第183話







 アイラの後ろから名前を呼ばれた。アイラのことを『姉さん』と呼ぶのは1人しかいない。唯一の肉親で生きて欲しいと願い、望めもしない援軍を要請するという名目で逃した。なのになぜここに?


 アイラは振り返る。そこに立つレイナは全身が汚れている。ここに戻るまでに相当な苦労をしたのだろう。顔色は酷く、とてもやつれ、フラフラになっている。


 ただアイラは疑問だった。この都市は完全に包囲されている。覚醒者でもなく、こんな状態の妹がどうやって入って来た?アイラたちがいる城砦上は固く閉ざしたはずなのに。


「姉さん……良かった……間に合った……」


「レイナ?!……どうやってここに?」


「イグニスに行って……助けてくれる人を連れて来たの……」


「イグニスに?!という事はサミュエル殿か?それとも神速姫か?」


 アイラたちに希望が見えた。絶対にないと思っていた援軍だ。そしてイグニスにはSランク5人を有する『黒龍』ギルドがある。そのマスターが助けに来てくれた。もしそうなら助かる。活路を見出せる。


「違う……サミュエルさんじゃないよ……でも」


 レイナが誰を連れてきたのか言おうとする。しかしアイラがそれを遮る。


「なら誰だ?覚醒者か?ランクはSか?Aか?」


「ち、違うの!覚醒者だけど……」


「レイナ……Aランク以下の覚醒者なんて何人いても変わらない。……私たちに……悲惨な希望を与えないでくれ。どうやって来たのかは知らないが……来た道を戻れ。お前は戦えない。ならせめて生きてくれ」


 アイラはレイナの話を聞こうとしない。いつもの事だった。幼いレイナの話をアイラは昔から聞かなかった。自分が妹を守らなければならない。守られるべき妹はただ自分の後ろに居ればいいという考えだった。


「姉さん!聞いて!!私が連れて来た……いや私をここまで運んでくれたのはSランクよりも上の人なの!聞いた事ない?イグニスの……」


 ズドォン!!!――レイナがその名前を言いかけた時だった。アイラとレイナの背後に大爆発が起きた。アイラの視界には空高く吹き飛ばされた帝国兵たちが映った。


 そしてこの城壁と並ぶ高さを持つ黒い巨人が何体も出現した。こちらに背を向けている。真っ黒な鎧を着た10メートル以上はある巨人だ。


「きょ……巨人…だと?巨人が何でこんなところにいるんだ!!最上位ダンジョンのボスだぞ!」


 アイラは声を荒げる。帝国軍を遥かに凌ぐ厄介な化け物が何体も出て来た。あり得ない事だ。今は帝国軍の方を向いているが、いずれこっちに来る。


 巨人たちを相手に出来る戦力なんて何処にもない。この城壁も一瞬で破壊される。巨人の攻撃に耐えられるような代物ではない。


「………もう駄目だ。巨人を相手に一矢報いることなんて……出来るわけが……」


「姉さん!ちゃんと見て!!」


「そうですよ。よく耐えましたね。あとは俺に任せて下さい」


 アイラの後ろから知らない声が聞こえる。巨人たちは城壁の方には目もくれず帝国軍の陣地へ向けて歩き出した。周囲に影を落とすほどの巨大な剣を振り上げながら。


 その光景は帝国兵たちにとってどれほどの恐怖だろうか。憎い帝国兵ではあるがそれだけは同情すら覚える。


 巨人たちは磔にされていた国民たちを巻き込まないようにゆっくりと大股に歩いている。しかし帝国軍が足元にいると全力で蹴飛ばしている。


 アイラはその声の主を確認するために振り返る。全身真っ黒な服を着ていて、両手に物凄い魔力を放つ剣を持っている。Cランク覚醒者であるアイラはその者が放つ魔力に戦慄する。


 全てを飲み込んでしまいそうな圧倒的で絶対的な魔力を放っているのに、驚くほど優しい目をしている。

 

「……あなた……は?」


「初めまして……私はレイン・エタニアといいます。妹さん……レイナさんから救援の依頼を受けてここに来ました。

 今からこの国に侵攻している帝国軍を全て倒します。だからもう休んで下さい。ポーションも持ってきたので重傷の人から優先的に飲ませて下さい」


 レインは収納していたポーションのほとんどを取り出す。中級から最上級まで幅広く揃えている。ありとあらゆる物作りの技術を特化したイグニスではこうしたポーションもお金さえ払えばほぼ制限なく買える。

