第239話






 アルティは笑みを浮かべる。それには優しさはなく不気味さがあった。


「それで傀儡を返してもらってレインを傀儡にして……ああ……あんな事をしてもらったり、してあげたり……案外良いかもしれないね。

 この場所で100年でも1000年でも……悠久の時を荒廃した世界でイチャイチャする。…………あれ良くない?!」


 その時、反対側から高速で移動して来たレインの剣がアルティに振り下ろされる。それをアルティは手の平に展開した防御魔法で防いだ。ルーデリアの時と同じだ。バチバチと火花が周囲に飛び散る。


「良くない!」


「まあそうだろうね。……うん、力は…まあ及第点かなぁ。速さもまあ良い感じだね。でもね?」


 アルティが手を振ると、バチンと大きな雷が放たれてレインは弾き飛ばされる。そしてすぐにアルティの周囲を旋回していた刀剣がレインへ襲いかかる。


「聖騎士!剣豪!」


 レインの前に2体の傀儡が出てくる。しかしアルティの刀剣は上位騎士たちの時と同じように聖騎士と剣豪は斬り刻まれた。


 レインはもう一度盾を片手に持ち、もう片方に持っている剣で刀剣を弾く。しかしその衝撃が強すぎて盾が腕ごと吹き飛ばされそうになる。


「うッ!」


「レイン……盾は捨てるんだ。レインは自分の悪癖に気付いてないね」


 レインは吹き飛ばされた先で膝をつく。盾はルーデリアとの戦闘で破損していた。それを咄嗟に使ったからひび割れ壊れてしまった。もう使えない。ただ盾はまだ3つある。そう考えている時にアルティがそんな事を言った。


「…………悪癖?」


「そうだ。レインは無意識のうちに後ろにいる人を守ろうとする動きをしている。こんな広い場所で全方位から迫る武器を前に盾なんか使ってどうするんだ?

 この場所においてアンタの背後にはエリスもニーナもアメリアたち使用人もいない。それに気付いてるかい?私が本気で武器を操って動かす速度はアンタの全速力より少し遅いんだよ」

 

「……そう…か?」


 レインは考える。確かに反応は出来ている。ただあれがアルティの全力だとは思わなかった。


「人を守ろうとするのは悪い事じゃない。でも自分を犠牲にしてまでやるような事でもない。……いやそれほど大切だと思う人にならいいよ?でも初めて会うような人の為にそんな行動は無駄だ」


「…………それはそうかもしれないが」


「まずは自分優先の戦いをする必要がある。あと……レイン、アンタ私に手を抜いてるだろ?私は殺す気でやれと言ったんだ」


「……そんな事出来ないよ。アルティだって大切な人だから」


 レインはアルティを真っ直ぐ見て言った。それは本心で嘘偽りない言葉だった。


「おぅ……へへへ……いや!!レインは強くならないといけないんだ!」


「強くなるって言われても……身体は鍛えてる。速度もこれ以上出せる気がしないんだ」


「それはそうだよ。レインは人間が魔力を持って出せる限界値を少し超えてるくらいまで鍛えてる。だからこれ以上一気に強くなるってことはないね」


「人間の限界値を少し超えてる?……それって」


 レインはアルティが言った言葉に引っかかる事があった。それってもう人間じゃないんじゃないかと思った。


「うん、若干人間を卒業してるね。でもそれはレインが望んだ事だ。エリスを守るために望んだ力だ」


「そうだ……そうだったな。でもどうしたら強くなれるんだ?」


「本気を出すんだよ。レインはいつも周りの事を気にしてる。無意識で自分に制限を掛けてる。周りを巻き込まないように、守るために、それが染み付いたせいで自分より強い相手にもその癖が抜けない。

 怒ってたら多少マシになるけど、それでもまだ足りない」


「本気……か」


「でも本気って難しいんだわ。本気を出そうと思ってるうちは本気なんて出せないんだよ。本気って要は真剣に取り組む的な感じなんだけど、自分は本気です!とか言う奴が真剣だった試しがないんだよね。

 だからレインが目指すのは目標に集中する事、そしてその目標は私を殺す事だ。いいね?」


「殺す?なんでそんな……」


 レインにアルティを殺す事は出来ない。実力的にも難しいし、何よりそんなことをしたくない。


「いいからやるんだよ!」


 アルティは会話をやめて刀剣を操る。レインへの攻撃を再開した。アルティを殺す――そんな出来もしない目標を立てられたレインはどうする事もできず、ただただアルティの攻撃を避け続ける事しか出来なかった。

 



◇◇◇




 ここに来てから数日?半年?どれくらい経過したのか分からない。腹も減らない、スキル〈魔王躯〉のおかげで睡眠もいらない、少しの傷なら回復するせいで休まずずっとアルティと戦っていた。


 レインはこの特訓の終わりがアルティの殺害となったせいで攻撃が出来なくなっていた。そんな時、アルティが攻撃をやめた。


「レイン……ごめんね。本当はこんな事したくないんだけど…アンタをやる気にさせるにはこうするしかないんだ」


 アルティの瞳は潤んでいた。本当にやりたくない事をこれからするつもりのようだ。


「おいで」


 アルティは自分の足元に真っ黒な獣を召喚した。放たれる魔力からかなり強いモンスターだと思われる。


「…………アルティ、何を」


「この子は私が召喚した魔獣だ。強さは覚醒者でいうSランクに相当する。透明化のスキルも付与してある。この子の召喚を解除するには私を殺さないといけない」


「だから……何の話だ?アルティと一緒にソイツも相手しないといけないのか?」


 レインの質問にアルティは横に首をする。そしてアルティが指を振るとその魔獣はかなりの速度でレインたちがいる洞窟の出口へ向かって走り出した。


「あの子に命令を出した。エリスを喰い殺せと」


「…………は?」


「制限時間はここでの時間で1年もないよ?あの子は速いからね。それに傀儡と似た特性がある。私が死なない限り再生する。レイン……本気でやりなよ?エリスが死ぬぞ?」

 


 


 


  

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