第87話









「ウオォォッ!!!!」



 観客の中にも耳を覆う人が出るほどの咆哮をヴァルゼルが放った。それが開戦の合図となる。



「殲滅なさい」


 カトレアも指示を出す。天使たちは強力な複数の属性の魔法を放つ。それでも傀儡は復活する。


 それを認識したカトレアから放たれる魔法の威力もさらに上がってきた。



「〈上位雷撃グレーターライトニング〉」



 先程の雷撃が幾つにも増えて多方向に放たれる。それは地面を抉って傀儡たちを消し飛ばす。それでも傀儡は復活する。



「〈爆ぜる暴風エクスプロードウィンド〉」



 地面を抉りながら進む竜巻が出現した。それでも傀儡は止まらない。そしてようやく数メートルのところまで接近した。



 しかし……。



「甘いですわね。その程度で私に勝てるとお思いだとは」



「〈千の氷槍撃サウザンドフロストスピア〉」

「〈万雷の暴嵐ライトニングテンペスト〉」



 カトレア以外の地上にいる者を全て消し飛ばすような雷と氷の連撃だった。予想通り傀儡たちは消し飛ばされるが、瞬き一つの間に復活する。


 そしてレインは既に動いていた。周囲を根こそぎ吹き飛ばす大魔法を使えば視界は閉ざされる。ただでさえ傀儡の猛攻を受けているんだ。レインにまで木を回す余裕はないはずだと確信した。

 

 付け加えるならこの世界の召喚スキル使いの常識、本人は戦えないというものにレインは当て嵌まらない。


 レインは全速力でカトレアの背後に回り込み大剣を両手で持って斬りかかる。その距離は数メートルだ。

 レインに気を取られれば傀儡たちが、このまま傀儡の相手をすればレインが、どちらにしてもカトレアは詰みだ。



「ああーっと!!!レイン・エタニアが動いている!!!」



 審判うるさい!ただここまで接近出来た。カトレアは前を向いている。今気付いた所でもう間に合わない。



「……これで終わりだ」



「〈水晶の要塞クリスタル・フォートレス〉」



 その数メートルの隙間を埋めるように水晶、青緑色の巨大な壁が出現した。レインの大剣はその壁に阻まれる。

 ただの壁であればレインの一撃で破壊できるが少しヒビを入れる程度だった。



 そして空から攻撃していた天使の1体がレインに魔法、炎の球を放つ。



 レインはすぐに距離をとって回避する。


 レインの目の前には水晶の要塞が完成していた。入り口もなく窓もない。レインの一撃でも破壊できない水晶で出来た城の頂上にカトレアが立っていた。



「あなたの実力は分かりました。たしかに見くびっていたようです。それは訂正しましょう。そんな貴方に敬意を表し、こちらも本気で戦うとしましょう」



「ここからが本番ってことか」



「〈召喚サモン 魔道の熾天使セラフィム・ウィザード〉」



 闘技場上空を覆い尽くす1つの魔法陣が出現した。白銀の文字が刻まれ尋常じゃない魔力を放っている。



 ゴーン…ゴーン…ゴーン――と何処からともなく鐘の音が響く。そしてそれは現れた。


 白銀の全身鎧に包まれ武器は持っていない。6枚の白い翼を持つ聖騎士のような天使が1体、その魔法陣から降りてきた。そしてそのままカトレアの頭上で停止する。


 レインはその天使を全力で警戒し、大剣を離して刀剣を両手に持った。全神経を張り巡らせ攻撃に備える。レインの跳躍であれば水晶の壁を駆け上がってカトレアまで届くだろうが、今それはできない。


 あの天使たちを減らさないといけない。空中で魔法攻撃を回避する術はそこまで多くない。


「攻撃なさい」


 カトレアの指示が天使たちに届いた。その瞬間だった。天使の後ろに6枚の魔法陣が一斉に出現した。そしてその直後に闘技場内は大爆発を起こした。



◇◇◇


 

 爆発から数秒後……土煙が周囲を包み込む。観客の歓声は嘘のように掻き消えた。その土煙の中から何かが飛び出した。それは地面の上を滑りながら止まる。


 

「…………ガフッ…ゴホゴホッ…あー…いてぇ」



 それはレインだった。レインにも何が起きたのか全てを理解できなかった。あの天使が魔法を使った瞬間だった。



 地面からいくつもの光の柱が出てきた。白い光の魔力の奥から赤い紅蓮の魔力を噴き出したのを確認したレインは咄嗟に持っている全ての盾4つを召喚した。3つある大剣も地面に被せるように召喚した。

 そして自分を包み込むように盾を並べて防御しようとした瞬間に音が聞こえなくなった。


 傀儡たちは全て消し飛ばされた。レインが負傷したことにより復活も止まった。



「なんだ……生きているのですね」



 レインは五体満足で何とか生きていた。しかし火傷や爆風による裂傷、手脚は動くが、肋は折れてるかもしれない。口の中に血の味が広がる。内臓も損傷したかもしれない。



 そしてレインの前には最強の天使とそれに連なる天使が3体、加えて無傷のカトレアが安全な要塞の上でこちらを見下ろしていた。



 "こんな奴が……いたなんて"


 "レイン……大丈夫?"


