第329話
「君って理解力ない?」
魔王アルルは不思議そうに問いかける。この間もレインの両肩には物凄い力が掛かっている。一応踏ん張って頑張ってはいるが、完全に力を抜けばすぐに押し潰されてしまうだろう。
「い、いや…言葉の意味は理解してるけど何で俺がお前の弟になるのかが分からないんだよ」
「…………私ね」
アルルは力を抜いて神妙な面持ちで言葉を発する。その変化があまりにも大きくてレインも動揺する。レインにも妹がいる。アルルも同じ境遇だったのではないか?今でこそ元気になってくれたが、アルルの場合は違ったのかもしれない……とレインは思った。
アルルには弟がいたが、戦争のせいで死んでしまった。そんな弟とレインが似ているとかそんな感じの理由で弟子とか何とかでこじつけてそう言っているんじゃないかと思った。
もしそうならばどうすればいいのか分からなくなった。もしエリスがレインの前から永遠に居なくなってしまうなんて事になり、そんなエリスを瓜二つな人が現れたらどうするだろうか。レインが想像もしたくない事がアルルの身に起こったのかもしれない。
「どうしたんだ?」
「お姉さまお姉さまってずっと呼び続けてたんだけど……私もそう呼ばれたいなって思ったの。でもその辺の雑魚なんかにそう呼ばれたら気色悪過ぎて倒れちゃう。でも貴方なら…………まあ……ま、まあ…合格点だからお姉ちゃんって呼ばせてあげる」
「ああ……そんな感じ?」
「……感謝の言葉が聞こえない」
「何で感謝しないと…いだだだだだ!!!」
「早く感謝しながら私のことお姉ちゃんって呼ばないと死ぬよ?ここで死んでもいいの?どうせ貴方は私に勝つ事は出来ないよ?だって貴方、とても弱いもん。人間の中では強いのかもしれないし、他の魔王くらいなら倒せるかもしれない。でも私には通用しない。さっきぶっ飛ばした女も同じ。どうするの?」
「…………………………クッソ」
「というか……早く呼んでよ。何でそんなに抵抗するの?私の事嫌いなの?そんなわけないよね?同じ師匠を持つ弟子同士なんだからもう姉弟だよね?
家族ってお互いの事を世界で一番愛してるんでしょ?なら私の事ももう好きだよね?そんな私の願いなんだからお姉ちゃんって呼んでよ。ねえ?何で呼んでくれないの?」
"何この人……物凄く怖いんだけど……。アルティもたまにこんな感じになるけど、このアルルっていう妹はもっとヤバい"
レインはとりあえず無い頭で考える。ただそう呼べば解決するかもしれないが、もしアルティをより拗らせたタイプだったとしたらよりややこしくなる可能性がある。
「…………あっ!な、なら!そう呼べば俺たちの味方になってくれよ。そうしたら呼んでやるから!」
「味方?………………まあいいよ」
アルルは少しだけ考えたような素振りを見せた後にそう答えた。このタイプが嘘をつくようには思えない。
これでレインがアルルの事をそう呼ぶだけで魔王の一角がこちら側になる。今も後ろの方にある
それだけでこの戦争を生き残れる可能性は大幅に上がる。だって本人が魔王の中で一番強いと言っていたから。
敵側の一番強い奴が味方になれば勝ったようなもんだろう……とレインは思った。レインがそう呼ぶだけでとりあえず人類(レインは除く)の未来はかなり明るくなる。
「ふぅー…………お、お姉ちゃん」
いつもエリスに、お兄ちゃんと呼ばれていたから覚悟さえ決まれば簡単に呼べると思っていた。
しかしいざ呼ぶとなるとかなり恥ずかしい。声もかなり小さくなってしまったが、ちゃんと呼んだ事に変わりはない。覚醒者だってみんな覚醒する事で耳が良くなるから魔王にだって聞こえたはずだ。
「聞こえないけど?もっと大きな声で言って!」
ここでアルルからの追撃が入った。やめてくれと思ったが納得しないと味方にはなってくれない。
「お姉ちゃん!アルルお姉ちゃん!……これでいいか?」
「なに?」
アルルは嬉しそうに微笑みながら返事をする。この表情だけを切り取ると本当にアルティにそっくりだ。アルティにそっくり=阿頼耶にも似ている。阿頼耶は今どうしているだろうかと考える。ただアルルの返事の意味はよく分からない。
「………………なにって?」
「呼ばれたから返事をしただけ。要件がないなら普通は呼ばない。意味もなく名前を呼ばれるのは鬱陶しい。だから……なに?」
とりあえず、お姉ちゃんと呼ばれた事で満足したのかアルルはレインを離した。ようやく2人の間に距離が出来た。つい先程までカトレアかと思うくらいの距離まで接近されていたから助かった。
「え……あーじゃあ今出てきている悪魔たちに攻撃を止めるよッ」
アルルに他の悪魔が行っている攻撃を止めるよう頼もうとした時だった。突然、レインの視界に何かが飛び込んできた。油断していた訳ではないが、目の前にいるアルルの魔力に気を取られていた。
咄嗟に右腕を顔の横に差し込み何者かの攻撃を防ぐ。しかし耐えられずに吹き飛ばされる。アルルほどではないが、ルーデリアに匹敵する強力な一撃をまともに受けた。
「ぐあっ!」
レインは何とか地面に倒れないよう体勢を立て直す。しかし腕が脱力しダラリと落ちる。攻撃を受けた場所は青紫色に変色し大きく腫れている。
"……いっつぅ……これ完全に折れたな…………でも今のこの身体なら腕が吹き飛ぶくらいじゃなければ、少し時間が経ったら回復するから良かった。でも痛いのは痛いけどな!"
レインは誰に言うでもない文句を頭の中で炸裂させる。そんな事を考えている間に腕の腫れは徐々に治っていった。ここで追撃されると困るが、その気配はない。
レインはそこでようやく攻撃をしてきた者の正体を確認した。
「貴様……その薄汚い手で狂戮の魔王アルル様のお身体に気安く触れるな」
レインの正面に立つのは自身と同じ年代に見える青年だった。もちろん人間ではない。真っ黒な執事服を着ており、側頭部から1本の捻れた角が生えている。この男の蹴りが一撃でレインの腕をへし折った。
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