第196話
◇◇◇
「どうするんだよ!あんなの聞いてないぞ!報酬が出るって言うからここに来たのに!こんなの全滅するぞ」
「俺たちだけでも逃げるか?ここからなら森も近い。何とか逃げられぇぇ……」
逃げようとした兵士の頭が落ちた。身体だけがフラフラと立っている。その残っていた頭部の無い身体は何者かに蹴り飛ばされて地面を激しく転がる。
「ひッ!!レイン・エタニア?!何でここに!…ぎゃッ!!」
その兵士の疑問に答える間も無く斬り刻んだ。レインの周りには数人の死体が転がる。
レインは一瞬の内に敵を斬り捨てながら右翼中央に出現する。生き残る事は許さない。2度とレインの大切な人たちに手を出せないように、やり返せないよう、関わる事すらしないように全員殺す。徹底的に殺し続ける。抵抗するなら兵士でなくても殺す。
「レイン・エタニア!右翼中央に出現を確認!誰か行かせろ!」
支援部隊である覚醒者は後方に作られた見張り台から戦場全体を〈遠見〉のスキルで見ている。
何か変化があれば報告し、後方司令部が伝令を通じて中央から後方にかけての大部隊を動かす事になっていた。
しかし既に前線の兵士たちは手で虫を払うかのように惨殺されていく。一定の命令を出す権限があるはずの前線指揮所は既に壊滅しており、前線部隊に指令が全く届かない。中央から後方にかけての兵士たちも何が前線で暴れているのか分からない状況となっていた。帝国軍の戦線は一瞬にして崩壊した。
傀儡たちは主人の命令に則って逃げる敵から優先して殺して行った。挑んでくる敵は即死させ、逃げる敵は可能な限り苦しめて殺す。それを忠実に遂行していく。そんな光景を見てしまった見張り台の覚醒者は声を荒げる。
「繰り返す!レイン・エタニアは右翼中央だ!伝令を回して部隊を向かわせろ!」
見張り台の上から覚醒者が叫ぶ。下にはそれを司令部へ伝える為の兵士もいる。今度はその兵士が声をあげて返事をする。
「駄目だ!!戦線は崩壊している!一旦撤退して体制を!…………おい!危ない!」
「……え?」
見張り台にいた兵士が視界を前に戻す。それと同時に数キロ先の前線から黒い光線のような物が飛来。それは正確に見張り台とその周辺の簡易施設を消し飛ばした。
◇◇◇
「……命中したな。いい感じだ。お前はそのまま奥へ進みながら暴れろ」
黒い水龍の頭に乗ったレインの命令で水龍はブレスを放った。それは正確に地面を抉り飛ばしながら後方の見張り台を消し飛ばした。
水龍と見張り台の間には紙の上に線を引いたような窪みが出来ていた。その窪みの上には無数の人間だった物が転がっている。
その後も水龍は正面の兵士たちを喰い殺しながら戦場を暴れ回った。
「こんのぉッ!!」
暴れる龍の身体に何とか近付いた覚醒者が剣を振るう。しかしバキンッ――と音を立てて剣がへし折れた。水龍の鱗は強靭だ。
普通の兵士の剣で斬り付ければ剣が折れるし、斬りつけた本人にもダメージがいく。覚醒者が扱う武器であっても高ランクの魔力を有していなければ傷も付かない。
この戦場で水龍に傷を付ける事が可能な武器とそれを扱う唯一の者は既にレインの傀儡となっている。
「そん…な……ぎゃあ!」
水龍に近付き過ぎた覚醒者は強靭な鱗と地面の間に引き摺り込まれ擦り潰された。このようにして死んだ兵士はもう数千人以上となっているだろう。
開戦してからまだ2時間も経過していない。それなのに『中央平原』に投入された帝国軍の内の2割に相当する2万人が戦死していた。
◇◇◇
「何故、前線からの報告が何もないのだ!!何故向かわせた偵察隊が誰も戻らん!!」
後方の安全な場所に設置された司令部にいる男が机を叩いて苛立ちを募らせる。そこには8人の将校と数名の護衛がいた。将校たちが吸ったであろう煙草の吸い殻でガラスの皿は埋まっていた。
司令部はこの戦場で最も安全な後方に位置している。見張り台よりもさらに後方で堅牢な壁によって守られている。しかし誰からも情報が来ないせいで新たな命令も出来ず、将校たちはただ司令部に籠るだけになっていた。
「クソ!こうなったら5人班の偵察隊を複数派遣しよう!開戦しているはずなのに何の情報もなければどうしようもない!誰かいないか!」
将校は煙草を吸いながら部屋の外にいる護衛に声をかける。しかし誰も入ってこない。部屋の外にも数名の兵士が常にいるから返事がないわけがない。
「おい!どうした!」
将校の1人が近くにいた護衛に視線をやる。その護衛は頷き、剣を抜いて鉄の扉へ近付いた。
その時……。
ズドンッ!――と扉が外側から室内へと吹き飛んだ。近付いていた護衛の兵士は扉と一緒に飛ばされて壁に勢いよく叩きつけられた。
その最中、吹き飛んだ鉄の扉の角が座っていた将校の1人の頭に当たった。その将校は頭の一部が抉れてうつ伏せに倒れて死んだ。
そして部屋の中に全身を漆黒の鎧で包んだ騎士と黒いオーガが歪な武器を構えて入ってきた。その背後に見えた壁には大量の血飛沫が付着しており外にいた護衛たちは全員この者たちによって殺されていると瞬時に判断できた。
「何者だ!」
残っていた護衛の兵士6名がその黒い騎士へと斬りかかる。しかし剣が騎士の鎧に当たると同時に兵士たちの剣が根本からへし折れた。
「…………え?」
兵士たちが困惑したその一瞬の間に大剣が横一線に振られ、兵士たちの頭を綺麗に飛ばした。そこから上がる血飛沫が司令部の壁や天井を赤黒く染めた。
「貴様らが帝国軍の大将だな?」
漆黒の騎士ヴァルゼルが問いかける。違えばすぐに殺すし、そうであるならば拷問して情報を聞き出してから殺す。そう厳命されている。
ここに来るまでに魔法を放っていた奴らも粗方殺した。ここの護衛も大将がいるかどうか確認してから全員殺し尽くした。もうここしか部屋が残っていないからコイツらが大将である事に間違いはないが一応聞いておく。
「言葉を話した?…………そうか!貴様はあの男に雇われた傭兵だな!」
「…………はあ?」
本来召喚された駒は言葉を話さない。ヴァルゼルだけが特別だっただけだ。帝国軍の将校たちがそう勘違いするのも無理はなかった。
「いくらで雇われたのだ?我々に付けばその2倍……いや3倍の金と領地を与えてやる。貴族位もだ!一生遊んで暮らせるぞ?どうだ?」
「そんな提案ができるって事は……お前らが大将で間違いないな?」
「その通りだ!もし条件があるなら聞こうではないか」
「そうか……なら皇帝の場所を言え。あとその家族の構成と場所だ」
拷問せずに情報が手に入るならそれに越した事はない。本来なら8人の将校……1人は運悪く死んだが、7人を別々の場所に監禁して拷問する。
吐いた情報を他の6人と整合して正しい情報を得るのが確実で良いのだが、今は時間に余裕がない。あまり待たせる事は不敬に当たるとヴァルゼルは考えた。
「それを聞いてどうするというの……」
ヴァルゼルはその将校が手を置いていた机に大剣を落とす。その将校の左右の手の指は親指を除いて全て落ちた。
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