第44話
「……えーと……質問の意味が分からないのですが?」
「レインさんのこれまでの言動を聞いていると……この国『イグニス』に対してあまり良い印象を持っていない……ような気がして」
この国が嫌いか?……どうだろうか。そう言われると自分でもよく分からない感じだ。レインは即答が出来なかった。
「……………どうでしょう。何を持ってして国を好きか嫌いかで判断すればいいか分かりません。ただこれまで色々な事を経験してきましたが、この国で良かったと思った事はありません。……まあ別の国を知らないのでなんとも言えないですが」
「と言う事は移住も考えているんですか?」
「それも何とも言えません。今はエリスの為に神話級ポーションを何としてでも手に入れる。それだけしか考えていません」
「エリスさん……妹さんですね。病気の話を聞いてリグドやロージアと少し考えていましたが同じような症例を他国で聞いた事はあります。病名すら付いていない、原因も不明の難病……だと思います。
原因の特定と治療法が確立されればその治療のために国家からも支援が出ると思いますが、現状は神話級ポーションで無理やり治すという手段しかないのでしょう」
「そうですね。俺には病気の原因なんてもうどうでもいい。完治できて2度と病気にならないのであれば何だっていい。
これまでずっと……全ての事を我慢させて来ました。俺にはもう他人からの評価を気にするほどの余裕はありません」
「……そうですか。ただ……ただですね。まだこの国を見放されていないならここに居てほしいと思っています。我々でお手伝いできる事であれば……」
「分かってますから。……ここまでで大丈夫です」
レインはあまり気分が良くなかった。力を得て神覚者となり良い意味で世間に知られる事になった。そのおかげでこれまでの評価が完全に逆転した。
だが、これまでの扱いからあまりにも変わり過ぎて複雑な気分だ。
「あ……分かりました」
少し寂しそうな表情を見せたニーナと別れ帰路に着く。その帰り道に買い物だけ済ませて帰宅する。
◇◇◇
「エリス……帰ったよ」
「お兄ちゃんおかえりなさい。大丈夫だった?怪我してない?」
いつものように声をかけていつものように心配される。ポーションのおかげで聴力が戻った。レインが帰る音にも反応でき手探りではあるが出迎えも出来るようになった。
あと少し……あと少しなんだ。目の前に並べられた食事を美味しそうに頬張るエリスを見て決意を燃やす。『決闘』の相手は全員がSランクや神覚者だ。
「……お兄ちゃん?」
「なんでもないぞ。ああ……ただもう少しで引っ越すからな。あと明日も朝から出掛けるからお留守番頼むな?」
「分かった。……でも怪我はしないでね?」
「大丈夫だ。明日はダンジョンには行かないから。ほら口の横についてるぞ。まだ沢山あるから落ち着いて食べな」
ハンカチでエリスの口を拭う。
"こんな幸せが続けばいいなぁ"
久しぶりに落ち着いた夜を過ごす事が出来た。
◇◇◇
次の日、エリスはまだ寝ているから起こさないように阿頼耶を連れて家を出た。本当は今日にでも引っ越し先を見つける予定だったが、国王のせいで無くなった。偶然を装って殴ってやろうかとも考えた。
しかし国王というか国の上の方で偉そうにしている奴は大体歳とった奴しかいない。殴ったら確実に死ぬだろうと思ったのでやめておこう。
ここは王都ではなく第2の都市と呼ばれる場所だが、有事の際の王族の避難所としているから城がちゃんとある。
今のボロ屋から結構遠いから若干イライラする。そしてその前にニーナと防具を揃えに行くことになっている。
どうせならエリスも連れてくるべきだったか。いや……やめておこう。誰に対しても気を使う子だから疲れてしまうかもしれない。
他愛無い話を阿頼耶としながら目的地である組合本部へ向かう。
◇◇◇
組合本部前には待ち合わせはお昼前だというのに数時間も前からソワソワする人の影があった。
予備のナイフのみ腰に隠すように装備し、白いワンピースを着た女性……ニーナの姿があった。
「……す、少し早く着きすぎましたか。周囲の視線が痛い」
ニーナは国内どころか8大国中でも顔が知られているほどの有名人だ。その顔立ちといつもと違うオシャレをした姿が相まって誰よりも注目を集めていた。
各々がデートだとか噂し、相手が誰なのかという憶測が飛び交っている。
身体能力に優れるニーナはその全てが聞こえていた。中には別のギルドのSランク覚醒者の名前を相手として述べる者もおり、急いで訂正したい気分だった。
しかし無闇に関わると余計な詮索をされてしまう。ニーナは様々な意味で近寄り難い存在だ。言い寄る男などほぼ存在しない。
もう何度弄ったか分からない前髪をクルクルと触り、待ち合わせの時間まで残り30分ほどとなった。
「……そ、そろそろですね」
ニーナは再度自分の姿を見直す。服にシワができていないか、寝癖は付いていないか、いつ使うのか分からなかった貰い物の小さなバッグから手鏡を取り出し何度も何度も確認する。
"なぜ私はこんなに緊張しているでしょう。…レインさん……ハッ!私は今何を?!わ、私はただこの街を案内して良い国だと思ってもらって……それから……えーと…ずっとここに住んでもらう為にあの提案をしたんです!"
と誰に聞かせるでもない言い訳を並べ続ける。
"……でもあの時は本当にすごいと思ったな"
あの敵が現れた時、全員が生き残るのは無理だと思った。Sランクが4人も護衛につけば簡単だと慢心した。タネを明かせば戦闘タイプの魔法使いが1人でもいれば簡単に攻略できる相手だった。
実際、外に待機させていたAランク覚醒者には攻撃特化の魔法使いがいた。彼を連れてきていればあの者に苦戦する事もなかったのに。
それをレインさんは圧倒的な力で倒してしまった。そして召喚の駒にしていた。あんな圧倒的な力を持ちながら大切な人を治すために行動し続けている。
"……あんなに一途な人がいるんですね"
自分でも理解できない感情を押し殺し人混みの中からこちらに近付く強い魔力をただ眺めている。
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