第327話





 エリスの言葉に全員が覚悟を決める。シファー以外の神軍長も揃った。覚醒者も神覚者が2人、Aランクが数人来てくれた。


 今も魔法でオルファノを圧倒する魔王に対しては不十分な戦力かもしれない。しかしこれ以上の援軍は望めない。望めないものを強請った所でどうにもならない。エリスはちゃんと理解していた。


「……〈流星豪雨ミーティア・レイン〉」


 オディウムの背後に魔法陣が1つ出現する。そしてその魔法陣から燃える岩石が高速で発射された。先程、オディウムが放った物より小さな岩だが、それよりも圧倒的に速い。


「イゼラエルさん!」


「お任せ下さい!」


 しかしエリスは反応できた。そして声を上げる。その声に呼応した神軍長イゼラエルは正面に盾を召喚する。流星は瞬く間にその盾に衝突する。


 イゼラエルの〈神壁〉はあらゆる物を数倍の威力で跳ね返す。包囲攻撃ならばその威力も分散するが、一点集中して突っ込んでくる魔法ならば容易に跳ね返せる。


 しかし……。


「何故だ?!跳ね返せない!」


 本来ならば衝突した瞬間に跳ね返せるはずの〈神壁〉はこちらに向かい続けている流星を跳ね返せない。ただイゼラエルの盾を押し続けている。そして徐々にその盾はエリスたちの方へと押し込まれていた。


「…………うぅ」


 イゼラエルの盾が押し込まれると同時にエリスは頭に手を当てて膝をつく。イゼラエルが流星を跳ね返そうと力を込め続ける時間が長くなればなるほどエリスの魔力が消費される。


 レインを凌駕する魔力量を持つエリスでも魔王の攻撃魔法をいつまでも受け続ける事は出来ない。


「エリスちゃん!もう少しだけ耐えて!私たちでアイツを攻撃する!……アリア行くよ!」


「はい!」


「〈氷結の刀剣アイシクル・ソード 連撃〉」


 オルガの背後に10本ほどの氷で出来た剣が出現した。しかしオルガは氷で創り上げただけで、オルガだけではそれを操る事は出来ない。レインのようにはできない。

 だが今はアリアがいる。水を操るスキルは氷にも通用する。水も氷も似たような物だからいけるという事だ。


「行きます!」


 アリアは手を前に突き出してスキルを発動する。オルガの背後に浮遊していた氷の刀剣は翼を得たかのように動き始めた。


 全ての刀剣がオディウムへその切先を向けて高速で突き進む。それも上下左右に動き回る変則的な動きをする。様々な角度でオディウムへ襲い掛かる。


「〈魔法防壁マジックシールド〉」


 オディウムの周囲に防壁が出現する。エリスたちに流星を落とし続けながら自分の身を守るための防壁も同時に展開する。


「嘘でしょ?!こんな攻撃魔法をやりながら防御魔法も使えるの?」


 オルガとアリアの氷の遠距離斬撃はオディウムが発動した防御魔法によって弾かれて消滅する。


「…………………………」


 オディウムは未だ流星がイゼラエルの盾を貫けない事を確認すると杖を空に掲げた。


「…………嘘でしょ?」


 既に発射されていた流星の他に無数の魔法陣が出現する。その数は数十個にもなる。それら全てから燃える岩石が召喚された。今はまだその魔法陣の前で浮遊しているだけだが、それら全てが発射されるともう防ぎようがない。


 あとはオディウムが杖を振り下ろすだけだった。それをするだけでエリスたちだけでなく、この街とその周辺に避難して来た人たちもまとめて消し飛ばされる事になるだろう。


 そんな時だった。オディウムがいる空中に別の黒い渦が出現した。その見た目はダンジョンの入り口とそっくりだった。


「……今度は何?!」


 次から次へとやってくる異変にオルガは声を上げる。エリスも神軍長たちもどちらに対処すべきなのか判断できずにいた。


 すると、その黒い渦から黒髪の少女が出てきた。赤い瞳以外はエリスによく似ている。長い髪を2つに結んでいる幼い子供のような見た目だ。


 しかしそれがただの人間だと思う人はここにはいない。黒い転移門ゲートから出てきて今も浮遊している。そしてその小さな身体から溢れ出る魔力は神覚者が束になって挑んでも勝てるかどうか分からない。そう思えるほど強大な力を感じた。


 それはそこにいる白銀の魔王よりも遥かに強いと感じさせる雰囲気だった。


「魔王が2人……だと?他の者たちは何をしているんだ!」


 アギアが叫ぶ。魔王2人を相手に出来るほど神軍長は強くない。魔王と渡り合えるのは神々のみだ。神軍長はその神の兵士たちを統括する存在なだけで神々よりも遥かに弱い。相手が1人ならば4人の神軍長で何とかなったかもしれないが、今目の前にいるのは2人の魔王だ。


 それらが魔王だと理解していない人間よりも先に神軍長たちの方が絶望した。


「ここに家があるの?…………って、オディウムじゃん?何してるの?……あれ?アンタ死んでない?」


 黒髪の少女はたまたま目の前にいたオディウムに気付いた。そして既にオディウム自身は死んでいるという事にも気付いて声をかける。


 オディウムはそんな言葉を無視する。ただ視線をその少女へ向ける。加えてエリスたちに向けていた流星の大部分をその少女へ向けた。


「……は?お前、何してんの?」


 少女がそう質問すると同時に流星が放たれた。オディウムにとっては自身を操る魔王ラデル以外は全てが敵だと判断していた。その流星は瞬く間にその少女へ命中し、空中で大爆発を起こした。


「な、何?味方じゃないの?」


 その光景を地上で見ていた覚醒者たちの理解は追い付かない。


「ご、ごめんなさい……もう魔力が……」


 魔王同士が仲間割れのような事をやり始めたと同時にエリスの魔力に限界がきた。街が吹き飛ぶほどの攻撃を何度も防ぎ、死を待つだけだった覚醒者たちの怪我を癒す。それだけの事を繰り返したせいで膨大な魔力も底をつきかけていた。


 エリスからの魔力供給が失われたイゼラエルの盾は流星によって貫かれる。その燃える流星は真っ直ぐエリスたちに向かっていく。


「……お兄ちゃん」


 エリスがそう呼んだ時だった。突如出現した黒い人影がその流星を上空へ蹴飛ばした。イゼラエルの盾でも跳ね返せなかった流星をその人影は容易く吹っ飛ばす。


「エリス!」


「お、お兄ちゃん?」


 そこにいたのはレインだった。南東側で魔王と戦っていたはずのレインが何故ここにいるのか理解できる者はいなかった。


「レイン……お前は妹の事になると本当に動きが速いんだな。私の目でも追えなかったぞ?」


 さらに続けて巨大な斧を肩に担いだルーデリアが防壁の上に着地する。2人とも上空に出現した黒い渦から飛び出してきた。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


 エリスはレインへと駆け寄る。言い付けを守らず勝手に出てきて死にかけた。後悔もあったが、何より最愛の兄に助けられ、再び会えた喜びが勝った。


「お兄ちゃん!どうしてここに?お兄ちゃんが担当してる所は大丈夫なの?」


 エリスはとりあえず気になった事を聞く。レインはこの戦争の最高戦力の1人だ。理由なくここに来るはずがない。いくらエリスが危ない状況だったとはいえこんなにタイミングよく現れるものだろうか?


「えーと……まあ色々あったんだよ。簡単に説明するぞ?」


「う、うん?」


 レインはこの1時間ほどで起きた事をエリスたちに説明する為に空を仰ぐ。


 


 

 

 

 


 

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