第190話
◇◇◇
レインはとりあえずアイラを抱えるようにして移動する。これ以上ここにいるのは良くない。肩に手を添えてもう片方の手でアイラの手を握る。アイラは片手で顔を覆って嗚咽をもらす。
もう戦えないだろう。しばらくは立ち直れないかもしれない。傀儡たちに命令は出したが、レインはこの王都にいる必要がありそうだ。
2人はゆっくりと王城へ向かう。王城までの道は既に傀儡たちが制圧している。帝国兵は誰1人として見当たらない。
"このペースだと着くのに時間がかかるな。海魔は俺についてこい。抱えて運ぶ"
今アイラに必要なのは休養だ。今も窮屈で重い装備を着けている。肉体的にも精神的にも疲れ切っている。そんな所にあんな光景を見てしまった。とにかく飯と風呂と寝る……これが揃えば何とかなる。レインの場合は。
「すいません……抱えます。とにかく王城へ向かいましょう」
「…………………………」
アイラから返事はない。ただこちらへ身体をもたれ掛けるように預けた。レインはそれを了承と受け止める。嫌だったなら後でめちゃくちゃ謝ろう。
◇◇◇
バン――とレインは王城の扉を勢いよく開けた。王城の正門前には帝国兵の死体が積み上がっていた。鬼兵たちが今もせっせと死体を片付けている。命令した覚えはないが良くやったと言いたい。
王城に入るとそこには玄関ホールのような広い部屋がある。右には階段があり、左にも扉がある。ただ造りはどうでもいい。
玄関ホールにはこの城の使用人と思われる人たちが手を縛られた状態で置かれていた。全部で100人くらいはいる。
使用人たちの周囲には血痕あり、その横には傀儡たちが待っていた。レインの到着と同時に傀儡たちは膝をつく。
「殺すなら殺しなさい!私たちは何も怖くない!怖くないから!」
メイドの1人が呟く。しかしレインの腕に抱かれている人を見た使用人たちは口調を変えていく。
「アイラ……様?」
「傀儡……彼らを解放しろ」
膝をついていた傀儡たちは立ち上がり使用人たちの手を縛っていた紐を摘んで引きちぎる。鬼兵が持ってるような大剣なんか使えば腕ごと落ちる。
解放された使用人たちはすぐにアイラの元へ駆け寄る。レインはそれに合わせてアイラを床にゆっくり座らせる。いつまでも抱える訳にもいかない。
「アイラ様!アイラ様!」
すぐにメイドたちがレインの代わりにアイラを支える。
「……貴方様は……いやもしや……レイン・エタニア様では?イグニス王国最初の神覚者様ではありませんか?」
別の使用人、白髪の老人がレインに声をかける。そしてこの人はレインの事を知っていた。
「……そうです。レイナさんから依頼されて来ました。既にもう一つの都市とその都市から王都にいた帝国兵までは排除しました。多分、今は国境まで追い詰めていると思います。
この城の中に帝国兵が残っている可能性はありますか?ここが安全なら生き残った人をここに集めて下さい。俺のスキルで守ります。分散してると守れないので」
「かしこまりました。まずは助けていただきありがとうございました。レイナ様もご無事なのは本当に幸いでした。
おそらく帝国兵は皆逃げ出したのだと思います。ここにいた数名の帝国兵も彼らによって即座に殺害され外へと運ばれていきました」
「そうですか。ならここは安全ですね。ならここに人を集めてください。レイナさんがいる都市の人も王都へ呼びましょう。あとそこにいる黒い変なのは俺のスキルで召喚した駒です。帝国兵のみを襲うようにしてあるから皆さんを守ってくれるはずです。俺はこの王都内の帝国兵を掃討して来……」
レインがアイラを離して立ちあがろうとする。しかし何か強い力に引っ張られて立てなかった。その力の正体はアイラだった。もう泣き止んでいる。でも目に光がない。
「行かないで」
「アイラさん?」
アイラがボソッと呟いた。聞こえていたが、確認する。レインはもう一度しゃがみ込みアイラの顔を覗き込む。
「……うお!」
レインが近くに来るとアイラはレインに抱きついた。こんなに早く動けたのかと思った。アイラの動きを見た傀儡たちは警戒する。しかしすぐにレインが合図を送って待機させる。
「アイラさん?」
「お願い……行かないで……私の側に居てください」
やはりアイラの心は限界だった。唯一の救いをレインに求めた。今、レインがアイラを無理やり引き剥がしてどこかへ行けば多分死んでしまうだろう。さっきもやろうとしていた。
そしてこの城には覚醒者がいない。アイラを取り押さえる事が出来る者は使用人にはいない。
「…………………………」
「お願い……レイン様…私の側に……いて…行かないで……」
「…………でも」
レインが行かないと傀儡で倒せない奴らが出てくると何も出来なくなってしまう。今、傀儡たちは王国中に散らばっている。すぐに呼び戻す事も出来ない。いくら再生できるといっても単騎ではそこまで強くない。