 "アルティか……いや、ヤバいな。今までの誰よりも容赦がないし強い。こんなに強い奴はアルティ以来だな"


 "本当は変わってあげたいけど……今の私はダンジョン以外で外に出ることが……"


 "分かってる。それにこれは誰の力も借りずにやりたい。俺の目的なんだ。アルティに頼っていい事じゃない"


 "頑張るのはいいけど……死ぬんじゃないよ?アンタはこんな所で死ぬ子じゃ……"


 "死なないよ。それに負けもしない。必ず勝つさ"


 アルティとの短い会話を終えてレインはカトレアを見た。しかし天使たちは追撃しない。何かを待っているのか?



「もうやめなさい。貴方に勝ち目はありません」



 カトレアはため息混じりに話す。


「またそれか……俺は何と言われようと神話級ポーションを……」


「そんなに妹が大事ですか?」


 その言葉で自分の心臓が握りつぶされるような感覚を覚えた。そして一気に多くの疑問が頭の中を駆け巡る。


 あの子に、いやアメリアたちにつけている傀儡が動いた気配はない。何故、こいつが知っている?



「…………………………」



「安心なさい。貴方が懸念しているような事は起こりません。貴方はこの『決闘』に初めて参加するんです。当然、貴方の周辺も含めた情報を手に入れますわよね?」


 なぜこの決闘中にその情報が得られたのかと思ったが、彼女は特別待遇なのだろう。一度宿に入ると出入りは出来ないのに数日の間に調べ上げたということか。



「………………それで?何が言いたいんだ?」


「貴方の愚かさに反吐が出ると言いたいんです。それほどの力を持っているのに、神話級ポーションを手に入れる目的が覚醒者ですらない死に損ないに使うためだと言うのがあり得ない」


 レインは自分の耳を疑った。今……コイツは誰の事を言ったんだ?カトレアはレインの表情を確認する事なく淡々と続ける。



「神話級ポーションは世界の宝とされている完全治癒薬です。使う対象は我々覚醒者が最優先であり、その後に皇帝、国王やそれに連なる貴族が来ます。

 この世界は魔法石によって支えられ、成り立っています。そしてそれらを獲得できる力を持った唯一の存在である覚醒者こそがこの世界において最も重要かつ守られるべき存在」



「………………黙れ」



「神話級ポーションはそのような者たちの為に使われるべきなのです。それを貴方は生きている価値すら不透明な者に使おうとしている。言うなれば最高位の魔法石をその辺のドブに投げ捨てるようなもの!」



「………………黙れ」



「貴方もいい加減気付きなさい!貴方は神に認められ、力を得てこちら側の人間となった選ばれし者です!そんなはさっさと捨ててこちら側に来なさい!」



「……お前」



「…………何です?」



 レインの囁きにようやく気付いたカトレアが返答する。

 


「お前に!!お前にあの子の何がわかる!!!あの子の苦しみが!あの子が今まで耐えてきた苦痛の何が分かるってんだ!最初から全てを持っているような奴に俺たちの苦しみが分かってたまるか!!」



 レインは初めて声を荒げた。最も大切な存在を侮辱されたから。



「分かりませんね!分かりたくもない!!そして何故理解出来ないのですか!力を持たぬ者は持つ者の庇護下にある!ならば持たぬ者は持つ者の役に立たねばならない!

 貴方の妹は何の役にも立てない!薬を無駄に消費するだけの不要な存在など死んでこそ価値があるんですよ!!何故理解しない!!」



「き、さ、ま!!!」



――プツンッ―――

 

 この時、レインの中で何がか切れた。その瞬間に怒りとかの感情が無くなった。あれほど彼女を殺すと湧き出した黒い感情が嘘のようにまっさらになる。


 それと同時に気付いた。自分の心の奥底に大きな箱がある事を。魔法石か、金属か、何で出来ているか全く分からない重厚な箱で、3つの錠で厳重に鍵をかけられた大きな箱だ。


 自分は今その箱の前に立っている。何でこんな物が?そんな疑問が出るほどには冷静だった。



 そして自分の右手を見た。いつの間にか真っ黒な鍵を握っていた。その鍵が何を開ける物なのかはすぐに理解できた。

 

 レインは自分の身体を浮かせて箱の前まで移動する。空なんて飛べたんだろうか。


 目の前に並ぶ3つの鍵穴、その内の真ん中の錠だけが光っている。レインが今持ってる鍵と共鳴しているようだ。レインは躊躇いなくその鍵を使って開けた。


 3つの内の1つの鍵穴が消滅した。そしてその大きな箱の蓋が少しだけ空いた。本当に数センチ程度の隙間から黒い何かが溢れ出した。



 それを確認した時、一瞬にして現実に引き戻された。だが怒りは忘れてしまっていた。今起きた事の衝撃が強過ぎた為だ。カトレアも何か話しているが聞こえない。聞く価値のない事だ。



ピコンッ――

 

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