第241話






◇◇◇


「やっぱり早く着きましたね」


 アメリアと阿頼耶はその後何事もなく屋敷へ到着した。ただ時間帯はお昼前だ。既にエリスもステラも学園へ行っているだろう。カトレアも順調であれば既にダンジョン崩壊ブレイクを解決してこちらに向かっているかもしれない。そんな時間帯だ。


「私は部屋の掃除を始めますが、アラヤさんはどうされますか?神話級ポーションもレインさんが持って行ってしまいましたし、今すぐ何かするという事はありませんが……」


「いえ……私は一応その件を報告して来ます。私たちがここに居るのにレインさんがいないと変な勘違いをされる可能性もありますからね。報告を終えたらすぐに戻ります」


「かしこまりました。それもそうですね。では申し訳ありませんが報告の方はよろしくお願い致します」


 それだけを言い残して阿頼耶は消えた。ゆっくり歩いていけばいいのだが、レインが絡むと阿頼耶の行動速度は格段に上がる。


 きっと今頃は各屋敷の屋根を高速で伝って走っている頃だろう。これなら報告する時間を含めても1時間足らずで帰って来れそうだ……そうアメリアは頭の中で時間を考える。


「さて……数日も家を空けてしまいました。仕事も溜まっているでしょうから、しばらくはいつも以上に頑張らないといけませんね」


 アメリアは微笑み屋敷の中へ入っていった。その日は僅かに曇っていた。その雲の中に何が居るのかを世界中の人々は気付かなかった。


 

◇◇◇



 旧太陽の国ヘリオス、現在のヘリオス新覚醒者主義共和国連邦首都『炎陽都』、ヘリオス中央大会堂にヘリオス軍師団長たちが集められる。


 歩兵師団、騎兵師団、統合覚醒者師団、空挺覚醒者師団など総勢20万人以上の兵士と正規覚醒者と疑似覚醒者、今や総勢40万人以上となった兵力を束ねるヘリオス軍の幹部たちだ。


 彼らは円卓に沿うように着席している。そしてその円卓から少し高い位置に座るのが新たな国家元首ラデルだった。そこは中央司令室に隣接する施設だ。


「ではこれより新覚醒者主義による世界統治を目指した戦争の作戦『ヒュドラーと神の子を葬る為の絶滅作戦』を説明する。まあほとんど資料に書いてある通りだがな。上から読んでいくから質問があればその都度挙手するように」


「「「はッ!」」」


 司令室に置かれた円卓に集まった師団長たちの返事は完璧に揃う。国家元首ラデルは満足気に微笑み天井を仰ぐ。一拍置いて視線を資料に戻して読み上げていく。


「では行こう。まずは我が国周辺でチマチマと軍拡を進めている中小国……えーと…国名が出てこないなぁ。無駄に広い領土を持て余すだけの無能な国王が統治する国の名前など覚えていられない。昨日の晩飯すら怪しいんだ。そんなちっぽけな小国の名前を覚えるなんて無理だな」


「ははははッ……」


 円卓周辺に乾いた笑い声が響く。誰も心の底から笑っていない。


「それらの国……大体8…いや9カ国くらいあったはずだ。それらの国を併合する。元々我々の土地だったのだ。それを返してもらうだけだ。何も問題はない。今、住んでる不法滞在の奴らには全員死んでもらうがな」


「国家元首殿……かなりの広さとなりますが如何して占領なさいますか?」


 1人が手を上げて質問する。


「まあまあ待ちたまえ……ベイランド少将、せっかちは長生き出来んぞ?」


「し、失礼致しました!!」


「良い良い……別に怒っているわけではない。まずは我が国の将兵全てを覚醒者にした。その覚醒者軍団をもってすれば造作もない事だ。既に知っていると思うがそれにはこれを使った。ただ詳しい疑似覚醒の詳細を教えていなかったな」


 ラデルは円卓の上に小さな小瓶を置く。中身は緑色の液体が入っている。


「……それがこの資料に書かれている『強制覚醒薬』ですな?飲んだ者は最低でもCランク覚醒者に相当する肉体能力を得られるという。数の関係上、優先順位の低い後方指揮である我々がいただけないのは残念の極みであります」


「悪く思わないでくれ。そしてその通りだ。私が直々に指揮した『覚醒者総合研究院』が技術の全てを突き込んで完成させた覚醒薬だ。数百人の政治犯を使った人体実験のおかげで効果も保証されている」


「その素晴らしい薬のおかげで我が国の覚醒者軍団はこれまでの倍の40万人、国境沿いに展開していて覚醒薬がまだ支給できていない兵士が20万……この者たちも数日後には覚醒者となる。もう負けようがありませんな!」


「だからそう言っているだろう?……言ってなかったか?……覚醒薬に関してはそこにも書いてあるが、内訳としては60%がCランク、33%がBランク、6%がAランク相当の肉体を得る。ただスキルに関しては発動しない。だがそれでも他国の碌な訓練もしていない兵士を圧倒するには十分であろう?

 ただ数が用意できなかった。希望する者たちに優先的に支給したが、こうも人数が多いと1年程度では40万人程度が限界だ。今も全力で生産しているが……作戦開始には間に合わないな」


「それでも素晴らしい事でございます!国家元首殿!」


「あー……ちなみにだが、飲んでも効果が見られない無能な兵は我が国には必要ない。何処か適当な最前線へ突撃させろ。

 そして諸君らは気付いているだろうが……今の内訳を足しても100%にはならん。残りの1%……確率としてはかなり少ないが、この薬を飲んだ者の中に『完全適合者』という者が出現する。この者たちの身体能力はSランクに相当する」


「「「おおー……」」」


 師団長たちから感嘆の声が漏れる。


「まあそれでもスキルを持つSランクには遠く及ばん。連携するAランクと戦えるかも怪しいもんだがな。

 さて兵士たちの動きの説明に戻るとしよう。覚醒薬が支給出来ていない兵士たちと適合出来なかった無能は開戦と同時に周辺の中小国に進軍せよ。もちろん覚醒者も同行させる。

 ただし進行する上で非戦闘員は可能な限り殺すな。将来我が国の民となる者たちだ。だが王族、貴族、兵士は全て殺せ。歴史のある建築物も全て壊せ」


「「「ハッ!」」」


「各師団長諸君、ここまでの作戦は理解できたかね?」


「もちろんでございます。国家元首殿」


 1人の男が即座に答える。それに合わせて他の者たちも頷く。ラデルはその返事を確認してニヤリと笑う。


「……では第1師団長キャスパー……キャスパー・クリフォード少将」


「お呼びでしょうか?閣下」


「第1師団全軍に命ずる。魔動飛行船4号、6号、16号を用いて『イグニス王国』第2王都である『テルセロ』へ急行せよ。

 あの街に関しては全てを好きに壊し、好きに殺して構わないが、最優先目標はそこに住むエリス・エタニアの抹殺である。これは国家元首命令で、すべてにおいて優先される最重要命令である」


 

 

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