第79話







◇◇◇



 レインの猛攻をオーウェンは防御し続ける。そして少しずつ猛攻の合間を縫って反撃出来るようになっていた。



 "このジジイ……やっぱり卑怯者でも神覚者って事か。今まで戦った中ではかなり強い方だ。拳しか武器を持たないのにこの強さ。世界が広いってのは本当みたいだな"



 アルティの頭のおか……身体を鍛える為の筋トレメニューを毎日続け、〈最上位強化〉によって大幅に底上げされた身体能力による攻撃を完璧に防がれた。

 そして装着している手甲は傷もほとんど付いていない。かなり上位のモンスターの素材を使ってるみたいだ。


 もしくはサミュエルの鎧のように手甲そのものに特殊な魔法でもかけられているかもしれない。



 ガキンッ――レインの斬撃をかなりの力で弾き飛ばしたオーウェンは構えを解いた。これにより2人に再度、間ができた。



「…………小僧」



「なんだ?また説教か?」



「そうではない。貴様は何故『傀儡』などという不名誉な称号を得ているのだ?

 その身体能力、武器の軌道を変えるスキル、そして多くの武器を収納し得る魔力量、どれを取っても素晴らしいものだ。天賦の才と言ってもいい。それなのに何故だ?」



「さあね。俺のスキルを見た国王がそれで良いって思ったんだろ?別に称号が何だろうと俺が弱くなる訳じゃない。

 それに……弱そうな称号の方が相手が舐めてかかって来てくれるかもしれないしな」 

 


「ふッ……先程のワシのようにな。小僧……いや、レイン・エタニア殿、先程までの非礼を詫びよう。 

 ワシが貴殿の力を歳の若さだけで未熟と判断し、誓いすら反故にした罪はこの試合の後で償おう。そして……貴殿の本気がどうしても見たくなった。『イグニス』国王が何を見たのか。何故そのような称号を与える判断を下したのか。

 なんとしてでも貴殿の本気を引き出してみせようぞ!!」



「……思ったより良いやつなのか?」



 オーウェンから白銀の魔力が溢れ出すのが見える。レインの漆黒の魔力とは正反対の色だ。ここからがこの人の本気であるとレインは察した。



 そして戦端はすぐに開かれる。



「ふんッ!!」



 目を見開きオーウェンは拳を放つ。レインと距離があるため当然届かない。しかしレインは白銀の魔力の塊が高速で接近していることを認識し、持っていた剣でその塊を両断した。



 魔力の塊はレインを避けるように左右に分裂し地面に落ちた。

 ズドォン!――その魔力が落ちた場所が爆発する。オーウェンが放ったのは拳に乗せた魔力を高速で撃ち出す拳撃だった。


 本来、普通の覚醒者が察知する魔力とは抽象的なものだ。なんとなくそこにあるという事だけが分かる。

 上位ランクの覚醒者や感知能力に優れた覚醒者は本人から立ち込める魔力や武器に宿る魔力がどれくらいの物かを判断できる。


 しかしオーウェンが放つ拳撃は魔力の塊を高速で放つものだ。だから感知能力に長けた覚醒者であってもそれを認識し、反応する事は非常に困難であるはずだった。

 覚醒者でない一般人からすれば何故爆発が起きたのかを理解することもできなかっただろう。


 この見えない必殺の拳撃はオーウェンの切り札に近いものだった。オーウェンは最初、レインを不運だと憐れんだ。しかし現在は真逆だ。不運だったのはオーウェンだった。レイン以外の覚醒者であれば本当に有効な攻撃手段だ。


 防御するには自分の周囲を丸ごと囲むか予測して大袈裟に回避しなければならない。何故ならはっきり見えないから。それで必要以上に体力と魔力を奪われる。


 もしかすると魔力の拳撃を放っていない可能性もある。しかし直撃すれば無事では済まない。


 こうした判断の迷いを誘う事でさらに戦いやすくする。オーウェン必勝の型でもある。


 しかしレインの〈魔色視〉は白銀の魔力の塊が接近していることを感知する。

 そして高速であっても対応できる身体能力も兼ね備えている。拳撃を一太刀で防いだレインにオーウェンは恐怖すら覚えた。


 レインにとっては確実に初見だったはず。まぐれで防御出来るような代物ではない。盾での防御ならまだ理解できる。しかしレインは剣で両断した。



 "今のワシではこの男の本気を引き出す事は出来ぬのか"



