第235話





 しかしその氷の矢が地面に命中する事はなかった。地面を覆い尽くしていた炎が一瞬にして消し飛んだ。その炎の熱波が迫り来ていた氷も一緒に消し飛ばしてしまった。


「私に魔法は効かねえよ」


 地上に立つルーデリアは無傷だった。今は斧だけを肩に担いでいる。近くで燃えていた魔法の炎がその斧へと吸い込まれている。


「ああ……蝕魔の斧か。久しぶりに見たよ」


 "蝕魔の斧?なんかカッコいいな"


「カッコよくないよ。あれは魔法に分類されるもの全てを蝕む最悪の斧だ。神が魔王を殺す為に創った胸糞悪い代物だね。魔法を得意とする者はあの斧の前にひれ伏すしかない。だって全ての魔法を喰らい尽くすからね」


 "そうか……だからカトレアは負けたのか。魔法を喰らうなら召喚魔法で召喚された天使が一撃で沈んだのも納得だよ。……俺の傀儡は違うのか?"


「傀儡はスキルだ。召喚魔法とは違う。違いは召喚する時に魔力を消費するかしないかだ。さて……勉強は終わりだ」


 アルティは浮遊をやめて地面に着地する。それを見たルーデリアはすかさず斧で斬りかかる。


 それをまたアルティは手を前に出して受け止める。これは指で止めているというよりその前方に展開された透明な壁が防御しているような形だ。バチバチと火花が飛び散る。


「お前……名前はなんだったか?」


「あん?入場の時に紹介されてただろ!ルーデリアだ。ルーデリア・アルバドス・エタニアだ!」


「エタニア…………なるほど、お前が3人目か。お前は気付いてるのか?あの方角に魔王がいる事を」


 アルティは空いている片方の手でその方向を指差す。ルーデリアはその方向をチラリと見て舌打ちをする。


「チッ!…………んな事は分かってんだよ。私はもうずっと前から戦ってきた!だが魔王の強さはただ力と魔法だけじゃない!怜悧狡猾で己の目的の為には笑みを浮かべたまま何でもする奴だ。

 だから私はエタニアを探したんだ!裏切りの魔王と反逆の戦神が創り出した第3勢力!エタニアの民を!」


「お前そこまで知ってるのかよ。レインには後で説明してやるからな?……あー、隠してた訳じゃないよ?時が来たら勝手に言おうと思ってたからね」


 "エタニアの民?……前にも何処かで聞いたような気がするけど……まあいいや。説明してくれるなら何でも"


「お前のその口調……お前は誰だ?あの男じゃないのか?」


「まだ気付かないのか?」


「まさか……魔王そのものか?!なぜその状態になれる?継承の最後は相手をッ」


 アルティは斧を避けてルーデリアの顔を鷲掴みにする。そしてそのまま地面に投げつける。


「そうか。お前はちゃんとしたんだね。殺してやろうかと思ったけど……好感が持てたね」


 アルティはもう一度自分の背後に無数の刀剣を召喚し、その内の1本を手に取った。


「いってぇ……私はお前とは違うんだよ。どれだけ自分を鍛え続けたと思ってるんだ。人格も切り分けて、友人も切り捨てて、国家と国民もいずれ取り返すつもりで手放した。お前みたいな奴とは覚悟が違うんだよ!この世界を守る為の!」


「……………………は?」


 アルティは膝をつくルーデリアの腹部を思い切り蹴り上げた。ルーデリアの身体は数メートル空中に浮き上がり、受け身も取れない状態で再度地面に落下する。


「うぇ……ゴホゴホ……」


「この子に覚悟がないって?努力してないってのか?この子はダンジョンの中で10年間私とやってきてんだ」

 

「…………ゴホ……私は…私は50年は篭ったぞ。ガルディアとずっと……戦って鍛えてもらったんだ。この武器も貰った!だから私は……私とクーデリカは2人で世界を守ると誓ったんだ」


「…………………………50年かぁ」


 10年やってきた事で優位に立とうとしたアルティだったが向こうはその5倍やっていた。


 "どうすんの?"


「ちょっと黙ってて」


 "……はい"


「でも……魔王は強いんです。もう太陽の国ヘリオスはなくなりました」


 ルーデリアの口調が変わった。地面に突き刺さっていた斧と長剣も塵となって消えていった。


「お前は……さっきと違う奴だな?」


 アルティもそこには気付いたようだ。もう決着した。今、アルティの前でうつ伏せになっている女性に戦意はない。50年、鍛え続けたと言ってもさらに悠久の時を生きている魔王が操る人間には敵わない。


「クーデリカです、魔王アルス様。私には戦う力はありません。なのでもう1人の私であり、戦う才能を持つルーデリアが身体を鍛えてくれたおかげで武器を持つ事は出来ます。ただ私の方は才能がなくただ振り回すだけになってしまいますが。私はヘリオスの国家元首として内政を担当していました。

 今はその地位を追われ、蛇疫の魔王ラデルがその地位に付いております。奴の計画の全ては把握し切れていません。ただこの世界を相手に戦争を起こし、神の尖兵として数えられている覚醒者を神魔大戦の前に滅ぼそうとしています」


「………今はアルティだ。そう呼んでくれ」


 アルティはそう言って手を差し出す。


「アルティ様……失礼致しました」


 ルーデリア改めクーデリカはその手を取って立ち上がる。これを決着の合図と受け取った観客からは次第に歓声が上がっていく。


「決着ー!!」


 審判が叫ぶと同時にレインに身体が返された。この後は恒例の激痛がやってくる。レインは歯を食いしばって耐える準備をする。


「………………あれ?」


 しかし痛みがこない。いつもならすぐにやってくるはずなのに。


「はーい!おつかれー…私が痛みを持って行ってあげたから大丈夫だよー。私にとってはこれくらいの痛みは大した事ないからね。足攣ったくらいの感じー」


 と言ってアルティがレインと肩を組む。カトレアやアメリアに共通する良い匂いが漂う。


「そうか……助かったよ。あれかなりキツイからなぁ……………………何でいるの?」


 

 


  

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