第312話





「こんなものかな。あの要塞ごと跡形もなく消し飛ばすことも容易ではあるが、それだと人間の秘めたる可能性を引き出せないからな。

 あの男のように強大な力を発揮する者も出てくるかもしれない。……かなり手加減したつもりだが……大丈夫だよな?

 うむ…大丈夫だと信じてもう少し追い込んで行くとしよう。配下たちよ……ようやく出番だぞ?」


 先頭に立っていた魔王オディウムは長杖を掲げて周囲で並んで唸り声を上げていたモンスターたちに合図を送る。


「人間どもを殺していけ。捕虜も必要ない。全てだ、誰1人残さず凄惨に残酷に殺してゆけ。私は高みの見物といこう」


 グオオオッ!!――モンスターたちの咆哮で大地が震動する。それが進軍の合図だった。魔王オディウムは浮遊魔法を使い、空へとゆっくり飛び上がる。この戦場全体を見渡せる位置で止まり、杖を椅子代わりにして空を仰ぐような体勢を取っている。


 先頭にいた魔王がいなくなった事でモンスターの大群は一斉に半壊した要塞に向けて突撃する。対するヴァイナー王国軍は混乱しており、まともな迎撃は出来そうにない。


 そんな時だった。突撃するモンスターの大群と半壊した要塞の間に黒い風が吹き荒れた。その風はモンスターの突撃速度を低下させ、空中で笑みを浮かべていた魔王からその微笑みを奪う。


「……………やはり来たか……傀儡の軍団。ならば近くまでもう来ているのか?裏切り者のアルス・ティアグライン」


 魔王オディウムは怒りの表情を浮かべる。裏切りの魔王への憎悪を隠そうともしない。


 モンスターたちの視線の先には横一列に並ぶ漆黒の集団がいた。剣や槍を構えた下級剣士や上位騎士、鬼兵までもが半壊した要塞を背にして並んでいる。


「配下たちよ……気にするな。そのまま進み続けろ」


 魔王オディウムの命令を受けてモンスターたちは再度突撃速度を上げていく。そしてそのまま傀儡の軍団と正面から激突した。



◇◇◇



「オーウェンさん!!」


 シリウスは倒壊した要塞の防壁上にいたオーウェンの元へ駆け寄る。他の場所で見張りの任を受けていた兵士も集まって来た。


「オーウェン…さん……なんで俺を庇ったんだ!今この世界には俺よりあなたの方が必要なはずだ!」


「………………なにをおかしな事を言っている?ワシは既に歳を取り過ぎておる。経験として兵を動かす事はできるが最前線で拳を振い続ける事などもう出来はしない。だから腕一本と多少の裂傷でシリウス……貴様を無傷で助けられたのは僥倖だった」


 オーウェンがもし何もしなければシリウスは身体を縦に両断されていただろう。


 魔王の方から何か嫌な気配を唯一感じ取ったオーウェンは何が来るのかも分からないままシリウスを突き飛ばした。


 そしてオーウェンは左腕を失った。シリウスを突き飛ばす為に伸ばした所を切断されたのだ。その後すぐに襲いかかってきた突風により全身に切り裂かれたような傷を受けていた。


「ダメだ!貴方にはまだまだ俺たちを引っ張って……お前たち!何をしている!早く治癒士を呼んでこい!敵が来てる!レインの兵士でもそう長くは持ち堪えられない!早急にここを放棄し、撤退する!!」


 オーウェンや要塞の状況を見た兵士や覚醒者たちはどうしていいのか分からず、その場に立ち尽くす。

 

 もう数十メートル先ではレイン配下の傀儡がモンスターの大群と戦闘を繰り広げており、何とか突破させないようギリギリの防衛を行っている。


「貴様こそ何を言っている!ここを突破されればもう後はない!……ゴホッ!……動ける者は不死の軍団を全力で援護せよ。負傷した者は治癒所へ連れていくのだ」


「「了解!!」」


 集まって来た覚醒者や兵士はオーウェンの命令を優先した。軍人であれば至極当然だった。オーウェンは将軍で、シリウスよりも階級が高い。しかし全員の表情は暗い。


 オーウェンは今すぐにでも治癒の神覚者であるローフェンのスキルによる治療が必要なほどの重傷だ。そしてこの中規模要塞に設置されている治療の設備では到底治す事は出来ない。それが分かっているからこそシリウスは撤退の命令を出そうした。


 しかしオーウェンは違った。ここを突破された先には第2防壁がある。だがその防壁はまだ完成しておらず、高ランクの覚醒者たちもほとんどが最前線に配置されていてほぼ空白地帯となっている。


 他の地域から引き抜けばある程度の防衛力を発揮する事が可能だが、それでも時間をある程度稼げるだけだ。

 ならばどうするのか。ここで時間をさらに稼ぎ、奴らと渡り合える者が、他の場所の敵を倒して到着するのを待つしかない。


「め、命令は了解しました……しかし貴方も重傷なんです。すぐに治癒所へ……応急処置だけでもしなければ!援軍が来たとしても貴方がいなければ誰が指揮を取るんですか!」


「そ、そうだ……そうだな。では……肩を貸してくれ」


「もちろんです!ただその前にポーションを……治癒士も治癒スキルを使い続けてくれ!我慢してくださいよ!」


 シリウスはポーションの瓶の蓋を歯で噛んで複数本分を引き抜いた。そしてオーウェンの左肩や腹部などを振りかける。治癒のポーションは飲むだけではなく、直接振りかける事でも効果が発揮される。


「うぅ……ぐッ!!なんの……これしき!…………ふぅー…少し痛みがマシになったようだ……感謝する」


 オーウェンは苦悶の表情を浮かべるが、すぐに笑みを浮かべる。


 それでも周囲の表情は暗いままだった。誰が見ても無理をしているのが理解できた。出血が一向に止まらないからだ。


 このままでは……覚醒者たちはこの先を考えないようにしながらオーウェンや他の負傷者たちを要塞の中央に設置された治癒所まで運んだ。




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