第86話








「〈氷矢の雨ブリザードアロー〉」



 カトレアが指を軽く振って呪文を唱える。すると空の半分を覆い尽くす氷の矢が大量に……数にして数百本が出現し、間髪入れずにレインへ向けて高速で発射された。



 レインは刀剣を1本捨てて盾を召喚しようとする。それで防ぐ。剣で全てを叩き落とせる数ではない。



「〈氷の激槍フロストファランクス〉」


 空中から降ってくる矢を見たレインだが別の呪文を聞き逃さなかった。盾を〈支配〉で浮かせて正面を見る。


 そこにはレインよりも巨大な1本の氷の槍が出現し既に発射されていた。氷の矢よりは遅いが当たれば死ぬだろう。上からは氷の矢の雨、正面からは氷の槍。どれも相手を一撃で殺せそうだ。そんな魔法を連発している。


 レインはもう一つ盾を召喚して氷の矢を無理やり防御する。回避しているとカトレアの魔法を見逃す可能性もある。

 屋根のように盾を並べて氷の矢は無視する。そして両手に剣を持って氷の槍を迎撃する。それと同時に走り出そうという考えだった。



「〈雷撃ライトニング〉」


 しかしさらに別の呪文が聞こえた。カトレアの人差し指から放たれた雷は既に発射された氷の槍を突き抜けレインに向かって来た。

 氷の槍は雷撃により粉々になった。その時の粉塵で視界が一瞬奪われた。そこに出来た隙を突くようにレインの腹部に雷撃が直撃した。


「がッ……」


 雷撃というか魔法をまともに食らったのは初めてかも。結構痛い。剣で斬られるのは外側がジンジンするけど、魔法は内部がズキズキする。これは本当に不快だ。


「〈焔の魔弾フレイムバレット〉」


 レインが倒れていないと判断するとカトレアは次の魔法を放つ。槍よりも遥かに小さい焔の石に見える。それが数十発、矢よりも圧倒的に速いスピードで向かってくる。


 "クソ!何もさせてもらえないな!"


 レインは焔の石を防ぐために大剣を召喚しその後ろに隠れる。焔の石は――カンカンカンッ――という音を立てて大剣に命中する。音だけだと弱く聞こえるが身体に当たると貫通するだろう。そして燃えているから身体の中を焼き尽くす。なんとも恐ろしい魔法だ。


「〈大地の縛鎖ガイアバインド〉」


 今度は地面が鎖のように隆起してレインの手脚に巻き付いた。なんて硬さだ。本気でやれば振り解けるが時間がかかる。


「〈冷気の波動フロストオーラ〉」


 地面から出てきた鎖を振り解こうとしたレインを見たカトレアは次の魔法を放つ。カトレアの手のひらから放たれた冷気は盾代わりにしていた大剣を突き抜ける。


「ぐあッ」


 レインの身体はその冷気で一気に凍りつく。ただでさえ拘束されている状態で氷漬けにされ身動きが取れない。

 空からも氷の矢が降り続けている。数百本の矢が落ちれば終わりではなかった。盾に命中した側からどんどん空中で作られ、永遠とレインへ向けて降り続けている。


「〈火球ファイアボール〉」

「〈雷撃球ライトニングスフィア〉」


 カトレアの右手から人の頭くらいの大きさの炎の塊が、左手からは周囲に雷を撒き散らかす雷の球体が同時に出現し放たれた。


 動きを拘束された状態では回避も防御も不可能だ。


「…………俺1人じゃ勝てんか」


 すぐ近くまで迫る炎と雷を前にレインだけでは無力であった。ただレインは1人ではない。力の本質は身体能力ではない。



「傀儡召喚」


 

