第187話






◇◇◇


「クソ!魔法と矢を絶えず放て!近付けさせるな!!取り付かれたら一瞬で呑まれるぞ!!あの大剣持ちを狙え!!」


 帝国兵は突如として出現した黒い集団の対応に追われていた。最後に残った城砦都市を攻めていたはずの帝国兵たちが我先にと逃げ帰ってきた。


 表情は恐怖に支配され何があったのかもうまく答えられないくらいだった。城塞都市に向かわせていたのは精鋭ではない。ただの兵士だ。覚醒者も高ランクは派遣していない。しかしそれでも帝国軍の厳しい訓練を耐え続けてきた者たちだ。


 その者たちがこんな状態になっている。何が起こったのか確認する為の偵察隊を送ろうとしたところにコイツらがいきなり現れた。


 帝国兵はダンジョン崩壊ブレイクを疑った。近くでたまたま別のダンジョンがあったのかと。ただその疑念はすぐに晴れる。


 あまりにもこの黒い化け物たちの統率が取れ過ぎている。大剣を振り回す漆黒の騎士が指示しているように見える。


 帝国兵は漆黒の騎士を狙いながら他の化け物を攻撃し続ける。エルセナ王国王都を占領している帝国兵は今回侵攻している兵士の中では精鋭だった。


 今でさえ化け物たちを王都へ入らせないように必死なのに、さらに絶望が襲う。王都の南側に広がる森の中から今戦っている化け物よりも多い黒い集団が向かって来るのが見えた。


 帝国兵は少しだけ動揺したがすぐに立て直す。それは優秀な指揮官と控えている高ランクの覚醒者たちが無傷でいたからだ。


「狼狽えるな!立て直せ!覚醒者たちを全て集めろ!矢も全て持ってこい!」


 城砦の上で声を張り上げながら各地点の兵士や伝令に命令を下す。今回の侵攻を任された指揮官の右腕のような存在だった。


「お前が指揮官か?」


 そんな指揮官の肩を誰かが掴む。前線の指揮官の肩を掴む。兵士であれば上官に対してそんな事をするとどうなるのか知らない者はいないだろう。


 上下の指揮系統がハッキリしており階級が全ての帝国軍においてそんな事をする者はいない。そうすぐに悟った指揮官は振り返りながら自分の肩を掴む存在に斬りかかる。


 しかしバキンッ――と指揮官の剣は根本から折れて何処かへ飛んでいった。


「なっ?!」


 指揮官が自分の剣の状態を認識した時は既に遅かった。何故か自分は遥か上空にいた。


 指揮官は理解できなかった。なぜエルセナ王都の城壁がそこに見えるのか。なぜそこに自分と同じ指揮官階級に与えられる鎧を着た者が立っているのか。

 そこに立っている者はフラフラと赤い血飛沫を巻き上げている。


 "あ……あれは…………私か……"


 そこでその指揮官の意識は途絶えた。


「うわああああ!!隊長!!」


 付近にいた兵士が叫ぶ。指揮官がいたから落ち着いて対処出来ていた。


 しかしそれを失えば一気に瓦解するとアイラがレインに教えた。誰が指揮官なのかも伝えた。あくまで装備を確認したアイラの予想だったが見事当たったようだ。


 レインは指揮官の剣を手刀で叩き折った後、すぐさま顎を蹴り上げていた。


「流石です!ここを制圧して傀儡さんの援護をしましょう!!」


 レインはアイラを抱えて城壁の上まで一気に移動していた。傀儡がうまく立ち回れないのはここからの魔法攻撃と矢による斉射のせいだ。ならここにいる兵士を撤退させれば後は簡単だ……というアイラの判断だ。


 "とりあえず残ってる中級の海魔を3体付けとくか。国を治めるなんて絶対に嫌だ。アイラさんには傷一つ付けさせない"


 レインは城壁の上で帝国兵と対峙する。その背を守るようにレインの剣を構えたアイラが立つ。そのアイラを守るために左右から海魔が出現する。


「何かあればそいつらを盾にして下さい。相手がSランクでなければ大抵は何とか出来ます。……あと俺から離れないで下さいよ?突っ走らないで下さいね?ちゃんと周りを見て、自分の体力と魔力と相談しながら……」


「わ、分かっております!!そんな父上のような事を言わないで下さい!」


 アイラは少し顔を赤らめてレインを見る。これまで言われてきたようだ。


 "だって……国を治めるなんて絶対に嫌だもんなぁ。アイラさんには必ず無傷で生き残ってもらわないと"


「心配してるんです。前見ろ!!」


「え?」


 アイラはレインに気を取られ過ぎていた。ここは帝国兵に囲まれている。会話に夢中になり過ぎる辺り、まだまだ経験は少ないのだろう。レインも同じだが。


 アイラが視線を前に戻すと帝国兵が矢を一斉掃射していた。無数の矢がアイラ目掛けて高速で向かっている。


「私だって覚醒者だ。あれくらいの矢……全て斬り落として……」


「はいはい……あの数は俺でも避けますよ。貴方はこっち!」


「うわ!」

 

 レインはアイラの首根っこを掴んで後ろへ軽く投げる。海魔たちも投げられたアイラについていく。


 無数の矢はレインへ向かう。その矢がレインの目の前まで接近した時だった。


「止まれ」


 レインの一言で全ての矢が空中で停止する。帝国兵が放った矢のやじりには毒か何かが魔法によって付与され僅かな魔力を宿していた。


 だからレインはその矢を思いのままに操れる。数が多過ぎると疲れるが、今回はそんな事を言っている暇はない。


 そんな目の前の光景に帝国軍の弓兵は戸惑う。目の前の状況に頭が追い付かない。


「向きを反対に……速度を上げて帝国兵を貫け」


 空中で停止した矢はその切先を帝国兵へ向ける。そして一瞬の間を置いて一斉に発射された。


 


 

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