第185話
◇◇◇
巨人兵は進み続ける。一歩前に進む度に周囲に振動が伝わる。ただその振動の影響を受ける者はいなかった。巨人兵の足元には帝国兵の死体しかない。
ヴァルゼルと鬼兵たちは帝国兵を蹂躙しながら前へ前へと進み続けている。ヴァルゼル率いる本隊は中央の開けた街道を進み続ける。帝国兵たちもその道を通って逃げていた。
レインはさらに傀儡を放つ。その中央の街道の左右は背の低い木々が並んでいる。巨人の上から見ると全部背が低く見える。
「…………番犬、行け。森の中に隠れている帝国兵を喰い殺せ」
巨人兵の足元に番犬たちが100匹召喚される。そして半分ずつに分かれて森の方へと高速で走って行った。傀儡の中で最弱レベルの番犬でもCランク相当だ。普通の兵士では歯が立たない。倒しても復活するし。
「……大丈夫ですか?」
レインは横にいるアイラに話しかける。顔色が本当に悪い。こんな状態だ。無理もないが聞かない訳にはいかない。
「…………私は本当に無力でした。何も出来ずただ目の前で家族が、仲間の兵士が、大切な民が……死んでいくのを見ているしかなかった。
レイン様は……なぜ私たちを助けるのですか?こんな事を聞くのは無礼であると承知しております。ただあの子……レイナは何も持っていなかったはずです。何故なのでしょう?」
君の妹が自分自身を差し出したからさ!……なんて死んでも言えない。とりあえず何でもいいから言ってくれれば良かったけど、そんな事を言うとは思っていなかった。王家に伝わる秘宝的なのを期待していた。
それを受け取ってエルセナに忘れて来るっていう計画まで足りない頭で考えていたのに。
「うーん……別に理由はないかな。助けたいと思ったから助けようと思ったんだ。あー…いや、レイナさんが昔の俺に似てたかな?」
「昔の……レイン様ですか?」
「うん、神覚者になる前はFランクでさ。本当に苦労したよ。それに俺にも妹がいるんだ。少し前までは病気でいつ死んでしまうか分からないくらいの状態だった。だから他の人に必死に頼んだよ。でもそれを聞いてくれる人はいなかった。
だからこそ俺はそんな人の力になりたいと常に思ってる。失礼な奴は論外だけど……何も悪い事をしてないのに、辛い目に遭ってる人は極力助けたい。だからここに来たんだ」
「………………そうです……きゃあ!!」
アイラが悲鳴を上げる。
「……うお!」
レインも驚いた声を上げた。その理由は巨人兵が爆発と同時に大きく頭を振ったからだ。巨人兵は鋼鉄の鎧を全身に着ている。頭にも装着していて1番上は平になっている。だから普通に立てたが、頭を振られると滑り落ちそうになる。
レインは巨人兵の頭に剣を突き立てる。そしてもう片方の手で滑り落ちそうになっているアイラの腕を掴む。
しかしレインの力を強く、このままだとアイラが怪我をする可能性がある。だからすぐにアイラを自分に引き寄せた。寝起きにアメリアやカトレアにやった時みたいになった。この光景をカトレアに見られたら別の戦争が起きそうだ。
巨人兵はすぐに体勢を立て直す。そして自分に攻撃した覚醒者たちがいる方向へ自分が持つ大剣を投げ付けた。
巨人兵の大剣は――ゴウンッゴウンッ!のような風を切る音を響かせ、回転しながら飛んで行く。その後すぐに巨大な土煙を巻き上げて突き刺さった。
"…………今ので死んだか?まだ残ってる海魔と……存在感が薄くなってる騎士王を出そうか。……あの場所へ行って生きてる奴を皆殺しにして来い。終わったらヴァルゼルを追え"
傀儡たちは巨人兵の足元に出現する。そしてレインが話さずに言った命令を遂行する為にその場所へ駆けていく。
「…………さて、あの……アイラさん?」
「申し訳ありません!!」
アメリアやカトレアの時のようにずっと抱きしめる訳にはいかない。巨人兵がバランスを取り戻すと同時にレインはアイラを離した。
まさかアイラの方がレインの背中に腕を回して引っ付いているとは思わなかったが。
◇◇◇
「そんな……何でこんな事が……」
アイラは1つの村の入り口で膝をつく。その後ろにはレインが立っている。さらに後ろには巨人兵と騎士たちが周囲を警戒している。
アイラとレインの前には焼かれた村があった。煙が上がっているのが見えたから立ち寄った。
村の状況は悲惨そのものだった。ここは城塞都市と王都との中間に位置している。ここの人たちはどちらに行けばいいか分からなかったのだろうか。逃げ遅れていた。
そして帝国兵はその逃げ遅れた村人をおそらく全員殺していた。男も女も村の木に逆さ吊りにされていた。その全員に矢が刺さっていたり、火で焼かれていたり、指を切り落とされていた。
死んでいる全員が苦悶の表情を浮かべている。さらにその逆さ吊りにされている男女の前に子供たちの遺体があった。子供たちは数名だったが、全員が首を切られた後に燃やされていた。
どちらが先か分からないが、どちらかに見せ付けるような位置にある。
アイラはその者たちの前で泣いている。レインは彼らの事を知らない。ただこうなっても仕方ないと言えるような罪を犯したとは思えない。
帝国兵は楽しんでいた。エルセナの国民を拷問し、残虐に殺害する事を。
「騎士……彼らを降ろしてやれ。他の騎士は急いで人数分の穴を掘れ。簡素で申し訳ないが……ここで埋葬しよう」
レインの命令を受けて上位騎士たちは剣と盾を置いた。そしてすぐに行動する。
逆さ吊りにされている遺体をゆっくり降ろしたり、子供たちを地面に並べていく。他の騎士たちは盾を使って地面を掘る。Aランク相当の上位騎士は簡単にそこそこの深さの穴を作っていく。
「…………私は……役立たずだ。弱くて、臆病で、この人たちが苦しんでいるのにすら気付かないで……すまない……本当にすまない。私が死ねば……」
「はい、ストップ」
レインはアイラの口を抑える。それ以上はいけない。エルセナ王国は誰も悪くない。悪いのは全て帝国と帝国兵だ。
「……あなたは良くやってます。アイラさんはこの人たちの為に涙を流せる人なんだから。だから自分が死ねば良かったなんて言わないで下さい。アイラさんがいるならこの国は大丈夫です」
「………………むぐぅ」
「あーごめんなさい……」
口を抑えていたのを忘れていた。何とか励まそうと必死だった。
「……ぷはッ……ありがとうございます。この国民たちに報いる為にも私は……この国の女王として……でも……」
「今すぐに決めなくてもいいと思います。国を治めるなんて俺には出来ない事ですから。…埋葬も終わったようですね。…その花どこから持ってきたんだ」
レインが視線を戻すと20個ほど盛り上がった土が出来ていた。そしてその全てに一輪の花が添えられていた。傀儡たちが勝手に判断して置いたのだろう。いや埋葬するという命令だったからそうしたのかもしれない。
そんな知識があった事が驚きではあるが、良くやってくれたと褒めたい。
「今はこれで我慢してもらいましょう。先を急がないと」
「ありがとうございます。……また必ず戻ってくる。もう少し……待っててくれ。……どうか安らかに」
アイラは振り返る。それを確認したレインは騎士たちの召喚を解除する。そして巨人兵の手に乗り王都へ向けて移動を開始した。
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