第3章 水の国『メルクーア』〜水が創り出す魔物の大海〜
第108話
◇◇◇
「お、お兄……ちゃん……腰が…腰が爆発する……」
「……俺もだ」
「ご主人様……そんな情けない姿を周囲に見せないでいただけますか?神覚者としての威厳が崩壊する音が聞こえます」
エリスはクレアに、レインはアメリアに腰をマッサージしてもらっている。そんな状態でアメリアに反撃できない小言を言われている。
「それにお2人で全く同じ体勢でうずくまって……似た者兄妹ですね」
「………ありがとう」
「………ありがとう」
「褒めているわけではありません。全く同じタイミングで同じ事言わないで下さい」
呆れてしまっている感も否めないアメリアの言葉を背に腰の爆発をなんとかして治してもらった。
◇◇◇
「さて……お2人の腰が何とか持ち堪えたところでメルクーアの話をさせていただきましょう。
シャーロット様から基本的な情報の資料をいただいております」
貰ってないけど?そうレインは言いたかった。でも難しい文字ばかり並べられた物を貰っても結局アメリアに渡していただろうから同じか。
「じゃあ……次の腰爆発の時まで説明してもらえる?」
「かしこまりました。ただ爆発前提で進めないで下さい。体勢を変えるなどして負担を軽減してもらえると助かります」
「……………………はい」
言葉によるナイフで少しだけ刺された後、水の国『メルクーア』について説明を受ける。
「まず『メルクーア』は水の国と言われるだけあって海に囲まれた2島と陸地に面した2つの地域の国となります。
2つの地域と島を三角形に結び、その中央に位置するのが本島であり王都『ルイーヴァ』がある島となります。我々は現在そこに向かっていますね」
要は本島というか王都は他の3つの地域の真ん中にあるって事か。移動のたびに海を渡らないといけないって結構面倒くさそうだな。
「今回、攻略するダンジョン『海魔城』はこの王都『ルイーヴァ』が最も近いようです。メルクーア側はそこに戦力を集めているようです。
……ただメルクーア側がどれだけの覚醒者を投入するのかはまだ分かっていないとの事です。
ただ今回は国家の存亡をかけた攻略戦となりますので相当な人数にはなると思います」
「…………そうですか」
ただAランク覚醒者以下の人たちがどれだけいても結果は変わらないんじゃないかと思う。
レインはSランクダンジョンに入った事はない。それでも噂にある通りなら戦力として数えられるのはSランク覚醒者と神覚者だけだ。
「……知っていたらでいいけど、メルクーアのSランクと神覚者って何人いる?」
「……そう…ですね。えーと、資料に書いてある通りですと、神覚者が3名、Sランク覚醒者が15名となっています。今回はその全てを動員していると考えもいいと思います」
「…………という事は神覚者が4人とSランクが19人?」
「そうなります。後は後方支援のような形でAランク覚醒者たちが数多く配置されるでしょう」
「それでもかなりの数が死……」
そこでレインは言うのを止めた。隣に誰がいるのかを思い出した。
この子を不安にさせまいと連れてきたのにこれでは意味がない。
「…………あとメルクーアは海産物が有名ですね。イグニスでは食べられない物がたくさんあるようです。私も料理の知識を得られそうで楽しみです!」
「そう……だな。向こうに着いたら食べた事ない物をたくさん食べるか。エリスも楽しみだろ?」
「そうだね!お腹空かせておかないと!」
アメリアも雰囲気を察して話題を変えてくれた。というレイン自身も美味しい物はいくらでも食べたい。
レインはすでに生涯使い切ることがほぼ不可能なほどの資産を得ている。使い道なんて美味しい物を食べる以外に思いつかない。
エリスがいる間はダンジョンに関する話はしないでおこうと思い、それからは観光地や有名な料理の話で馬車の中は盛り上がった。
その後は3回の腰爆発を経験して知恵の国と呼ばれる8大国の1つ『サージェス』を抜けて『メルクーア』に入国した。
前にエルセナを抜ける時も本来なら色々手続きがいるとかあったはずなのに『サージェス』を通り抜ける時も『メルクーア』に入る時もほぼ素通りレベルで通過できた。
