第189話
◇◇◇
「何だったんだ……コイツ?あんな自信満々だったから本気でやったけど……何もしないで死んだぞ?」
イルバリの身体は3つに裂かれていた。開始の合図と同時にレインはイルバリの横にいた。剣を隠す素振りをしているが、魔力の色からして当たると良くないのは理解出来た。
だから動く前に動く。両手にそれぞれ持った剣で胴体と首を斬り落とす。向こうから始めた一騎討ちは一瞬で終わった。あまりにも一瞬過ぎて周囲にいる帝国の覚醒者たちも何が起きたのか分かっていない。
開始されたと同時に自分たちを率いてきた隊長がバラバラにされた。今はピクピクと痙攣するだけの肉の塊みたいになっている。
「……………え?隊長?ぎゃあ!!」
レインは死んだ敵の隊長を一瞥した後、後ろに控えていた別の兵士も斬った。剣をこちらに向けているのにボーッと突っ立っていたからだ。
「そんな!副長!」
「……え?副長?」
レインが斬ったのは部隊の副官みたいな地位の覚醒者だった。あまりにも弱すぎた。というよりは隊長を失った事で混乱のあまり動けなかったに近い。
「…………そんな2人とも……一瞬で……」
城壁の上に集った覚醒者たちは指揮官2人が死んだ事で戦意を喪失した。あとは誰が最初の一歩を踏み出すかどうかというくらいまできている。もちろん逃げるという意味だ。
しかし時間をかけ過ぎた。城壁の上からの援護もなく、頼みの覚醒者たちも援軍に来ない。そんな状態で正門を守っていた帝国兵が傀儡を抑え続けられる訳がない。
覚醒者が逃げる選択肢を選ぼうとした直後だった。城壁を駆け上がってヴァルゼルと鬼兵たちがやってきた。そしてレインの命令を聞く前に覚醒者たちに襲いかかる。
ヴァルゼルは気持ちよく戦えなかったストレスのせいか全力だ。大剣を振り回し覚醒者たちを薙ぎ倒す。一瞬のうちに乱戦状態となった。覚醒者たちは混乱の極みだ。瞬く間に数を減らしていく。
固く閉ざされていた正門は騎士王の一撃で壊されて中へと倒れ込んだ。そして騎兵や鬼兵、騎士、海魔が一斉に王都内へ傾れ込む。正門のすぐ後ろで柵を立てて構えていた帝国兵たちは倒れてきた巨大な扉の下敷きになった。
さらにその上を容赦なく傀儡たちが駆けていく。下敷きになった帝国兵たちはそのまま押し潰された。踏みつけられた正門の扉と地面の隙間から赤い液体が滲み出す。
これで王都は奪還できそうだ。覚醒者たちは結局誰も逃げられなかった。城壁の上にいる帝国兵たちはそのまま鬼兵が殲滅する。ヴァルゼルはまたレインが何か言う前に城壁から飛び降りて王城へ向けて走って行った。
「護衛とか嫌なんだろうな。戦闘好きそうだし……まあ今回は許してやるか」
「…………あの」
覚醒者たちの亡骸の中央に立つレインにアイラは恐る恐る話しかける。神覚者の強さは理解していた。『決闘』も身分を忍んで見に行った事もある。
ただ味方で、ずっと優しく、こちらを気にかけてくれた人だ。でも今は少しだけ怖い。
『決闘』で見たSランクや神覚者たちと比べてあまりにも異質な存在だ。たださえ強く、追従する召喚された黒い騎士たちも相当に強い。
どちらか1つでも世界トップクラスの力がある。なのにこの神覚者は2つを持っている。
凄いという羨望の眼差しとそのどちらか一つでもアイラ自身が持っていたらあの時みんな守れたのに……という弱い自分への嫌悪と嫉妬の感情が生まれた。
「行きましょうか?もう王都も奪還出来るはずです。ここの帝国軍を排除出来れば流石に撤退するでしょう」
「は、はい」
レインは城壁から飛び降りる。それにアイラもついていく。普通の人間なら大怪我だろうが、Cランク覚醒者のアイラなら飛び降りるくらいは簡単にできる。
そして前を走るレインに頑張ってついていく。その後ろには不気味な黒い海魔が追従する。王都の奪還は近い。
◇◇◇
王城へ向かう道で気付いた。やはり帝国兵は人間じゃない。
綺麗に整地された石畳の道。それは真っ直ぐ王城まで伸びている。その左右に設置された街灯。
その全てに王国兵が吊り下げられていた。全ての亡骸には激しい拷問の跡がある。手足が無い者、手足が焼かれた者、ナイフが大量に突き刺さったままの者、腹を裂かれ内臓が垂れ下がった者……多くの兵士がそうされていた。
中には兵士ですらない者もいる。ただの国民だ。特に女性は悲惨だった。服を全て剥がれ、強姦された跡もある。
それを見てレインは何も言わない。今やる事は憐れむ事じゃない。これをやった帝国兵を撃退する事だ。
しかしアイラはだんだんと進めなくなる。レインとの距離が開いていく。怒りと悲しみで噛み締めた唇から血が流れる。そしてとうとう動けなくなった。
兵士と国民が吊り下げられた街灯。その中に見覚えのある亡骸があった。
首のない亡骸。脚が街灯に括り付けられ逆さ吊りになっている。その下には一際大きな血溜まりが出来ていた。
そしてその横の街灯には服を何も着ていない女性が首吊りの状態で置かれていた。その人は全身の骨が折れたようにへし曲がっている。折れた骨が皮膚を突き破り外に飛び出していた。
「…………アイラさん?」
自分からマイラの魔力が離れている事に気付いたレインは立ち止まり、すぐに引き返す。アイラはその2つの亡骸の前で立ち尽くす。
「…………お父様……お母様……なんで…もう私……私……」
アイラは絶望に支配される。最愛の両親も他の者たちと同じように吊るされていた。そして持っていたレインの剣を自分の首に当てようとした。
「駄目だ!」
レインはその剣を奪って近くに投げ捨てた。そしてアイラを抱きしめる。
「…………うぅ…お父様……お母様……うわぁぁぁぁ!!!」
アイラはレインの胸に顔を押し付けて号泣する。無理もない。その怒りと悲しみは十分過ぎるほど理解できた。
レインはアイラの頭と背に手を置く。そして優しく頭を撫でながら命令する。
"俺の声が届く王国内の全傀儡に命ずる。作戦変更だ。エルセナ王国内の帝国軍を全て殺せ。1人も生きて帝国へ帰すな。必ず殺せ!行け!!"
帝国内までは行かない。ただこの王国に来た帝国兵はこれをした報いを受ける必要がある。帝国兵の愚かな行いは世界最強格の神覚者を怒らせた。
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