第343話






「まあまあ……サージェスも彼を援護してくれ。弱っているとはいえノクタニスは煉獄の魔王だ。神2人くらいで丁度いい」


「そんな当たり前のこと言われずとも分かっています」


 そう言って知恵の神は姿を消した。その直後にノクタニスの周辺で大爆発が起こる。カトレアやアルティの魔法よりも強力な破壊の魔法だ。


「派手にやるなぁ……あー気を悪くしないでくれよ?彼女は全ての知識を司る女神だ。ありとあらゆる知識を創造し、その中から選んだものをだけを神託として人間に授ける重要な役目があるんだ。

 ただ……まあ正論で武装して相手を論破することに快感を覚える奴で、好きな言葉は"ペンは剣よりも強し"だ」


「いい性格してるな……あとペンと剣だったら剣の方が強いだろ?俺の斬撃をペンで受け止められるならやってみろってんだ」


「そういう意味ではないよ……武器よりも言葉の方が影響を与えるという事を換喩した格言だ」


「そ、そうか」


「まあ今はそんな事どうでもいいな。さあ生き残っていた魔王も間も無く討伐されるだろう。外側から攻めてきている魔物たちは神軍の天使たちが駆逐する。君も妹のところに行って休むといい」


 炎の神イグニスはエリスがいる防壁を指差した。レインがその先へ視線を向けると両手を上げて手を振るエリスと目が合った。


「そうか……終わったのか……」


 レインは足場にしていた盾から飛び降りて防壁の上へと着地する。


「お兄ちゃん!」


 レインが着地すると同時にエリスがレインの胸へと飛び込んだ。その後に続くように集っていた覚醒者たちもレインの元へと駆け寄る。


 無数の天使たちが天空の王城から飛び出し、神と思われる存在が目の前で巨大なドラゴンを圧倒している。その光景だけで人類はこれで救われるのだと誰もが思った。



◇◇◇



「そんな……この俺が……こんな所で……」


 巨大なドラゴンは翼を斬り飛ばされ、手脚を消し飛ばされ芋虫のような状態で瀕死となっている。もう何もしなくても勝手に死ぬだろう。剣の神と知恵の神2人による容赦のない猛攻に煉獄の魔王は成す術なく蹂躙された。


「こっちも終わり」


 それと同時にアルルもレインの元へとやってきた。風を操る颶風の魔王も煉獄の魔王の横に投げ捨てられるように倒れていた。まだギリギリ生きているようで身体が小さく痙攣しているのだけが分かる。


「これで終わり……か?」


「そうだよ、レイン。みんなもお疲れ様」

 

 アルティも身体を再構築出来たようでレインの中から飛び出してきた。全ての魔王がこれで倒された。外側から迫っていた魔物たちも天使たちが殲滅する。本当にこれで終わったのだろう。


「あとは……貴女です、狂戮の魔王アルル・ティアグライン」


 しかし知恵の神サージェスがアルルの方を向き直る。そしてその言葉を放った。味方となってくれた事で忘れていたが、アルルも魔王だ。それもアルティのように元魔王ではなく、レインのように人間が引き継いだ訳でもない。現役の純粋な魔王だ。


「なに?私とやろうっての?」


 アルルも知恵の神に向けて拳を向ける。アルルは倒された他の魔王たちのように消耗している訳ではない。ここでアルルと神々の戦いが起きれば今までより悲惨な事になる。


「ちょっと待ってくれ!アルルは味方になってくれたんだ!」


 レインは知恵の神とアルルの間に割って入る。人類は神の味方をするだろうが、レイン自身はアルルの味方でありたい。もしそんな状態で争いが起きればさらに犠牲者が増え続ける事になる。


「…………そういう訳にはいきません」


 知恵の神は足元に魔法陣を展開する。レイン以外の現役の魔王は全て排除するつもりのようだ。魔王が1人でも生き残ればこの先またいつか同じような戦争が起こると思っているからだった。


「レインは離れてろ。私の望む未来はコイツらを始末しないと訪れないようだ」


 アルルの右腕も鋭利な爪へと変化する。それを見た剣の神と炎の神もその手に魔力を込める。


「だ、駄目だ……やめっ!」


「この瞬間を待ち侘びたぞ、我が天敵よ」


「なん……がぁっ!」


 レインたちの後ろにいた護衛の兵士が呟いたと思った瞬間、その兵士の腕がアルルの胸を貫いた。そしてその先にあった黒い水晶のようなガラスの球を掴む。


「おま……え……」


「ククク……やはり貴様は弱者に対してはすぐに油断……いや意識を向けない癖があるな?その〈千変万化〉の力…いただくぞ」


 その兵士は手に掴んでいた黒いガラス球を握りつぶした。そしてアルルを貫いていた腕を勢いよく引き抜き跳躍し浮遊する。レインですらその兵士が放つ魔力を感知できない。確実に覚醒していないはずなのに魔法を使っている光景に混乱する。


「貴様!!何者だ!!」


 倒れるアルルをアルティが受け止める。そしてすかさず怒号を放つ。


「何者だ?……この声に聞き覚えがないのか?さっきまで散々私を殺そうとしたじゃないか?」


 その兵士の足元に魔法陣が出現し、ゆっくり上昇する。その魔法陣がその兵士を通過するとその兵士の姿が大きく変化した。


「ラデルゥ!!!」


 今すぐにも飛び出しそうなアルティを知恵の神と剣の神が間に立って制止する。そして知恵の神が口を開いた。


「どういうことですか?」


「ん?何がだ?」


「魔王は6体いるのは知っていた。しかしつい先程まで我々は魔王が5体だと本気で考えていた。お前という最も厄介な存在がいる事を忘れていた……いや意識していなかった。何をした?それに……他の魔王も全て殺されている。お前がトドメを刺し殺したのでしょう?一体何がしたいのか?」


「お前もそこの話を聞かずにいきなり転移して消えたバカ女も質問が本当に多いなぁ。だが……まあ良いだろう。私は今とても機嫌がいい。教えてやろうか」


 蛇疫の魔王ラデルは不敵な笑みを浮かべながら防壁上にいる者たちを見渡す。


「私は毒と病を創造する魔王だ。それらはどんな者であれ命という概念がある者ならば必ず影響を受けることになる。私は人間とそこの煉獄の魔王が戦っている時からずっとここにいた。徹底的に魔力の気配を隠した〈忘却の毒霧〉を耐えず使い続けていた。

 それにより神も魔王も人間も私の存在を私が行動しない限り認識できないという状態に陥ったのだよ。効果は限定的で何かすればすぐに勘付かれるが……何もしなければ数千年だろうとそこに居られる。素晴らしいだろう?」


「そうですか?なら何故我々の前に姿を現したのですか?既に神の軍は到着しており、貴方は完全に包囲されています。貴方は確かに厄介な術を数多く扱えますが、それでも単騎で3人の神を相手にする事は出来ませんよ?」


 神々はラデルを包囲するように移動し、いつでも攻撃できる態勢をとっている。そして確かに知恵の神の言う通りだ。


 煉獄の魔王ノクタニスですら2人の神を相手に出来なかった。しかし今は3人の神だ。ラデルはどうやっても逃げられない。


「…………そう思うかい?」


 蛇疫の魔王ラデルは口を歪めた不気味な笑みを浮かべた。


 


 

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