第333話








「…………あれ?熱くない?炎は?」


 しかしレインたちの元へその炎の壁が命中する事はなかった。いつの間にかその炎は全て掻き消されていた。


「〈食腕のはらわた〉」


 レインたちの前にはアルルが立っていた。そんなアルルの右腕は巨大な蟲の口のような形となっている。その巨大な口が赤龍の炎の息吹ブレスを全て飲み込んでいた。


「ノクタニス……お前なんかにレインはやらせないよ。それに微風魔王のカイム……お前もだ。神の軍勢が来るまで大人しくしてろ。神軍が来たら人気のない所で勝手に殺し合ってればいい。ここでやるならお前らから殺す」


「アルル!貴様……我々を裏切るのか?!」


 赤龍、煉獄の魔王ノクタニスは空気が揺れるほどの大声で叫ぶ。その声だけで気絶し倒れる兵士すら出てくる。そんな声だった。


「裏切ったんじゃない……本来のいるべき側に戻っただけ。もう一度だけ言うよ?暴れたいなら誰もいない所でやれ、ここでやるなら殺す」


「上等だ!!」


 魔王ノクタニスは全身から炎を噴き出す。その炎はそのままノクタニス自身を包み込み小さくなっていく。


 そして数秒後、その炎の中からルーデリアのような真っ赤髪を持つ男が出現した。ノクタニスの本来の姿は赤龍だが、人間サイズにも変身できるようだ。


「カイム!手を出すなよ!あの小娘は私の獲物だ!一度アイツをやってみたかったんだ!」


 魔王ノクタニスは人間サイズとなったにも関わらず赤龍の姿の頃と変わりない炎を全身に纏う。その熱量は他の魔王たちにすら影響を及ぼすレベルだ。覚醒者であっても対策しなければ近付く事すら出来ない。


 レインたちが無事なのはシエルが風のスキルで熱を別の方向へ誘導し、オルガとアリアが周囲に水と氷を展開する事で温度を下げているからだ。


 街の人たちにもレインたちがいる場所から反対側へ避難するように既に兵士たちが声を掛けていた。覚醒者ですらあの熱量の前にはやられてしまう。普通の人間であれば数秒だって耐えられないだろう。


「分かってるよ……でも油断は禁物だぞ?アイツは何でもかんでも喰らって真似する面倒なスキルを持ってるからな。さっきの炎だってそのうち使ってくるぞ?」


「お前に助言されるほど私は落ちぶれていない!行くぞ!!狂戮の魔王アルル・ティアグライン!!」


 魔王ノクタニスは炎で形作られた翼を広げ、アルル目掛けて突撃する。その姿は炎を纏った流星のように見え、物凄い速度に加速しアルルへ向かう。


「レイン」


 こちらへ向かってくるノクタニスを前にアルルはレインへ語り掛ける。その表情は今まさに魔王による突撃を受けているとは思えないほど穏やかで優しい微笑みだった。


「アルル……姉ちゃん?」


「みんなを助けたいならレインが死ぬ気でみんなを守るんだよ?レインはその力を得てから時間が全然経ってない。だから魔王と正面切って戦えない。

 でも守る事はできる。その力は敵を倒すためじゃなくてみんなを守るのに特化した力だよ。お姉さまらしい素敵な力だ。それを受け継いだレインも優しい人だから正しい使い方が出来るはず。

 だからレインは各地に分散させた力の一部だけでも戻すんだよ。そこにいる人たちを守りたいからね」


「……アルル」


「こんな時によそ見か!その余裕な態度がいつまで持つか見ものだ!」


 魔王アルルは防壁を強く蹴って跳躍する。そしてすぐに向かって来ていた魔王ノクタニスと激突する。その衝撃だけで防壁に大きなヒビが入り、街全体が大きく揺れる。こんな事が続けば倒壊する建物が増えてくる。そうなればモンスターたちを討伐する前に人類は絶滅してしまう。


「エリス……魔力がなくて辛いかもしれないが、街全体をこの衝撃から守ってくれるか?」


「うん!イゼラエルさん出来るよね?!」


「お任せ下さい」


 すぐにイゼラエルは街全体を包み込む魔法防壁を展開する。これでも魔王の本気の一撃を防ぐ事はできないが、こちらを意識していない魔法の流れ弾くらいなら耐えられる。


「ありがとう……俺も出来ることをやらないとな」


「お兄ちゃん?」


「悔しいけど今の俺じゃ魔王たちとは渡り合えない。人類の中で一番強くなったからって魔王たちが俺に合わせて弱くなる訳じゃないし、俺が成長してるなら魔王たちだって成長してる。でも俺だって魔王と同じ力を得たんだ。やれることはやるさ」


 "アスティア……こっちに戻って来られるか?"


 "…………申し訳ありません、現在魔王が召喚した屍の軍勢の対処に手間取っており、我が王の元まで移動することが出来ません"


 "了解した。なら龍王たちはどうだ?全ての龍王をこっちに持って来ても構わないか?"


"何も問題ございません"


 "そうか……では全龍王に命ずる。全速力で俺の元まで来い。あとヴァルゼル……お前の速度について来られる奴だけ引き連れてテルセロまで戻れ。魔王に対処する"


 ヴァルゼルからの返事はない。しかし声を届いているはずだ。ヴァルゼルを配置した場所はここからそう遠くない。全速力でこちらに向かえば1時間もしないうちにたどり着く。龍王ならば尚更早く到着できる。


「……傀儡は敵を滅ぼす力だけじゃなくその本質は守る為の力……か。そう言えばそう……かもな」


 傀儡はレインの魔力が続く限り永遠に復活する。そして魔王の魔力は無限に近い容量を誇る。今でこそ魔力が回復する量と減る量では減る方が多い。しかし完成すればその2つが拮抗し、無限の軍勢となる。


 傀儡はレインが倒した者しかなる事が出来ない。故にレインより強い敵は傀儡にできない。


 これが〈傀儡〉の弱点だ。これは変わらない。でもこの力の本質を理解すれば弱点ではなくなる。


 相手が自分より強いのなら勝てるように成長すればいいだけの話だ。自分が強くなれば自ずと傀儡の強さも付いてくる。決して死なず、恐れず、命令に絶対服従の兵士となる。


 スキル〈傀儡〉は数で敵を圧倒するだけじゃない。その圧倒的な数で守りたいと思う人たち全てを守り切る為のスキルだ。


「なら俺は守ることに徹しよう。俺が死んだら意味ないしね。…………来てくれるよな?」


 レインはその言葉を空に投げかけた。

 


「……当然だ」

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る