第107話







◇◇◇



 レインの家でのシャーロットは大人しかった。ただただエリスとの会話を楽しんでいた。



 あの恐ろしい笑顔を向けられないように気をつけないといけない。エリスはみんなと改めて自己紹介をした。今はみんなと楽しそうに話をしている。


 もう誰の補助も必要ない。自分で好きな物を好きな時に手に取れる。



 そしてこれでレインが力を求め続けた目的は達成した。もう何もする事なくこの幸せな環境を謳歌していればいい。それだけで十分暮らしていけると思う。



 ……ただそれでは駄目だと分かっている。この後に控えている大きな存在に気付いてしまった。

 それらはエリスが暮らす世界諸共滅ぼしてしまう。エリスの平和を脅かす者は何人たりとも許さない。



 神魔大戦では8柱の神々と6体の魔王との絶滅戦争だって本に書いてあった。アルティは違うし、裏切った神もいるって話だったはず。



 だから残りは神が7人と魔王が5体だ。そいつらを全員倒せばエリスの暮らす世界は平和になる。



 "俺が力を手にした究極の目的はエリスが安心して暮らせる平和だ。そのために全ての敵を倒さないといけないな。アルティ、俺は魔王や神とどれだけ戦える?"



 "……そうだねぇ。神と魔王にも色々なタイプがいるんだ。戦闘向きじゃない奴とはいい勝負なんじゃない?第3の魔王くらいならもしかすると勝てるかもってくらいかな?"



 "第3の魔王?第3ってなに?"



 "あれ?知らないの?魔王には生まれた順番に第1から第6までの数字があるんだよ。強さの順位じゃないから当てにはならないよ?レインの強さなら1番弱いで有名な第3の魔王ならギリ勝てるかもね。第6の魔王には指一本触れる事すら出来ないだろうね。

 それだけ魔王っては圧倒的に強く残忍な存在なんだよ?破壊と殺戮のためなら自分の身すら顧みない馬鹿どもさ"



 "そんなのが相手なんだな。……ちなみにアルティは?"



 "私?私は第1の魔王だったよ。多分別の奴が継いでるだろうけどね。まあ今はそんな事はどうでもいいよ。

 とりあえずアンタは身体と剣を鍛えるんだね。魔法は本当に向いてないからやめてね?街とか消し飛ばしそうだから"



 "………………分かった"



 そんなにハッキリ言わなくてもいいんじゃないかと思った。ただ火球ファイアボールのつもりで放った魔法が空を裂く炎の柱になった。

 イメージした物がちゃんと出てこないなら使わない方が周りのためにもなる。



 その内、火の魔法を使おうとしたら雷とか出てきそうだし。



 アルティとの会話も終えてその日を眠る。そしてエリスとの日常はあまりにも速く過ぎ去った。



 その日はあっという間に訪れた。



◇◇◇



「レイン様……準備はよろしいですか?」


「大丈夫です。ちゃんと帰ってきますよ」


 レインはこの光景を前にも見たことがあった。しかし今回は一緒に行くメンバーが多い。


 レインたちが『メルクーア』のSランクダンジョン『海魔城』へ旅立つ日だ。エリスにも伝えている。

 どれだけ危険かは曖昧にしか伝えていないが雰囲気で察したのだろう。



 昨日からずっと不安そうな顔をしている。しかしそれを払拭する事はできない。

 死ぬつもりは全くないが何が起こるか分からないのがダンジョンってものだ。



 気休めの嘘は誰も助からないだろう。



「……エリス、ちゃんと帰ってくるから待っててくれな?帰ってきたらしばらく休みにするからまた一緒に出掛けような?」



「…………うん」



 エリスは俯いたままだ。そんなエリスをレインは抱き寄せる。



「大丈夫だ。ちゃんと帰ってくる。だからそんな顔しないでくれ。俺がエリスとの約束を破った事ないだろ?」



「そ、そうだけど。でも……お兄ちゃんが行くところはとても危ないって……せっかくお兄ちゃんが治してくれたのに……お別れになるかもしれないって思ったら……怖くて……」



「…………そうだな。確かに危ない所だ。でも俺はエリスを残して何処かへ行ったりしないよ」



「……で、でも……お兄ちゃん」



 エリスがここまで食い下がるのは初めてだ。やはり不安なんだろう。全部が見えるせいで、これまで察する程度だったものが確信に変わっている。



「なら提案があるんですが……」

 


 そんな時にシャーロットが手を上げる。この場には数台の馬車が並んでおり、一緒に行くサミュエルとレガを除く『黒龍』のSランク覚醒者と支援要員のAランク覚醒者たち数十名、組合本部からも何人か派遣されている。



 それに加えて道中、護衛の為に行動を共にする兵士たちも何十人といる。


「シャーロットさん?」


「エリスちゃんも一緒に行きましょう!アメリアさんたちも一緒に連れて行けばいいんです」


「……え?!ダンジョンに?!」


「い、いえ……メルクーアにです。こちらが滞在する予定の宿も手配してもらっているので数人増えた所で問題ないでしょうし。

 それならエリスちゃんも少しは安心するんじゃないですか?」



「…………それってやって良かったんですね。エリス、どうする?」



「一緒に行く!!」


 エリスはレインに強く抱きついた。それだけ吐血しそうになったが何とか耐えた。そしてアメリアたちに準備するように伝えて馬車の中で待つ事にする。 



◇◇◇


 

「すいません……少し待たせます」



「心配いりません。どうせ予定よりも早く着くように行動してますので。それにしても毎度の事ながらうちのマスターが失礼しております」


 レインの前に座るニーナが深々と頭を下げた。

 サミュエルはこのSランクダンジョン攻略に参加するのだが、直前に隣国『エルセナ』からダンジョン攻略の依頼が来てそっちへ行ってしまった。


 ただ終わったらすぐに合流するらしいがそれで開始には間に合わないだろう。



「だ、大丈夫ですよ。ニーナさんも大変ですね。……エリス、腰が痛くなったら言うんだぞ?時間的には余裕があるから休憩も取れるから」



「大丈夫だよ!この椅子すごいフカフカだから!」



 エリスはレインの横でピョンピョンと椅子の上で跳ねる。

 


「俺も最初はそう思ってたよ。でも油断すると腰爆発するから気をつけてな?」



「ば、爆発?!」



「レインさんあまりエリスちゃんを困らせないで下さい」



 レインの右前に座るクレアが話す。この馬車は中の広さの割に4人しか乗れない最高級のものだ。

 

 レインの横にエリス、エリスの前にクレア、その横にニーナが座っている。阿頼耶やアメリアにステラ、他の覚醒者たちは別の馬車だ。


 そして準備が完了し出発の時が来た。アメリアたちは予想以上の速度で準備を完了してくれた。


 シャーロットがレインが乗る馬車まで近寄って挨拶だけ交わす。壮大な式典などは必要ない。それは帰ってきてからでいい。



「レイン様……ご武運を祈っております。どうかお気をつけて」



「……ありがとう。それじゃあ行ってくる」


 その言葉を残してレインたち一行はメルクーアへ向けて出発した。

 


◇◇◇



 レインたちを見送った後、王城へ戻ろうとしたシャーロットの元に息を切らした兵士が駆け込んできた。

 シャーロットはすぐに気付き兵士が息を整えている間に質問する。



「どうしましたか?」


「ほ、報告申し上げます!もう間も無く神覚者の御方がこちらへ到着されるとの事です!!」



「神覚者?一体誰ですか?」



「そ、それが…………」

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