第283話





「あ!し、失礼致しました。ならばもう防壁の建設においては心配いりませんね」


「それは良かった」


「ではすぐに行動に移しましょう!元々我が国の国境付近にはいくつかの城塞都市もあります。それと線で結ぶように防壁を建築すれば大きなズレも生じないはずです。となれば要塞防衛線構築を急がねば……すぐに兵士の手配と覚醒者組合への協力を……」


 シャーロットは立ち上がり、横に座る司令官や後ろに控える護衛の兵士に合図を出そうとする。


「すいません……少し待ってください」


 しかしレインがシャーロットを呼び止める。1分1秒が惜しい状況ではある。ただレインにはどうしてもやらなければならない事があった。


「どうされましたか?」


 レインに呼び止められたシャーロットは再度着席する。


「他の国の代表者たちと神覚者たちを集めて貰えませんか?」


「それは……世界に協力を仰ぐという事でしょうか?」


「そうです。他の国ではこれから何が起こるのかを正確に知っている人はいない。俺だってちゃんと把握してる訳でもないです。このままだと生き残る可能性があるのはこの国だけです。

 俺は……これまで関わってきた人たちも救いたい。だからみんなの前で俺が話します。で、協力してくれるなら俺も一緒に戦うと話そうかと……」


「し、しかし……レイン様や皆さまが考案した要塞防衛線は世界の大陸を囲う事は不可能です。

 全てのダンジョンから一定の距離があるイグニスと世界有数の穀倉地帯であるエルセナを中心とした要塞線の案に協力してくれ、という事は、その国に領土を捨てろと言っているのに等しいです。協力どころか対立を招く可能性も……」


「そうなれば敵です。俺の敵で危害を加えてくるのなら全てモンスターと同列と見做します」


 レインはキッパリと言い切った。協力するのならば一緒に戦う、しかし敵ならば勝手にしろ。それはお願いではなくもはや脅迫に近いものだ。助かりたいのならどうすべきなのか分かるだろ?と世界の前で大々的に打ち明ける。


「確かに……今のレイン様に対して敵対する国があるとは……思え…ませんが……」


 しかしシャーロットもこれには迷いがあった。シャーロットはイグニスの王女だ。この国と国民を守るのが責務であり、その為だけにずっと生きてきた。

 自らの国が助かるのであれば周辺の国が被害を受けようとも知った事ではない。他国の名も知らぬ人間を助ける為に自国の兵や覚醒者が死んでいく。そんな事は許されない。


 要塞防衛線を構築する前に周辺の中小国が勢いに任せて侵攻する可能性もある。撃退は当然可能だろうが、防衛線の構築が遅れれば元も子もない。


 しかしシャーロットもすぐに覚悟を決めた。迷っている時間はない。そしてレインの言葉を常に信じ、受け入れると言ったばかりだ。


「分かりました。8大国が持つ招集権を使い、他の大国の使者を呼びましょう。……その際に現在の巨大ダンジョンに関する情報提供をレイン様から行うとしてもよろしいですか?

 やはり今の状況で他の国から使者を呼ぶにはそれ相応の信頼が必要です。なのでレイン様の名前を餌とする事になってしまいますが……」


「構いません。俺の名前なんて好きに使ってください。ただ……念の為、魔法石とかの運搬の準備はしててください」


「承知しまし……」


「話は聞かせてもらいました!」


 ようやく話がまとまったタイミングで応接室の扉が勢いよく開く。そこに立っていたのはクーデリカとエリスだった。その後ろには慌てたように制止しようとしたアメリアたちもいた。


「貴女は……」


「お初にお目にかかりますシャーロット王女。私はクーデリカ・アルバドス・エタニア……ヘリオスの前国家元首を務めていた紅焔の神覚者です」


「エ、エリス・エタニアです!」


 何故かエリスまで自己紹介を始めた。この場にいる者でクーデリカはいいとしてもエリスを知らない人がいるだろうか。

 

「エリスさんは知ってますよ?それで……何故秘密主義で有名だったヘリオスの前国家元首がここに?そもそも本当に国家元首だったのですか?それにエタニアって……」


 シャーロットの視線がレインとクーデリカを行ったり来たりする。何処まで聞いていいのか判断できないようだ。


「まあ……親族的な?最近になって初めているの知ったんですけどね。……とりあえずどうした?……クーデリカはともかくエリスまで」


「お兄ちゃん!私も戦う!」


「駄目だ」


 エリスの言葉にレインは即答する。自分の命より大切な妹を戦わせるわけがない。そうならない為にここまで頑張ってきたんだ。もうヘリオス兵に追われた時のような怖い思いは2度とさせない。


「お兄ちゃん!私だって覚醒者になったんだよ?!それにもう何回も覚醒しててお兄ちゃんと同じ神覚者なんだよ?!私だって戦える!」


「それでも駄目……」


「ちょっと待って下さい!エリスさんが覚醒者?それに神覚者ってどういう事ですか?」


「シャーロットさん!私も覚醒してるんです!オルファノさん来て!」


 エリスが前に手をかざすと光のゲートが出現する。そしてすぐにそこから久しぶりの神軍長オルファノが出てきた。オルファノは周囲を見まわし怪訝な顔を見せる。


「母よ……どの者を葬ればよろしいですか?」


 オルファノはまだエリスが何も言っていないのに物騒な事を言い始めた。既に腰から下げた黄金の剣に手を掛けている。


「ほ、葬っちゃダメ!」


「葬ってはダメなのですか?!で、では私は……何故呼ばれたのでしょう?……まさか!またそこの魔王と?!」


「違うよ!」


「す、すごい……天使を召喚するスキルですか?」


 2人が仲睦まじい会話をしているのを見て、シャーロットは目を丸くしている。兄のレインが真っ黒な化け物の集団を召喚するスキルで、その妹が対極に位置する天使を召喚するスキルだ。兄妹で似ているようで性質の異なるスキルを得ている。


 イグニスではレインが待望の神覚者第1号だった。それからもずっと望まれ続けた2人目の神覚者がようやく現れた。まさかそれがレインの妹だとは思わなかったが、神覚者は神覚者だ。何も問題ない。

 

「それにただの天使ではありませんね?」


 カトレアもオルファノが普通の天使ではないと気付いたようだ。だって言葉を話してるから普通に気付く。人類存亡の危機が迫っているが、新たに出現した神覚者があの世界最強格であるレイン・エタニアの妹だ。


 まだ任命式もしていないような段階だが、きっと兄に匹敵するスキルを得ているとシャーロットは確信した。そして大きな希望を自身の内に見出した。


 

 

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