第78話
審判は開始の合図と同時にすごい速度で後ろへと下がった。多分Aランクの覚醒者だ。一般人が審判なんてやってたら巻き添えで死ぬだろうから当たり前か。
「………………」
オーウェンはニヤリと笑い何も言わず手招きをする。さっき言った3手譲るというのを実施しているようだ。
「おおっとー!!『殲撃の神覚者』オーウェン・ヴァルグレイは余裕の態度を見せる!!これに対して『傀儡の神覚者』レイン・エタニアはどう出るのか?!」
実況がうるさい。ただこれもこの『決闘』を盛り上げる為に必要なんだろう。賭け事も行われているとの事だ。
"賭け率っていうんだっけ?俺は100倍で向こうが1.01倍とかだろうな。まあいい"
「スキル〈最上位強化Lv.2〉」
続けてレインは一本の刀剣とダガーを召喚する。
「ほお……収納スキルか。これまた珍しい物を見た。ほら小僧、さっさとかかってこい」
「……………………行くぞ」
◇◇◇
ワシは常に王国の期待に応えてきた。領土を望まれれば他国へ侵攻し奪い、モンスターが出たと知れば討伐した。それを何年も続けていたらもう一度覚醒した。
スキル〈神躯〉――神に等しき身体を得た。このスキルは全ての能力を超大幅に人間の範疇で制限なしに向上させる。このスキルで一騎当千を成し遂げ『殲撃』という称号を受けた。
今回は王女様が神話級ポーションを望まれた。王国軍大将を預かる者として、それに応えねばならない。王家の利益は国家の利益となり、それは国力へと繋がる。
それをこの小僧は知り合いの治療のためだと?
神話級ポーションは世界のどこを探してもほとんど流通していない宝だ。万物を癒す黄金の雫。『神の涙』と呼ばれる伝説の治癒薬だ。
オーウェンの少し先でレインは剣を構えた。
ほら見ろ。構えもなっていない。視線でどこに来るのかバレバレだ。
3手分だけ手解きし、4手目に一撃で沈めてやろう。そして目覚めたベッドの上で自身の弱さをしかと刻め。これも指導だ。
レインが脚に力を込めたのも分かる。タイミングすら教えてどうするのだ?人間相手に戦うのは初めてなのか?
第1試合は疲弊なく突破できそうだ。初日に限り連戦であるこの『決闘』は如何に体力と魔力を温存して勝ち抜くかが肝だ。他国の若者を指導し、自身は万全の体制で次の試合へ行ける。
これほど条件のいい試合は今まであっただろうか。
「さっさとかかってこい」
こんな試合に時間が無駄に過ぎるのは好ましくない。
"どれ……軽く相手を……"
その時、オーウェンの視界からレインが消えた。視界にはレインが立っていた場所がひび割れているのが分かる。
しかし音が聞こえない。いや……遅れて聞こえた。
どこだ?どこへ消えた?!転移スキルか?!
オーウェンの視界の端に黒い影が映る。レインは転移のスキルも隠密のスキルも使っていない。超高速で動き、低い姿勢を保ってオーウェンの懐に潜り込んだ。
オーウェンは咄嗟に後ろへ下がる。レインの刀剣はオーウェンの右肩をギリギリ掠めない程度に通過する。
しかし肩に装着していた防具が裂けた。幸いにも肉体に傷はついていない。しかし着用している装備はそんな柔な作りではない。
国を代表する鍛治職人に最高峰の魔法石とモンスターの素材を持ち寄って作らせた防具だ。それなのに裂けた。
"何故だ?ワシはギリギリだったが回避したはず。何故傷を……。そうか、風か。小僧の振るった刀剣が風の刃を作り出したのか"
そして既にレインは追撃に移っている。オーウェンとは少しだけ距離が出来た。次の回避に移行させないようにダガーを投擲する。
"武器を手放した?!いや揺動の可能性も……"
ひとまずオーウェンは投擲されたダガーを拳で叩き落とす為に構える。しかしオーウェンは驚愕する。
こちらに真っ直ぐ飛来するダガーのすぐ横にレインがいる。正面から来るダガーに対して左側から斜めに斬り込もうとしていた。
"まさか……自らが投擲したダガーに追いつくなど。コイツの身体能力は化け物か?!"
刀剣から巻き起こる風ですら刃となってこちらを襲ってくる。左に避ければ小僧の刃に、後ろに下がればダガーの餌食になる。
となれば――オーウェンは右へ身体を仰反る。ここしか回避の道は残されていない。
しかしダガーはオーウェンを追尾するかのように突如切っ先を変えた。
まるで何かに支配されているように。――これも奴のスキルか?!一体どれだけのスキルを持っている?!
別のことに思考を奪われたオーウェンに回避する術は残っていなかった。
「ぬぅああああああ!!!」
オーウェンは左腕を全力で振るいダガーを横から叩いて弾き飛ばした。そしてそのままの勢いでレインの右頬へ裏拳を放った。それは鈍い音ともにレインの顔面へ命中した。
◇◇◇
2人の間に距離が出来た。
"いってぇ……口の中、ジンジンする。こんのクソジジイが。何が3手譲るだ。反撃しないだ。2手目で殴って来やがった。これは回復してもらわないとご飯食べる時に地獄だな"
口の中に広がる血の味にレインは不快感を覚える。その不快感をペッと地面に吐き出した。
「も……もはや常人には追えないレベルの戦闘だー!!!」
あの解説が本当にうるさい。巻き添えでぶっ飛ばしてやろうか。…………いやそれをやると負けてしまうな。
「……ふッ…小僧やるではないか」
オーウェンはニヤリと笑い、レインへと話しかける。
「あん?なんだ?この2手目反撃ジジイが。よくその顔とテンションで声をかけられたもんだな」
「……ぐッ……むう……」
こうなったらもう止められない。さっきは一応国の代表ではあるのでそういう所も頑張ってはみた。
レインは味方には徹底的に優しく助けるが、敵となれば話は別だ。ボコボコにして晒し上げる事に対してなんとも思わず普通にできる。
このジジイは敵だ。3手譲ると言って油断させカウンターで沈める作戦を取りやがった。――とレインは思っていた。
「いや……小僧の力を見誤っていた。これよりワシも本気で戦ッ……」
オーウェンが言い切る前にレインは同じ方向から接近して斬りかかる。今度は普通サイズの刀剣を2本持ち、連撃による手数で攻める。
オーウェンはいきなりレインが斬りかかると思っていなかったのか手甲でなんとか斬撃を防いでいる。
"コイツの話は全部信用ならないんだよ。毎度毎度、小僧小僧とイライラさせやがるし、まだ既に勝っているみたいな顔がさらにムカつく!もう……殺す気で斬る"
だがオーウェンも神覚者だ。レインの猛攻を耐え切っている。しかしオーウェンは剣術をかじった程度の素人であるレインの太刀筋が手数の多さも相まって読みきれず反撃に移れない。
"多少心得があった方がかえって読みやすいものを……。素人過ぎて剣術の常識が追いつかん!!"
レインが頑張ったヴァルゼルとの訓練はそこまで身を結んでいなかった。
◇◇◇
優勝候補筆頭でもあった『殲撃』オーウェンが手も足も出ない。そしてその相手は8大国ではあるが未だ中小国としての認識が深い国から出た『傀儡』という称号を持った無名の覚醒者だ。
そんな光景に先程まで騒がしかった場内も、審判も何も話せずにいた。
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