 オーウェンはレインとの間にある大き過ぎる壁を実感した。



「……今のを防ぎよるか」



「もうこれ以上の攻撃はあるか?」



「ふはははッ!それを本人に聞きよるか!……本当に貴殿は強いな。ワシもまだまだだと実感したよ。貴殿の本気を引き出す事は叶わないか」



「……うーん、別にいいよ」



「なんだと?」



「別にいいよって言ったんだ。俺がなんで『傀儡』って呼ばれてるのか教えてやるよ。アンタは悪い奴じゃなさそうだしな」


「す、少し待つのだ!ここで使って良いのか?貴殿にはこの後も複数の試合が待っておる。

 この『決闘』は如何に消耗せず、情報を漏らさず勝ち抜くかが優勝する為のコツだ。ワシは貴殿には勝てない。それなのにスキルを使うと?」



「使ってほしくないのか?」



「……い、いや……見てみたい。貴殿は間違いなく世界屈指の力を持っている。今のワシとの差を見せてほしい」



「分かった」



 レインは剣を横に振る。当然全ての傀儡を召喚するつもりはない。それに本当の傀儡を周囲に見せるつもりもない。召喚するのは1体だけだ。



「……傀儡召喚、来い……ヴァルゼル」



 レインの右側の地面に黒い水溜まりが出来る。そしてそこから這い出るように全身を漆黒の鎧で身を包み、同じ漆黒の大剣を肩に担いだ騎士が出てきた。



「……お前、そんな鎧を持ってたのか?」



 レインは小声で話しかける。



「……別に普段の姿でもいいが、ここは主人の晴れ舞台だ。その傀儡が無様な姿を見せるわけにはいかんでしょう?俺なりの気遣いでさぁ」


「なら……いいけど」 


 レインが召喚した漆黒の騎士を見た観客は騒然とする。それはオーウェンも同様だった。



「なるほど……召喚スキル。故に傀儡か。しかしその騎士を召喚している間は戦えぬのだろう?召喚士の世界での常識だ」



「どうだろうな。……ほら行け」



 ヴァルゼルは大剣を構えオーウェンへ突撃した。



「やはり召喚された駒は知恵がない分、単純ではあるな」



 オーウェンはヴァルゼルの振るう大剣を容易く回避して顔面を殴りつけた。そしてそのまま拳による乱撃を繰り出す。その衝撃でヴァルゼルは前に進めないようだ。鈍い音が闘技場全体に響き渡った。

 


「これが貴殿の本気か?だとしたら貴殿のその身体能力こそが神覚者となって得たスキルではないか?」



 ヴァルゼルを倒したと思っているオーウェンはヴァルゼルを無視してレインに話しかけ始める。



「俺からアドバイスしてやるよ。俺を召喚士の常識に当てはめない方がいい」



「何を……ぐあッ!」



 ヴァルゼルの大剣の面がオーウェンの身体に直撃した。そもそも拳撃という攻撃手段しか持たないオーウェンにヴァルゼルのスキルを突破する術はない。



 オーウェンは受け身も取れずに地面に叩きつけられる。それに観客も反応し、観客席は騒然となった。



「……追撃はするな」



 ヴァルゼルは既にオーウェンの身体を両断しようと大剣を振り上げていた。なので一応止めておく。



「……ぐッ…馬鹿な…駒は確実に破壊した……はず。強力な駒は破壊されれば再度召喚する必要があるし、膨大な魔力を消費するはずだ。何故…その場に留まって……」



「だからアドバイスしたんだ。もういいか?」



「ふッ……そうだな。参った!降参だ!今の一撃で右腕と……肋が何本か折れておる。このワシの骨を折るとはな。…………貴殿のこれからの活躍を祈っておるよ」



「そりゃどうも」



 レインはヴァルゼルの召喚を解除した。そして決着を悟った審判が久しぶりに声を上げる。



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