第184話
◇◇◇
ヴァルゼルは走る。黒い大剣を振り上げ、目の前で盾を構えて待っている帝国兵に向けてただ走る。後ろについてきている鬼兵たちを引き剥がす勢いだ。
突如として出現した巨人に帝国兵は浮き足立っている。訓練された兵士であっても想定外すぎる事態には対処できない。そして目の前に真っ黒な化け物が迫る。
「盾を構えろ!魔法兵は砲撃準備!合図で撃て!!」
しかし全員が混乱しているわけじゃない。優秀な指揮官はどこの国にもいる。言葉1つで兵士たちを落ち着かせ、陣形の崩壊を防ぐ。
兵士たちは巨人よりもこちらへ向かって来ている黒い騎士に警戒を移す。盾を構えて迎え撃つ。
しかし……。
ヴァルゼルの一振りで盾を構えた兵士たちは根こそぎ吹き飛んだ。盾は身体ごと両断された。後ろから追いついた鬼兵たちも盾を殴り付けて兵士ごと吹き飛ばす。
鍛えたとはいえ普通の兵士。ヴァルゼルや鬼兵たちの攻撃を防げるはずがない。
「…………………………」
ヴァルゼルの前には人の下半身だけが残っている。一瞬で斬り飛ばした為、まだ脚に力が残っているのか立ったままだった。そして少し遅れて血が一気に噴き出して血の雨となりヴァルゼルに降り注ぐ。そこでようやく兵士だったものは倒れた。その光景に後ろで構えていた兵士たちは恐怖する。
しかしヴァルゼルは……。
「ふふふ……ふははは………ふはははは!!!」
高笑いする。そして赤く光る視線を恐怖の表情を浮かべた帝国兵へ向ける。
「ヒッ!」
怯えた声を出した兵士は次の瞬間には頭が無くなっていた。ヴァルゼルは止まらない。止めることが可能なのはレインかレイン以上の強さを持つ者だけだ。
ヴァルゼルは帝国兵の陣地の中をただ走りながら大剣を振り回す。そこに技術なんてものはない。ただただ目の前にいる兵士たちを両断し、噴き出す血を全身に浴びていた。
「これだ!これだよ!俺が求めていたのはこんな戦争だ!!」
ヴァルゼルは逃げ惑う兵士たちを鬼兵を使って追い立てる。そして追い詰めた所を斬り殺す。
「絶命の叫び声!噴き出す血飛沫!咽返る屍の匂い!思い出す!懐かしきあの大戦!!」
ヴァルゼルの進撃は止まらない。ただただ敵が多い方へと進み続ける。鬼兵たちは追い付けず孤立しかけている。
それでもヴァルゼルには関係ないことだった。帝国兵の剣でヴァルゼルを斬りつけると剣の方が折れる。耐久度に優れた武器であったとしてもヴァルゼルには効かない。
帝国兵にヴァルゼルを倒す術はない。もし倒す術があり、倒せたとしても瞬く間に再生する。
「俺が求めていたのはこれだ!!殺して殺して殺しまくる!!俺も殺されるというスリルはないが……一方的な蹂躙というのも悪く……ない!!」
この間にも帝国兵は成す術なく斬られ、潰されている。盾、剣、槍などで防げない。それごと両断されてしまう。
目の前に迫る死の存在とそれが率いる化け物に帝国兵も耐えられなくなった。この場に留まれという命令を聞けなくなる。
「う……うわあああ!!逃げろ!あんなのに勝てるわけない!」
1人の兵士がそう叫ぶ。1人が叫ぶとそれは伝播する。ものすごい速度で人から人に手渡される。
「おい!逃げるな!敵前逃亡は死罪だぞ!!」
勝手に後退を始めた兵士たちに帝国軍の司令官は脅迫するような言葉を叫ぶ。しかし一度完全に折れた心はそんな言葉では効果がない。今ここであの騎士に斬り殺されるか、本国で死罪となるか。
どちらにしても死ぬならば逃げる方がまだ生き残れる可能性がある。帝国軍は逃亡を開始する。持っていた、装着していた重い武具を脱ぎ捨て、脱兎の如く逃げ出した。
◇◇◇
「…………すごい…一瞬で……帝国軍の戦線が崩壊した」
逃げ惑う帝国兵をアイラたちは巨人兵が守る城壁の上から覗き見る。あれほど強い精神と鍛えられた屈強な肉体を持ち、完璧な練度を備えている帝国軍が我先にと逃げている。
前を走る味方を引き摺り下ろし、逃げるのを止めようとした上官を殴り飛ばしている。
「これくらいなら簡単です。このまま王都を目指します。俺も行きますが……アイラさんはどうしますか?」
「行きます!私も連れて行って下さい!」
アイラは即答した。ここにいた方が絶対に安全だが、王女であり、この王国を治める立場にある者がここに閉じ籠っているだけというのが許せなかった。アイラは立ち上がりレインを強い瞳で見た。
「じゃあ行きましょう。巨人の一部はここに置いておきます。何かあれば守ってくれると思います」
ついでに海魔たちも城壁の周辺に等間隔に並べておく。ほとんどの帝国兵は逃げたと思うが念のためだ。戻ってくる可能性だってある。動きが速い騎兵はヴァルゼルたちを追いかけるように指示してある。
「了解です!ご武運を!」
兵士たちは敬礼する。レイナは何も言わない。ついてきても役に立てないと知っている。
「アイラさん…失礼します。ここから飛び降りて行きます」
「え?!……うわぁ!!」
レインはアイラを抱えて飛び降りた。城壁を背にして立つ巨人を足場にしてさらに跳躍する。上空から見た戦場は悲惨そのものだった。
逃げ惑う人とそれを追いかける黒い集団、その黒い集団の後ろには赤く染まった大地が広がっている。
「………すごい…これがレイン様の力。……彼らは不死の軍団と呼ばれています。本当に不死身なのですか?」
アイラが呟き、レインに問いかける。そしてその後すぐに後悔する。覚醒者にスキルを聞いてはいけない。しかも聞いた相手は他国の神覚者であり、世界最強と呼ばれる人だ。失礼なんてものじゃない。大国の国家機密を探ろうとしている輩だ。
「失礼しました!今のは忘れて下さい!」
アイラは慌てて訂正する。相手と場合によっては重罪になる。投獄されても文句は言えないことを好奇心で聞いてしまった。
「別にいいですよ」
レインとアイラは巨人兵の頭の上に着地する。するとすぐにその巨人は歩き出した。
「……え?」
「隠すことでもないですし、知られたからといって俺が弱くなる訳じゃないですから。アイツらは不死身……というより破壊されたら俺の魔力を消費してその場で復活するって感じです。俺の魔力が無くなれば勝手に消えていきますが……これまで無くなった事はないですね」
「……そうなの…ですね」
「はい」
「…………………………」
「…………………………」
沈黙が気不味い。アイラも綺麗な女性だ。戦えるシャーロットのような感じの見た目だ。カトレアや使用人たちには慣れてきたレインだが、アイラは初対面だ。何も出てこない。
「…………国民はみんな何処に避難しているか分かりますか?」
ギリギリ出てきた質問がこれだった。その辺の村にまだ王国民がいたら巻き添えになってしまう。傀儡への命令も考えないといけない。
「ダンジョン
つまりこの辺にいるのは全て帝国兵という事だ。それなら傀儡たちの力を存分に発揮できる。
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