第240話





「させるかよ……エリスを傷付けるならアルティでも許さねえぞ」


 空気がビリビリと振動する。レインは仲間を傷付けないし、傷付ける敵は許さない。ただ仲間の中にも順位がある。それはエリスかエリスでないかだ。


 エリスを傷付ける者、傷付けようとする者は誰であろうと許さない。それがアルティであっても例外じゃない。


 レインは盾を捨てて両手に持つ刀剣を強く握り締めた。黒い魔力が感情に影響されて溢れ出す。そして力の限り地面を蹴ってアルティへ向かって行った。


 

◇◇◇



 ズドンッ――とレインは硬い地面に身体を打ち付けた。あの時から休まずアルティに挑み続けた。それでも何も出来なかった。


「ぐぅ…うぅ……」


 レインの身体はボロボロだった。小さな傷はすぐに回復するはずなのに、それ以上の傷を受け続けている。


「レイン……まだダメだね。もう時間がないよ?」


「クソ……クソ……エリス……」

 

 レインは立ち上がる。エリスのためならこれまでもこれからも頑張れた。不可能な事なんてないと思えた。何処からともなく力が湧いてくる。あの子の元に笑顔で戻れるためならどんな事でもやってのける。


「あの魔獣の召喚をやめてもらうぞ……アルティ」


「なら私を殺すんだね。ほらあともう半年だ」


 アルティは不敵な笑みを浮かべて手招きする。レインは剣を今一度強く握りしめて駆け出した。



◇◇◇



 アルティが展開する防御魔法にレインの刀剣は弾き飛ばされる。レインの身体がその衝撃によって宙に投げ出される。アルティはレインの足首を掴んで地面へ思い切り振り投げた。


 ズドンッ――と大きな音を立てて地面が大きく窪んだ。レインの口からは血が吹き出る。


 あれからまたしばらく経過した。アルティにはまだダメージを与えられない。一度だけ剣がアルティの頬を掠めたが、魔法も使えるアルティに効果は無いに等しい。


「あぁ……あぐぅッ……」


 レインは声にならない声を出す。時間がない――その言葉に焦りどんどん弱くなっているような気がする。


「……あ…終わったみたいだな」


「………………何が……だ?」


「気付かないのか?私が召喚した魔獣がエリスの喉元を喰いちぎったんだ。これで時間切れだ。お前はいつもそうだな。決断が遅い、いざという時に覚悟を決められない。だから大切な人を簡単に失うんだよ」


「………………嘘だ」


「次はアメリアとかいう女だ。1人でも助けたいなら早くするんだな。……覚悟を決めろ!レイン・エタニア!!」


「………エリスが…死んだ?…ダメだ……そんなのダメだ。俺を……俺を1人にしないでくれ……エリス」


「レイン?」


「そんな俺が…ダメだ…1人で…俺が、どうして…なんで……ダメだ…ダメだダメだ……」


「お、おい……レイン?」


「エリス……俺は……」


 蹲っていたレインは立ち上がった。洞窟の天井を虚な目で見つめている。その瞳からは涙が溢れ出ていた。


「か、覚悟は決まったかい?」


 これまでの雰囲気とは明らかに違うレインがそこにはいた。アルティですら狼狽える程の変化だった。


「俺は魔王になるよ。エリスのいない世界なんてもうどうでもいい。……俺からエリスを奪ったお前を……俺は絶対に許さない。殺してやるぞ……アルティ」


 レインの周囲に暗い影が一気に降りてきた。レインの目の前には最後の箱があった。これまでと同じようにレインは箱の鍵を開けた。



◇◇◇



「お2人共消えてしまいましたね。今のは転移魔法でしょうか?」


 レインとアルティが消えた馬車の中でアメリアが話す。横には阿頼耶もカトレアもいる。この中で1番魔法に詳しいのがカトレアだ。みんなの視線がカトレアに集まる。


「今のは転移魔法だと思います。ただ精度が恐ろしく高いものです。私でも転移するにはそこそこ時間がかかるので、あの速さはかなりのものですね」


「そうでしたか。私たちなら途中で休憩する必要もありませんね。今日中には着くでしょうか?」


「……どうでしょう?明日のお昼前くらいにはなりそうですね」


「ではそれまでゆっくり寝ると……いや停めて下さいます?」


 カトレアが馬車を停めるように話した。それだけで確実に良くない事が起きたと察知したアメリアは馭者に声をかけて停めさせた。それに合わせて護衛の騎士たちも停まる。


「カトレアさん?どうされました?」


「アラヤさんは気付いてますか?」


「はい、この近くでダンジョンが崩壊したようですね。不自然な魔力がいきなり出てきました」


「流石です。この辺りに町や村などはなかったと思いますが、ハイレンやエルセナ自治区の方に流れても困ります。

 なので私がモンスターの殲滅と周囲にダンジョンがあればそれも合わせて攻略してきます」


「承知しました。では私たちはここで待機しておきますね」


「いえそれは不要です。ダンジョンを攻略したらすぐに空でも飛んで追いかけます。もし追い付けなくても明日の昼過ぎ……皆さんより2〜3時間ほど遅れてテルセロへ着くと思いますので、心配無用ですわ」


「…………分かりました。私がここに居ても何も出来ませんから。アラヤさんはどうしますか?」


「私はこのままテルセロヘ戻ります。私の役目はレインさんの家とその家に住む使用人の皆さんを守護する事ですから」


「そうしてください。では行ってきますね」


 そう言い残してカトレアは馬車を降りた。騎士たちにも同じ説明をしてその方向へ飛んでいった。


 カトレアが見えなくなったくらいに馬車も再度進み出す。カトレアは世界最強の魔道士ウィザードだ。決闘で消耗した魔力もほとんど回復している。


 だから例えAランクダンジョンが相手であったとしても問題なく攻略できるとみんなが思っていた。


 

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