 迫る炎と雷の球体を大剣で消し飛ばすように地面からヴァルゼルが出現する。その黒い騎士の姿はさらに会場を沸かせた。


「で、出ました!!レイン・エタニアの切り札!Sランク!いや!!神覚者に匹敵する力を持つ強力な駒を召喚するスキ……ル?」


 出現したのはヴァルゼルだけではない。まずレインの頭上と周囲を守るように上位騎士50体が盾を空と観客席に向かって構える。これにより〈支配〉で盾を使う必要がなくなった。


 続けてレインに巻き付く鎖を両断しながら鬼兵が100体出現した。


 そしてヴァルゼルの周囲を守るように上位剣士が出現し、レインの横に傅くように騎士王も出てくる。

 さらに続けて観客が見上げるほどの巨人兵が3体、武器をカトレアに向けるように召喚された。



 闘技場内は一瞬して300体を超える傀儡たちによって埋め尽くされた。ここに来て初めてカトレアの微笑みが消えた。



「な、なな、なんということだ!!!レイン・エタニアのスキルは1体の強力な駒を召喚するスキルではなかったのかー?!」



「……あーうるせぇな。傀儡、あの女を殺せ。遠慮はいらない。全力で仕留めろ」



 レインの指示を聞き傀儡たちは武器を構えた。こいつらはBランクからAランク、ヴァルゼルに至ってはSランク相当だ。

 そんなのが300体もいる。いくら神覚者でSランクダンジョンの生き残りだとしてもこの数を相手に戦えるだろうか?見ものだな。


 レインは魔力を放出し氷を溶かした。そして大剣を構え盾を持った。傀儡たちの間を抜けてアイツを両断してやる。



「……行け」



 レインの号令で傀儡たちが一斉に突撃を開始する。



「…………くだらない」



 カトレアがそう呟いたのをレインは聞き逃さなかった。



「〈召喚サモン 魔道の主天使ドミニオン・ウィザード〉」



 カトレアと突撃する傀儡たちの間に入るように地面に白い魔法陣が浮かび上がる。それも4つだ。


 そしてそこから白い翼と白銀の鎧に身を包み剣や槍を持った4体の天使が召喚された。傀儡と比べて眩しく綺麗な姿だ。


「たった4体で俺の傀儡を止められるものか」


 しかし天使たちは強かった。4体は剣や槍を前に構えた。するとその切っ先に魔法陣が複数展開された。


 1体の天使からは炎の塊が複数発射され先頭を走る鬼兵の集団を消し飛ばした。

 1体の天使から竜巻が放たれ騎士たちが上空へ吹き飛ばされた。

 1体の天使からは物凄い数の雷撃が放たれて剣士たちは連鎖するように感電し動きを止められた。

 最後の天使は3本に分裂した光の槍を投擲し3体の巨人兵の頭を吹き飛ばした。


 たった4体の天使が放った魔法で傀儡たちのほとんどが消し飛ばされる。ヴァルゼルもその中に含まれている。カトレアとこの天使たちの攻撃はヴァルゼルにとって相性が悪すぎた。


 カトレアは目を閉じて天使たちに指で合図を送る。天使たちは武器をレインに向けた。


「お前ら……さっさと復活しろ。まだあの女は生きてるぞ?天使も殺せ」


 この命令で自分の中の魔力が削られる感覚があった。ヴァルゼルの分が大きいが全体的にはまだまだ余裕はある。


 天使が魔法を放とうとした時だった。地面から突如として巨大な腕が姿を現し、天使の1体を鷲掴みにした。


 その腕に遅れるように巨人兵が復活した。天使は暴れてその手を破壊しようとするがもう遅い。 

 レインの命令の中に天使も含まれた。巨人兵は一切の躊躇なく天使の1体を握り潰した。


 その天使は周囲が照らされるほどの光を放って消滅した。


「あと3体だ。行け。ここからは俺の魔力を使って復活しろ」


 傀儡たちがいた場所に黒い水溜まりが広がる。そこから這い出る傀儡の兵士たち。光を司る天使と闇から這い出る傀儡の兵士たち……この構図はどこかで聞いたことがあるものだな。



 一瞬の膠着の後、戦端は開かれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る