第328話
◇◇◇
「アルティ!」
レインが叫ぶ。その声を聞いた魔王は動きを止めた。そうしなければルーデリアは魔王の拳が直撃し即死していただろう。
「…………それは私の愛称だよ。でもそれを知ってるって事はアルスお姉さまの事も知ってるってことよね?」
魔王は力を抜いてルーデリアを弾き飛ばした。斧が砕けたルーデリアは両腕で防御したが、耐え切れずに吹っ飛ばされた。こうして今ここにはレインとその魔王の2人だけが残された。
「……お、お姉……さま?」
しかしレインはその魔王が言った事についてよく分からなかった。
"お姉さま?お姉さまって姉的なやつ?じゃあこの魔王はアルティの妹?というか妹の愛称を名乗ってたってことか?いくら何でも適当に自分の名前決めすぎじゃないか?"
「ええと……少し話できる?」
「私は最初からそのつもりだった」
魔王は即答する。表情だけ見ると物凄く不機嫌だ。あの場所でアルティと修行した時もこんな感じの顔で不機嫌になってる時もあった。本当に顔がそっくりだから一瞬分からなくなりそうだった。
「ご、ごめん……君の名前は?アルティ……えー…ア、アルス・ティアグライン?だっけ?その人の妹ってこと……ですかね?」
「人間たちのような家族みたい血の繋がりはない。アルスお姉さまは瀕死だった私に血を与えて助けてくれて、そして鍛えてくれたの。だからアルスお姉さまは私とって師匠でもあるし、お姉さまでもあるの。
それでアルスお姉さまは私にアルルって名前を付けてくれた。アルル・ティアグライン……それが私の名前。略してアルティ……そうあの人は呼んでくれた」
「あ……そう……」
「それであの人とアンタはどういう関係なの、居場所はどこ!早く教えて!」
魔王アルルはレイン前に移動し、胸ぐらを掴む。アルルは戦闘形態となり女性の姿となっている。そこに肥大化した腕を備えている為、レインは簡単に宙吊りになる。
「ま、待ってくれ……か、関係?アンタと……うぇ……一緒だよ」
首を絞められたレインは何とか声を絞り出す。全てを握り潰せそうな巨腕に掴まれればいくらレインといえども呼吸が出来ない。人間だろうが、魔王だろうが、生きている為に呼吸が必要なら、それを止められると死ぬ。レインだって呼吸が出来なければ数分だって耐えられない。
「一緒?」
しかしレインの言葉を聞いた魔王アルルはレインの首から手を離した。レインは受け身も取れず背中から地面に落下する。
「うおぉぉぉ……背中から変な音が……」
「ねえそれってどういう意味?」
届かない背中を摩ろうとするレインに魔王アルルはしゃがんで話しかける。その時には少女の姿へと戻っていた。
「ねえ?聞いてるの?あと2秒で答えなかったら殺すから……2…い」
「俺も同じだよ。騙されて死にかけた時に血を分けて助けてもらった。それで10年くらいダンジョンの中にいて鍛えてもらった。スキルも貰って……今は魔王を引き継いだんだ」
「…………そう、魔王を引き継いだんだ……ていうか魔王って引き継ぎ式なんだ。……魔王なのに何でそんなに弱いの?」
「人間の中では強い方だよ。それにアルル……でいいのか?アンタが強過ぎるんだよ」
「まあ私って魔王の中で1番強いからね。そんなのどうでもいいよ。……ねえ、じゃあ君もアルスお姉さまに鍛えられたって事でいい?」
"アンタから君に口調が変わったな。ていうかこの子供が魔王の中で1番強いってマジなのか?"
「まあ……そうなるな」
レインのその一言を受けたアルルはレインの両肩を掴んだ。既に肥大化していた腕も元通りになっていて力もあまり感じない。エリスに掴まれた感じだとレインは思った。
「じゃあ私がお姉ちゃんって事だよね?」
「………………違うよ?」
とりあえず意味の分からない事を言われた時はすぐに否定するようにしている。だって取り返しがつかない事になるかもしれないからだ。誰だってそうする。
しかしレインが否定した瞬間に魔王アルルの腕が再度肥大化しレインの身体を挟み込む。その腕に徐々力が込められていきミシミシとレイン自身の身体が悲鳴を上げる。
「あ、あの……アルルさん?」
「私がお姉ちゃんだよね?」
「だから……何でお姉ちゃんになる……いたたたッ!」
「同じ師匠がいる」
レインが痛がるとアルルは力を弱めた。本当に何がしたいのかよく分からない。
「うん」
「でも私の方が先に弟子なった……だって貴方ってまだ20年くらいしか生きてないでしょ?」
「うん」
「私は6000年くらいから数えるのが面倒になったから覚えてない。つまり私の方が絶対に早く弟子になった」
「うん」
「なら私が兄弟子……でも私は女の子だから姉弟子になる!で、君は弟弟子になる!つまり君は私の弟で私がお姉ちゃんってことになる!」
「ううん…………いだだだだッ!」
とりあえず否定すると殺されそうになる事だけが分かった。今は人類存亡をかけた戦争の最中という事すら忘れそうになるくらいに平和な空気が漂う。
まだレインはアルル以外の魔王には出会っていない。だから今の時点で確定する事は出来ないが少しだけ希望を見出してしまう。魔王といっても全員が悪い奴ではなく、こんな感じの奴もいるって事が分かった。
もしかすると被害をそこまで出す事なくモンスターたちを退ける事が出来るのではないかとレインは思った。
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