第228話






◇◇◇



「レイン様!こちらです!」


 若干迷いながらもようやくいつもの扉の前に辿り着いた。そこには今回もうるさかった審判とその他の職員が数名いた。扉の近くまで来ると戦闘の激しさがより一層伝わる。

 

「お待たせしました。えっと……入ってもいいですよね?」


「もちろんです。……本来であれば我々の仕事であるのにも関わらず……本当に申し訳ありません」


 その場にいる職員全員が深く頭を下げる。レインは他国の神覚者で参加者だ。その参加者に戦いを止めてもらうなんて国としての面子は丸潰れも同然だ。しかしそんな事を気にしていられるような事態ではなくなっていた。神覚者同士の本気の戦闘が起き、試合ではなく殺し合いに近いものとなっている。


 レインは軽く頷いて扉を開けた。観客席には人がほとんどいない。おそらく避難したのだろう。残っている奴は相当な大金を掛けたまともではない人間だろう。


 そして闘技場には2人の女性がいる。1人は当然カトレアだ。口から血を流し、必死の形相で、息も絶え絶えになりながら防御魔法を展開し、攻撃を放っている。上空からはレインの嫌いなあの天使たちも援護するかのように様々な攻撃魔法の雨を降らせていた。


 カトレアの防具は所々が破壊されている。レインに合わせると言って着ている黒い魔道服は濡れているようだ。それが流血が原因で濡れているという事はすぐに理解できた。


 片手で複数の魔法陣を同時に展開して攻撃と防御をしつつ、もう片方の手を負傷した箇所に当てて治癒魔法を使っている。


 最初は大天使が召喚されていると思ったが違うようだ。あの天使がいるとカトレアは攻撃魔法が使えないはずだから。


 対する相手は……当然だが見た事がない人だ。燃えるような赤く長い髪、ここからでも分かる紅蓮の瞳、そして自分よりも大きな戦斧と自分の背丈よりも長い長剣の二刀流だ。


 そんなバカでかい武器を軽々と片手で振り回している。その女性に傷らしい傷は見当たらない。カトレアを相手に無傷でここまで来ているようだ。


 そしてその女性はカトレアと天使たちから放たれる魔法を斬っている。斬られた魔法は塵になって消えていった。


「……あの武器……素材はなんだ?魔法そのものを斬ってる。なのに魔色が見えない。あの人は赤い炎みたいな魔力を出してるのに……」


 レインがその戦闘……特に赤い髪の女性の動きに魅入った時だった。赤い女性は長剣を地面に突き刺す。それを足場にして跳躍する。魔法攻撃を回避すると同時に上空にいた天使に急接近する為だった。


 赤い女性は巨大な赤い戦斧を両手で握り、天使の首を狙って振るう。そして一瞬で4体の天使の首を同時に刎ね飛ばした。


 あの女性が斬ったのは大天使ではない。大天使ならレインですらヴァルゼルの大剣と自分の大剣を使って渾身の力で刎ね飛ばした。あの天使たちはそこまで硬くないとは思うが、彼女はいとも容易く斬り飛ばした。


 天使を破壊されたカトレアは魔法攻撃を絶え間なく放てなくなった。既に魔力の消耗が激しい。天使が攻撃している僅かな時間で回復していたのに、それが出来なくなった。


 赤い女性は地面に着地すると同時に斧を構えてカトレアへ接近する。長剣は地面に突き刺したままだ。


 赤い女性はカトレアが何とか放った攻撃を避けて戦斧を振り下ろそうとする。そこでレインは動いた。カトレアはあれを避けられない。


 レインはカトレアとその女性の間に入り込み、両手に剣を持って戦斧を受け止める。戦斧がレインの剣に当たった瞬間、レインの周囲は大きく歪み闘技場の地面に大きなひび割れが発生した。


 "重い……が吹っ飛ばされる程じゃない…な"


「…………レインさん」


「カトレア……試合は終わりだ。すぐに治療しろ。ローフェンさんたちがもうすぐに来る」


 レインはカトレアの方を向こうとする。しかし赤い女性は戦斧にさらに力を込めた。


「…………おい、もう試合は終わっている。武器をしまえ」


 レインは戦斧を受け止めながら話しかける。しかしその女性は笑みを浮かべた。


「聞いているのか……」


 レインがさらに話しかけようとした時だった。女性は戦斧を手放してレインに蹴りを放った。その蹴りはレインの側頭部を狙う。


 もちろんレインはそれを腕で防ぐ。しかしこれはかなり重い一撃だった。レインは地面の上を少し滑る。


「おい!もうやめろ!この試合は終わってるんだ!」


 しかし女性は止まらず斧を持ってレインへ突進する。さっきよりも速度が上がっている。


 "こいつ……かなり強い。俺と同じ近接特化タイプだ。しかも身体能力強化のスキルも持ってるな"


 ガキンッ!!――と闘技場全体が揺れるほどの衝撃が走る。レインの周囲は先ほどよりも大きく歪む。上からの一撃の威力がさっきよりも強くなっている。

 レインはおそらく初めて膝をついた。立っていられないほどの力の強さだった。


「…………ぐぅ!」


「レ、レインさん!」


 カトレアはレインの後ろから来ようとする。まだ治療も受けていない。魔力もほぼ消失している。フラフラとレインの方へ手を伸ばして向かってくる。


「来るな!!お前は早く治療を受けろって!!」


 レインは上からの攻撃に耐えながらカトレアへ向かって叫ぶ。もし今すぐカトレアに狙いを変えられたら対処できないかもしれない。これ以上カトレアに魔法を使わせる訳にはいかない。

  

「甘いねぇ。お前みたいな甘ったれの雑魚が近接系世界最強?超越者?あり得ねぇな!」


 女性が初めて言葉を発した。これまで会った事ないタイプの口調だ。


 

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