第284話






「あーあと私もとりあえずイグニスに移住します。いつかはヘリオスに戻るつもりでしたが……今となってはかなり難しくなってしまった。諦めるつもりはありませんが、今はここで未来を掴み取る為に戦います」


「クーデリカさんまで?!」


 シャーロットはもう一度立ち上がる。エリスの出現とクーデリカの移住。そして元々いたレインとイグニスの神覚者が3人となった。喜ぶのは不謹慎だと理解しているが複数の神覚者が所属してこその大国だ。


「エリスさん……国民に希望を与える為にも任命式を行いましょう!」


「え?!た、たくさんの人の前にで……でるの?」


 戦うとは言ったが、人前に出るのはまだ難しい。というかレインを無視してどんどん勝手に進んでいく。

 

「エリス……無理しなくていい。それに戦わなくてもいいんだぞ?」


「おい!魔王!貴様は我らが母が人の前に立てないと言っているのか!」


「お前が話すとややこしいから黙ってろ」


「な、なんだと?!」


「だ、大丈夫!でもお兄ちゃんも一緒に来てくれる?」


 エリスは必殺の上目遣いでレインにお願いする。


「任せろ!」


 エリスのそのお願いを無碍にできるレインではなかった。



◇◇◇



 あれから数日が経過した。イグニス国内の兵士たちは慌ただしく行動を開始した。


 シャーロットが代表して全ての国を代表する者にイグニス第2都市テルセロで今起きている事に関する情報を通知する旨を各国に通達した。大国、中小国問わず大国間協定で国家として承認している国には全て通達した。


 通達は数日で世界中に届き、10日後には世界中からその国を代表する者として使者が送られるだろう。来なかった国は自力で何とかしてもらう事とした。


 巨大ダンジョンの出現とSランクダンジョンの崩壊の予兆は覚醒者や兵士だけでなく国民にも噂として広がっていた。そして噂の多くがこれから世界は滅びへと向かっていくというもので真っ向から否定できないものだった。


 そしてダンジョン出現と同時にイグニス国王エドワードが体調を崩してしまい公の場に出て来れなくなった。


 第1王子のユリウスもレインにボコボコにされたトラウマで未だに外に出る事すら出来ない。それが国民に余計な不安を与えてしまっている。


 国王代理のシャーロットと貴族位を持つ者たちが手分けして国家の運営と国民の不安を払拭する為に奔走していた。


 第2王子のカイルは現在、聖騎士ギルド護衛の元、ゆっくり数日間掛けてテルセロに向かっている。神話級ポーションは既にシャーロットに手渡している。


 それをカイルに飲ませれば病気は治る。しかしエリスと同じだった場合、魔王の眷属が飛び出してくる可能性がある。故に神覚者レインが近くにいないと飲ませることは出来ない。だからここに来てもらう事にした。


 そして今日はエリスの任命式を行う。まずは組合にある魔力測定機で潜在魔力を測る。無事水晶が壊れたら神覚者となり、そのままテルセロ王城にて任命式を行う。


 こんな時だからこそ国民には不安を忘れてもらい、少しでも良い方向に導きたいとシャーロットは言っていた。不安が増殖し、混乱状態になると人は何をするか分からないというのもある。


「さて着いたぞ。エリス……本当に大丈夫か?小刻みに震えるように見えるんだけど……」


 レインの横に立つエリスは緊張からなのか小刻みに震えている。もはや震えすぎて分身仕掛けている。まだまだ小さな女の子ではあるが、覚醒した事で身体能力が底上げされている。だからただの緊張から来る震えでもすごい事になる。


「だ、だだだだ…だだだ……」


「………え?な、なに?」


「だい!大丈夫!……よ、余裕です!」


「全然そう見えないんだけど?」


「ひ……人が……知らない人が多いっ!」


 レインの周りには話しかけては来ないが人集りが出来ていた。この先どうなるか分からない不安な日々の中でも最強の神覚者が同じ街に住んでいるというのは国民たちにとっての希望となっていた。


 何よりレインは依頼がない時は部屋に引き篭もって出て来ない。実際は寝ているだけだが、それを周囲の人は知る事が出来ない。


 そんなレインが街中を歩けば騒ぎになるが、今は希望となる。その姿を一目見ようと人集りが出来るのは必然だった。そしてその視線を前にエリスが平然するのは難しい話だ。


「とりあえず中に入ろう」


「う、うん」


 エリスがそろそろ危なくなってきたのでレインたちは中へ入る。中に人はそこまでいない。街の修理に覚醒者も駆り出されているし、攻撃のせいで遅れていたダンジョンへの対応もまだまだある。そのせいか組合本部の中には受付と少数の覚醒者たちしかいなかった。


 そしてレインたちが入ってきた事で会話という会話が全て消え失せた。小さな物音すら聞こえない。


「し、静か……だね」


「俺が来るとこうなるんだよ。さ…水晶に触ろう」


 レインはエリスの手を引いて受付まで歩く。レインが近付くと受付嬢の顔は緊張に支配されたようなものに変わっていく。ただでさえ国内唯一の神覚者であるのに、今では世界に8人しかいない超越者の1人だ。


 組合の職員だから対応しなければならないが、失礼があればその場で殺される。可能ならこっちに来ないでくれと受付嬢たちは祈った。


「し、神覚者様!」


 ただレインの目的は魔力測定機なのでそこに行き着く。


「この子の魔力測定をお願いしま……す?」


 魔力測定機は受付横にある。しかしエリスとレインが近付いただけでカタカタと震えている。エリスは魔力のみであればレインにも劣らない能力がある。


 組合本部に入っただけで潜在魔力を測定する水晶が反応してしまっている可能性がある。


「か、かしこまりました!ではこちらの水晶に触れてください。ランクのご説明は必要でしょうか?」


「大丈夫です。エリス……ここの水晶に触れるんだ。水晶が壊れたらSランクって事になるな。ただエリスは1回目だから……どうなるんだろ?」


 エリスは覚醒してからもう一度覚醒するまでの期間がかなり短い。そもそも覚醒者として正式に登録していたわけでもない。


「まあいいや。その辺はシャーロットさんが色々やってくれるだろ」


「お兄ちゃん?……触ってもいいの?」


「どうぞ」


 エリスが水晶に触れようとした時だった。ドカァン!!――と魔力測定機が突然、爆発した。


「エリス!!」


 レインは咄嗟にエリスの手を引いて抱き寄せ、爆発による風をその背に受けた。魔力測定機の横にいた受付嬢にも盾を召喚して爆発から守った。


「こ、これは……何が起きたんですか!」


 突然起きた爆発に本部内は騒然となる。外にいた兵士も爆発音に反応して突入してきた。


「エリス……大丈夫か?」


「う、うん」


 "まだ触れてもないのに魔力測定機が爆発した?この子の潜在魔力はどうなってるんだ?俺よりもずっと多いんじゃないか?"


「し、神覚者様、私如きを守って下さい…感謝致します。しかし……この少女は……何者なのでしょう?触れる前に測定機を破壊するなんて……世界的に見ても前例は……ありません」


 レインが召喚した盾の後ろから出てきた受付嬢がレインの元へと歩き質問する。


「俺の妹ですが……まあランクは誰が見ても明らかですか…ね?魔力測定機のお金は俺に請求してください。このまま俺たちは王城に向かうので失礼します」


 レインはエリスの手を引いたまま一礼し、外へと向かう。レインを超える潜在魔力を持つ少女が現れた。質問したい事が山ほどあっただろう。しかしその事を聞く為に止められる人間はここにはいなかった。


 


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