 さらにレインの場合は何も言ってないのにシャーロットがお裾分け感覚で持ってくるから大量にあった。


 ただ自分の分とこれから会うかもしれない人用に少しは残しておく。


「…………レイン……エタ…ニア?」


 アイラもその名前とその者の功績、そして力は知っていた。


 決闘で世界最強の魔道士を倒し、最難関のSランクダンジョンを攻略し、その貢献度も1位を記録した8人目の超越者。無数の不死者たちを操るスキルを持つ近接系最強の神覚者。


 今は亡き父が言っていた。この世界にとんでもない者が現れたと。味方となればどんなに心強いかと言っていた。


 アイラはその場に力なくしゃがみ込んだ。レインはアイラに駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


「…………ああ…ああ、感謝致します。どうか……この国を……」


 アイラもレイナと同じように膝をついて頭を下げる。その後ろに控えていた傷だらけで包帯を身体のあちこちに巻いている兵士たちも同じようにする。


 希望が現れた。この世界で最も頼もしい覚醒者が今目の前にいる。そしてこちらに手を差し伸べている。


 アイラとレイナ、そしてエルセナ王国兵にとってレインは神からの遣い、いや神そのものに見えた。


「了解。……傀儡召喚、ヴァルゼル」


 レインは城壁の上に鬼兵を約100体召喚する。そして自分のすぐに横には黒騎士ヴァルゼルだ。


 先に召喚している上位巨人兵たちと騎兵と海魔(実は召喚していた)たちはこの最後の城塞都市を包囲していた帝国軍を殲滅する為に動いている。


「これが…………世界最強の神覚者のスキル」


 アイラたちは目の前に広がる光景に言葉を失った。巨大な剣や斧を持つオーガのような黒い化け物たちが100体近く並ぶ。一応覚醒者でもあるアイラはそれらが放つ魔力に恐れを抱く。


「俺より強い人はいますよ。……立てますか?」


 レインはアイラに手を差し出す。アイラはすぐにその手を取った。


「ありがとう……ございます……」


「とりあえずポーションを飲んで下さい。街の中にいる人にも渡して来てください。かなりの数を持ってきましたがそれでも足りるかどうか。その辺はどこかに保管していますか?」


 レインの質問にアイラはすぐに答える。アイラは必死だった。今、助けに来てくれた神覚者の気分を少しでも害してはいけないと。

 

「……ここにあった分は全て使いました。王都には……あるかもしれませんが……全て奪われたと思います」


 アイラは悔しさを滲ませる。他の兵士たちも同じだった。

 

「そうですか。分かりました。ただ俺は依頼を受けてここに来ました。勝手に動く事は出来ません。なので王女様である貴方の許可が欲しいんです。今さらですが……」


 既に依頼されているが、他国の地で勝手に他国の兵士を惨殺……というのは良くないと思う。この都市の周辺の帝国兵は今まさに攻撃していたから撃退する。雇い主が死んでしまっては意味がない。あくまでレインは応援で、当事者ではない。


「…………許可します。この国でレイン様が帝国兵に対して何をしても不問……いえ感謝すると誓いましょう。なので……王都『ネルハ=ダリア』で今も苦しみ続けている我が国の民を……今まさに抵抗している兵士たちを……お救い下さい」


 アイラはもう一度頭を下げる。レインは微笑み、そして武器を強く握った。


「……聞いたな?ヴァルゼル」


「…………はい」


 いつもの調子で話さない。時と場合を弁えている。


「命令だ。鬼兵を率いて王都を奪還しろ。帝国兵は全て殺せ…………いや待て」


 レインは命令を一旦止める。確認しておかないといけない事はまだあった。


「アイラさん……捕虜は必要ですか?」


「必要ありません!私たちの国を……民をめちゃくちゃにした奴らを全員殺して下さい!」


「了解しました。…………ヴァルゼル…行け」

 

 命令を受けたヴァルゼルは待機していた鬼兵たちを率いて城壁から飛び降りた。そして正面に展開する帝国軍へ向けて走っていった。


 

 

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