第85話
◇◇◇
その後はただ宿に戻って食事をするだけだった。レインの表情を見て何があったのかを阿頼耶も聞かない。
あと1勝。あと1回勝てばエリスの病気が治る。何としてでも勝つ。どれだけ残忍で凄惨な勝ち方になり非難されようとも、その相手が再起不能になろうとも、それら全てはエリスに劣る。
レインは拳を強く握る。感情のせいで抑えていた魔力が制御し切れず溢れ出す。しかしすぐに気付いて抑え込んだ。
「ご主人様……大丈夫ですか?」
それでも阿頼耶が見逃すはずがなく心配をかけてしまう。
「え?……ああ、大丈夫だよ。もう横になろうかな。明日に疲れは残したくない」
と言っても別に疲れているわけじゃない。傷も治ったし疲労も阿頼耶がいるおかげである程度は回復できるから問題ない。何となく寝ていないのが嫌なだけだ。
負けるという事が出来ないからやれる事は全てやる。ただ思いついた事はとにかく休むだけだった。
緊張で眠れないかと思ったがベッドに入ると普通に眠れた。それも割とガッツリ、ぐっすりだった。
◇◇◇
「レイン・エタニア様……それでは闘技場の方までお願いします」
現在、昼前の控え室。決勝戦は毎回かなりの長期戦になる傾向がある。だからこんな時間に決勝戦が行われる。
職員に案内され、いつもの場所で待機する。既に観客の歓声が熱狂の渦となって闘技場を包み込む。喉とか死なないのかなと思う。
「それでは!!決勝戦!覚醒者の入場です!!」
同じ審判の声が響く。この人もよく叫ぶ。もうこの声にも親近感が湧いてきた頃だった。
「まずは西門から!」
「……俺か」
「初出場ながら圧倒的な強さでここまで勝ち抜いた『傀儡の神覚者』!レイン・エタニアー!!」
紹介も同じだな。別に変えてほしいと思っているわけではない。
ゆっくりと開かれる大きな門。その先に広がる大歓声も慣れてきた。レインは歩いて中央へと向かう。
「そしてー!!相対するはこの御方!!全ての試合をほぼ一撃で決め、その場を1歩も動かず勝ち上がった最強の
「…………マジか」
オーウェンが言っていた戦いたくない2人に完璧に当たった。これは運がいいと思おう。
そしてSランクダンジョンをクリアして生き延びるくらいの実力があるのが相手か。
「カトレア・イスカ・アッセンディア!!!」
名前も長いな。名前が長ければ長い人ほど階級の高さを表しているからな。
レインが歩いて中央へ向かっていると反対側の扉も開いた。そしてそこにその人はいた。
レインと似たような黒を基調にした服だ。所々に赤い線が入っている。長いスカート……でいいのか?を履いている。
紺色の長い髪を靡かせてこちらに歩いてくる。明らかに戦闘を意識した服ではない。ロージアのように杖も持っていない。
しかしかなり強い。青と金色が混ざり合う不思議な色の魔力だ。そしてその大きさはレインを凌駕している。ここまでの相手はアルティ以来だ。それでも勝たなくてはならない。絶対に。
カトレアはゆっくり歩き先に到着したレインに遅れる事、数十秒で中央に到着した。腰に手を当てレインの全身を見渡す。
「戦う前に1つよろしいですか?」
丁寧な口調でカトレアがレインに話しかける。
「なんですか?」
「棄権なさるつもりはないかしら?あなたの戦闘は観させていただきましたが、あまりにも私との相性は悪い。勝てない戦いをするのは賢い選択ではありませんわよ?」
「…………はあ?」
こいつも最初から他人を見下すタイプか。というか大体がこんな奴ばかりだ。ローフェンの相手を敬うような話し方の人の方が圧倒的に珍しい。
まあ覚醒者なんて力を見せびらかしてこそみたいな風潮もある。
「あなたの為を思って言っているのですよ?棄権するのであれば……そうですね。100億ほどお支払いしてもいいでしょう。これほど破格な条件もそうないと思いますけど?」
「俺が棄権して神話級ポーションが貰えるならそうするけど?」
レインの目的はあくまでポーションだ。『決闘』を優勝した経歴なんて別に不要だ。その経歴のせいでこれまで以上に付き纏われても嫌だし。
「アハハハッ……笑わせないで下さいます?神話級ポーションを目的で来ているのに。まあいいでしょう。これが最後のチャンスですよ?
戦うことを選んで一方的に蹂躙されるか、100億もらって大人しく国に帰るか。……さあ選びなさい?」
「俺の目的は神話級ポーションだけだ」
「……はぁー……そうですか。そこまで愚かな男だと思いませんでした。では位置に着きなさい、数分で片付けて差し上げましょう」
「……………………」
レインは返事をすることなく位置につく。失礼な奴だと思った。しかしここまで勝ち上がって来た実力は本物だ。いきなり全力全開でやる。
"俺の速度なら魔法を詠唱する前に接近出来るはずだ"
「それでは双方位置につきました!!準備はよろしいですか!」
「いつでもどうぞ」
「俺も大丈夫だ」
2人の返事を確認した審判は右手を高らかと掲げる。開始の合図だ。レインは両手に剣をすぐに召喚できるようにする。脚に力を込める。オーウェンですら反応が遅れた速度をさらに超える力を出そう。
「それでは開始です!!!!」
審判が手を振り下ろすと同時に後ろへ下がった。レインは合図のみを確認し、刀剣を召喚してカトレアへ向けて走る。周囲からは完全に消えたと思われただろう。
そして一瞬でカトレアの目の前まで接近する。気絶なんて狙わない。身体を両断して終わらせる。
しかしそう甘くはない。
バキンッ――召喚と同時に振るった2本の刀剣はカトレアの目の前で止まった。いや何かにぶつかって弾かれた。カトレアは微笑みを絶やさないまま同じ姿勢でこちらを見ている。
「……魔法障壁だっけか」
カトレアから溢れる魔力のせいで気付かなかった。1枚がかなりの強度を持つ障壁を何重にもかけている。レインの一撃で1枚は割れたと思う。しかしその奥に控える数枚の障壁に弾かれた。
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