「サージェスもメルクーアもこんな簡単に入れるもんなんだな」
「それは大国間協定があるからですね」
まーた初めて聞く単語が出てきたよ。まだ自分の国のことすらまともに分からないのに、世界規模の協定とか辞めてほしい。聞いたのはレイン自身なので聞くしない。
「大国間協定……ですか?」
「はい、8大国間は覚醒者や資源の移動や移送がかなり多いです。その都度、正式な手続きをしていたら、出入国までに何日も時間がかかってしまいます。移動の理由がダンジョン攻略なら間に合わないので簡略化する事にしたんです。
8大国間に関してはSランク覚醒者以上の者が同行している、または国王陛下や覚醒者組合の許可証があれば素通り出来るっていう決まりになってます」
「許可証なんてのもあるのか」
「もちろん国王陛下が全ての許可証を把握しているなんて事はないと思いますよ?おそらく信頼厚い側近に任せているのだと思います。
そこから多くの職員を動員していると思います。じゃないと回らないくらいの量になりますからね」
「色々考えられてるんだなぁ」
「これも円滑に世界を回す為ですね。なので我々は神覚者であるご主人様の同行者になりますので、こうして8大国である『サージェス』と『メルクーア』に関しては簡単に入国できるという訳です!」
アメリアの知識量には毎度の事ながら驚かされる。レインであったら数年かかっても覚えられないような領域の知識をこの数十日で頭に叩き込んでいた。
それもレインたちの食事や身の回りの世話を行いながらだ。
今度本当に無理やりにでも休暇を与えないと倒れてしまいそうで不安になる。
「アメリアさん……大きな国で決められているのはそれだけなの?」
好奇心旺盛で既ににレインよりも頭のいいエリスが手を上げて質問する。
「そう……ですね。例えばそれぞれの国の特産品の売買を行う時に、その物の料金の他にも相手の国に対してのお礼を込めてお金を支払うという決まりもあったはずです」
「何でまたそんなのが?相手の国で自分の国の物を売るのに余計にお金がかかるって事だろ?そんな事したら誰も買い物出来なくなるんじゃないのか?」
「えーと……そうなんですが……」
アメリアは口籠る。即答できないって事はアメリアの持つ知識の外側にあるって事だ。少し新鮮で面白いと思うのはいけない事だろう。
「要は自分の国の物が売れなくなる事を防ぐためですね。例えば『イグニス』の特産品は豊富な鉱物資源を生かした武具生産です。
それを……そうですね。剣の国『エスパーダ』で売るとしましょう。エスパーダでも当然武具は生産しています。ただどうしても品質では我が国の方が上回っています。価格にしても同じくらいでしょう」
アメリアと代わるようにニーナが話し出す。多分こうした話題はニーナの方が強いのだろう。おそらくステラも詳しいと思う。
「ならばエスパーダ産の武具よりイグニス産の武具を買った方がいい訳です。そうなればエスパーダ国内の武具生産に関係する者たちが職を失う事になります。
それを防ぐためにイグニス産の武具をエスパーダ国内で販売するお礼金を上乗せさせる事で販売価格を釣り上げるんです」
「………………ほう」
すでにレインは置いて行かれていた。もう話の背中も見えない。何を聞いていいのかも分からない。
ただ横のエリスは真剣に聞いているから何もできない。だからレインはそっと窓の外を眺めた。
「となればイグニスの武具屋も利益を出すためにお礼金分以上の費用を上乗せしないといけなくなるので、エスパーダ国内では多少品質が劣るが安く手に入るエスパーダ産の武具と品質はいいが金額がかなり高いイグニス産の武具が並ぶ事になります」
「それだと安いのを買う人も出てくるから安定する?……って事ですか?」
エリスは理解しているようだ。それを聞いたニーナも微笑み返事をする。
「仰る通りです。今のは例えで武具としましたが、本当は色々な物に適応されています。武具以外だと食料や資源が多いですね」
「へぇー!それ以外には何かありますか?」
エリスのニーナへの質問は続く。レインは窓の外を見るのも止める。腕を組んで目を閉じて天井を仰いでいた。
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