駒なので味方です。

 俺は他に逃げ遅れた人がいないか確認してきます。まだモンスターはいると思います。気をつけて下さい」



「……は、はい」

 


 世界は想像以上に狭かった。この場では誤魔化せないと察したレインはとりあえず避難所へ向かうように促すことで無理やり誤魔化すことにした。



 

 

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