第67話









◇◇◇


 レインたち一行はダンジョンを無事クリアして外へ出た。次の予定がある為、レインはすぐに街へ向かおうとする。


「ちょ!ちょちょちょ!待って下さい!!」


 そんなレインの手をニーナが掴んだ。


「ど、どうしました?」


「帰るの早いです!」


「え?……でも次の予定が…」


「せめて!せめてお礼だけでも言わせてあげて下さい!」


 レインはニーナの後ろに視線を移す。既にダンジョンは消えていて、それがあった場所に覚醒者たちが並んでいた。そしてニーナが手で合図する。



「「「ありがとうございました!!」」」



「あ……あー、はい……大丈夫です」

 


 覚醒者たちは一斉にお礼を言い頭を下げた。こんな感じで感謝される事が初めてのレインはうまく話せない。



「な、何か……アドバイスとかありませんか?」


 ニーナは何か言葉が欲しいのか会話を続けようとする。



「アドバイス……ですか……」



 レインはそんな気の利いた事も、この新人たちの人生を変えるような名言も持ち合わせていない。ただ事実を言うしかない。



「あー……そうですね。俺は元々Fランクでした。毎日荷物持ちばかりの毎日で、何度も死にかけましたけど、どうしても譲れない大切な事があったから辞めなかった。……俺はただ運が良かっただけです。俺には力の使い方を教えてくれた師匠がいます。その人に会わなければ力を得たとしても弱いままだったと思います」


 レインの話を全員がただ黙って聞く。よそ見をする者は誰もいない。全員が真っ直ぐ姿勢を正し、レインの話を聞いていた。ニーナもサミュエルもただレインを真っ直ぐに見つめている。



 "緊張で内臓が爆発しそうだ。何人かは私語くらいしててくれ。俺の話なんて聞く価値ないぞ?"



 レインの内心は穏やかではなかった。

 

 「だから……そうですね。皆さんは既にBランクやAランククラスの魔力を持っています。だから既に運を持っている。ならやる事は徹底的に鍛えること。

 人は大切な何かを守らなければならない時と自分自身に危機が迫った時に物凄い力を発揮出来ると思ってます。……まあ……その…なんですかね?

 とりあえず身体を鍛えて、技術を磨いて、知識を身につけてからダンジョンに挑んで下さい。……長くなりましたけど……こんな感じですかね?」


 パチパチパチ――と拍手が起きた。誰が始めたとも分からない拍手は人から人に手渡されるように広がっていった。自分の話を聞いてもらって拍手された経験なんて当然ない。どうしたらいいか分からない。


「……ありがとうございました。素晴らしいお話でした。レインさんのお師匠様は今どちらにいらっしゃるんですか?そんなにお強い御方なんですか?」


 アルティの事は言わない方が良かったかもしれないとレインは思ったが既に遅かった。

 


「……遠い所です。すぐに会えるような距離じゃないと思います」



 "え?出ようか?"



 "やめてくれる?"


 

「強さは……そうですね。俺が100回挑んでも傷も付けられないと思いますよ?あの人は誰よりも強く、厳しく、加減が分からない頭のおか……厳しい人でした」



 "あれ?なんかおかしくない?"



 "別におかしくないよ?アルティの事を褒めてんだよ"



 "ならいいや"



「……厳しいって2回言いましたね。レインさんがそう言う程の人が存在したなんて知らなかったです。覚醒者なんですか?」



 やはり興味を持たれてしまった。そりゃそうだよな。レインは神覚者で国内最強の存在。それを圧倒できる存在は誰なんだ?となるのは至極当然だ。


 実際は人ではなく魔王で間も無く戦争が始まるからそれに備えて力を貰った……なんて言える訳がない。…………ただいつかは言わないといけないのか。



「すいません……師匠のことに関してはこれ以上言えません。目立つ事を嫌う人なんです。あの人を敵にしたくはありませんから」



「そうですか。ではこれ以上何も聞きません。呼び止めてしまって申し訳ありませんでした。私もいつか会いたいものです」



「まあ……気が合うかは分かりませんけどね」



「そうなんですか?!」



 "そんなでもないでしょー!私は結構この子好きだよ?レインにもベタベタしないしね"



「そうでもなさそうです」



「どっちなんでしょう?」



「実際に会ってみたらいいと思いますよ。もし戻ってきたら紹介します。では予定がありますので戻ります」



「ありがとうございました!」



「「「ありがとうございました!!!」」」



 ニーナのお礼に合わせて後ろに並んでいた覚醒者たちも頭を下げた。そしてレインたちは急いで街に戻る。



◇◇◇



「ひゃああああ!!」



 ステラの断末魔が響く。歩いてダンジョンへ行ったのが仇となった。あのサミュエルバカのせいで無駄な時間を過ごしてしまった。まだ陽が落ちている訳ではないから店も開いているだろう。だがエリスと自宅で過ごす時間は1秒でも長く確保しておきたい。



 レインは阿頼耶がついてこられる速度で走る。ステラは阿頼耶に背負われている。Bランクであっても経験のない速度で走っているから叫んでいるようだ。誘拐しているみたいだから叫ばないでほしい。



 歩いたら1時間以上かかっていたが、レインが走れば数分だ。あっという間に到着し、そのまま店の場所に向かう。ただ問題があった。



「…………アクセサリー系の店ってどこ?」



 組合と家と食品店の3カ所以外ほとんど行った事がないレインは自分が住んでいる街の事すらちゃんと分かっていなかった。今更だが。



「わ、私が……案内します。……揺らさないで」



 阿頼耶に背負われて草原を駆けたステラはフラフラだった。それを心配するかのように阿頼耶が頭を撫で倒すから一向に良くならない。



「よく知ってるな」



「何かあった時、エリスさんを避難させる為の経路は姉さんもクレアも把握しています。その過程で利用できそうな施設は粗方頭に入れているんです」



「その経路の作成は……?」



「もちろん姉さんが作りました。姉さんは私たちと比べて得意な事がないっていつも言いますけど……」



「不得意な事が全くなく大体のことを一定のレベルで扱える超万能型だよなぁ。まさかそんな事までやってくれてたとは……給金爆上げしないといけないな」



「そうなんです!レインさんは姉さんのことを本当によく分かって下さってます!姉さんはもっと自分に自信を持つべきなんですけど……」



「それは本人次第だ。俺たちが言ったところで本人に響かなければ意味がないしな。俺は見守るよ。じゃあ案内頼んでもいいか?」



「そう……ですね。ありがとうございます。ではこちらです」



 ようやく解放されたステラは立ち上がり先頭を歩く。初めて歩くルートはワクワクよりも家に帰れなくなるのでは?という謎の恐怖心が勝るレインであった。


 

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