「レイン様……私からもお願い致します。今……お嬢様には貴方様が必要なのです。ここに国民の避難誘導は我々が行います。なので……もう少しだけお願い致します」
さっきの使用人が話す。もう断れない雰囲気だ。というか断れない。
「…………分かりました。ならヴァルゼル」
「…御前に」
レインの後ろに黒い鎧の騎士が膝をつく。いつもの雰囲気じゃないから少し違和感だ。
「最初に行った都市へ全速力で戻れ。そこにいる人をここまで連れてこい。傀儡たちも一緒に連れてこい。お前しか言葉話せないんだから……頼むぞ?」
「かしこまりました」
本当はもっと戦いだろうけど仕方ない。言葉を理解して話せる傀儡はこいつだけだ。ヴァルゼルは立ち上がりレインは開けた扉から物凄い速度で出て行った。
ずっとアイラに抱き付かれている訳にもいかない。レイナがいれば何とかなるはずだ。それまではここにいる事にした。
◇◇◇
帝国兵から解放した王城は壊されるような事もなく、すぐにいつも通り使えた。床についた血痕は仕方ない。使用人たちは悲しむ様子も見せず掃除や片付けを行う。
誰1人として全く休まない。あの時の事を思い出す時間を作りたくないようだ。
「無理!それは無理!!さすがにそれは無理ですって!!」
そんな中、王城の廊下にレインの声が響く。場所は浴室だ。
アイラはレインの手を離さない。返り血や汚れ、汗を流す為に風呂に入らないといけない。レインは外で待とうと思ったが一緒にお風呂に連れ込まれた。
メイドたちはレインの存在を気にかける様子もなくアイラの装備を外し、服を脱がせていく。レインの言葉はその途中で出てきた。
「嫌!ここにいて下さい!私の手を握っていてください!レイン様にならどれだけ見られても気にしません!」
「そこは気にして下さい!」
レインはアイラを見る。しかしすぐに空いている手で自分の目を覆い隠す。アイラは既に何も着ていない。下着の一枚も身につけていない。それを一瞬だけ見てしまった。
「ではカーテンで仕切りをしましょう。それならば一緒に入れますか?」
アイラの側にいるメイド4人の内の1人が話す。といっても見ないように入るにはそうするしかない。了承以外の選択肢を与えられない。
「分かりました」
「ではレイン様も服を脱いで下さい。お召し物が濡れてしまいますので」
「それは本当に無理……服は何か貸してください」
レインもとりあえず着ている装備や上着だけは脱いだ。その時は普通に手を離した。でもほんの数秒後にはまた手が握られる。
「か、かしこまりました」
越えてはいけない一線だけは越えない。既にその一線の上を行ったり来たりしてる感はあるが、大丈夫だ。まだレインが服を着ていれば付き添いって事にできる。
"これがカトレアに知られたら怒り狂うだろうな。この城どころか王都丸ごと消し飛ばしそうだ"
そのままレインは自分の目を隠したまま風呂へと連れて行かれた。2人のメイドが爪先立ちしながらカーテンを壁に見立てて張っている。レインは濡れる床に直接座り手を握ったままだ。
「レイン様……そこにいますか?ちゃんといてくれますか?」
「ちゃんと手握ってるでしょ?大丈夫ですから」
「そうです…か」
この会話も何回目だ?アイラは髪が長いから洗うのにも時間がかかるのだろう。既にカーテンでも防ぎきれなかったお湯がレインにかかりびちゃびちゃだ。
そして……。
「お待たせ致しました」
「終わりまし……ちょ!!服!!」
終わったと思って見たらまた何も身につけていないし、手で隠してもいない。レインは首が折れそうな速度で反対側を向いた。タオルくらい巻いてて欲しい。
「レイン様……濡れてしまってます。そのままだと風邪をひいてしまいます。レイン様もどうぞ」
アイラはレインの手を引っ張って風呂に入れようとする。当然レインは抵抗する。
「……いや大丈夫なんで!」
「…………でも……レイン様…ちゃんとタオルで隠すのでお願いします」
またアイラは泣きそうな声を上げる。初めて会った時と全然違う。まるで幼い子供に戻ったような感じになっている。
「じゃあ5分だけ手を離してください」
「………………うぅ…嫌です」
「なら入りません。わがまま言わないで下さい」
今はアイラを守るために仕方なくやっている。この戦争が終われば国へ帰る事になる。いつまでもこうしてはいられないし、アイラの為にもならない。レインの精神も保たないし、家にいるだろう人たちにバレれば命も危ない。
「……でも……でも………わかりました……でもすぐに出てきて下さいね?……待ってますから」
「分かりました」
そういってようやく手が離れた。着替えを浴室の端に置いてもらいメイドたちも外へ出る。
「…………はぁ…また泣き出されても困るからな。速攻でいこうかな」
レインは神覚者としての身体能力の全てを身体や頭を洗う為に発揮した。超高速で動いたせいで風呂のお湯は吹き飛んだが、数十秒でサッパリ出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます