第25話








◇◇◇




「……あの…これで良かったのでしょうか?」



 覚醒者組合支部の受付であるクロエ・リベルタは建物の裏で話をする。



「問題ない、良くやった。――アイツらを利用できたのは偶然だがよかった」



「で、でしたら約束の物を……」



 クロエは遠慮がちに手を差し出す。この光景を見られる事自体がまずいというのは誰の目で見ても明らかだ。その場を早く立ち去りたいという思いが表情と仕草に出ている。



「慌てるな……ちゃんと用意している」



 その男は片手では収まらないほどの革の袋をクロエに渡した。その男の背丈はかなり大きい。


 その男がギリギリ片手で持てる大きさだ。受付嬢のクロエにとってはかなり大きい。クロエはそれを両手で抱えるように受け取る。袋の中からはガチャガチャと音が聞こえた。



 クロエは器用に袋を抱えながら中を少し覗き込んだ。そしてそれが目的の物だと理解して笑みを浮かべた。

 


「……ではこれで失礼します」



「分かった。……この場であった事は忘れろ。いいな」



 男はクロエに念を押す。



「分かっています」


 わざわざ聞かれるまでもない。こんな事が公になればよくて生涯監獄、最悪家族諸共斬首されるだろう。

 しかし提示された金額に魅了された。クロエが貰っている報酬では生涯で稼げるか分からない程だ。クロエは独身だが家族がいる。両親に歳の離れた妹がいる。少しでも家計を助けるために働いていたが自分の好きな事や好きな物はほぼ諦めていた。


 しかしある日突然、目の前に大金を手に入れるチャンスが巡ってきた。

 仕事を辞めて今後遊んで暮らす事だって考えられる程の金銭を提示されれば誰だって心は揺らぐ。さらに今決断しないのならこの話は無しだと言われた。その男はかなり急いでいるようだった。そして付け加えるならやる事はとても簡単な事だった。



 あのFランク覚醒者にBランクダンジョンを落札したCランク覚醒者チームを引き合わせる事。

 そして落札されたBランクダンジョンと本部が直近で管理し、場所が比較的近いAランクダンジョンをすり替える事だ。

 受付嬢にはある程度の権限があり、そうした管理もやっている為、実行は可能だ。最近ダンジョンが増えている事もあり全く問題なかった。

 

 "本来彼らが行くはずだったBランクダンジョンも別の覚醒者に斡旋してクリアさせた。これでもう問題はないはずよね"


 ――クロエはそう自分に言い聞かせた。何故この男があのFランクを毛嫌いしているのか分からない。しかしそれは私にとっては関係ない事だ。

 ――あの黒龍ギルドのAランク覚醒者は何を考えているんだろう。



 

◇◇◇




「す、すごい……これが…あの人の力か……」



 Cランク覚醒者のアラムは目の前の光景に呟く事しか出来なかった。同じCランク冒険者のパーティーメンバーに関しては口をポカンと開けて目の前の光景を見ているだけだ。



 "アラヤさんは理解できる。Aランク覚醒者だから。でもレインさんのあの動きはなんだ?……下手したらアラヤさんよりも速くないか?"



 アラムたちは防御の陣形を取り援護が可能なら行うようにしている。しかしそれをするだけ無駄という考えに支配される。モンスターのレベルはBランクからAランク帯だ。我々では何も出来ない。



「……あ!」



 メンバーの1人が声を出した。アラムはその視線の先を見た。

 レインは黒い剣を骸骨騎士スケルトンナイトに突き立てた。しかしそれは盾で防がれた。その盾の背後から骸骨騎士スケルトンナイトが持つ剣が襲う。

 それと同時にレインの左側から骸骨弓兵スケルトンアーチャーの矢が襲う。


「危ない!!」


 アラムは叫ぶが距離がある。それにCランクでは本当に何も出来ない。その身を挺して盾となる事しか出来ない。だがそれも間に合わない。


 しかしレインはほんの少しだけ左側へ身体を逸らす。モンスターの剣はレインの首筋をギリギリ掠めないくらいのレベルで通過する。そしてすかさず飛んでくる矢を見る事もなく命中直前で掴んだ。


 ――バキッ!とレインは掴んだ矢をへし折る。矢を放ったスケルトンは再度矢を構えるが、阿頼耶が背後に回って首を捻じ切った。流石のアンデッドでも頭を完全に破壊、または切断されると死ぬようだ。


 そしてものの数十分で先遣隊は全て倒された。その倒した2人の覚醒者は息も上がっていない。


「この先も俺たちがやるよ。全て終われば迎えに行く出すからここで待っててくれ」



 ――そう言い残し彼らは奥の闇へと消えて行った。



 そしてアラムたちのパーティーだけがその場に残る。



「ア、アラム……彼らは何者なんだ?本当にFランクか?」



「知らないよ。だが……腕章はFランクだった。あれは偽造できない……つまりはそう言う事なんじゃないのか?」



「……そうか。とうとうこの国にも…出たのか」



 そのランクに見合わない力を発揮した者はそう思われる。当然だ。ランクの壁は絶対だ。どれだけ肉体を鍛えようと武具を極めようとランクが1つ違えばその差は簡単に埋められる。



「……でも、なんでそれを隠すんでしょう?公にしたらお金とか名声とか全部手に入りそうなのに……」



 パーティーの回復役が疑問を呈する。全員がまず思う事でもあるが……。



「事情があるんだろう。神覚者になったら王城へ呼ばれたりするし、国内の全てのギルドから注目される。それを嫌がる人はいるだろうな」



「そんな事だけで神覚者になるのを拒否してるなんて……変わってる人なのかな?」



「それだけで決めるもんじゃないぞ?……それよりもここでただ待つのはレインさんたちに失礼だ。せめて魔法石だけでも集めておこう」



「「了解!」」


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