番外編4『イグニス』〜エリス、初めての学園生活〜

番外編4-1





◇◇◇


 レインは自室のベッドの上にダイブする。明日がエリスの入学と知って焦ったが、特に準備する物はないと聞いて安心した。


 一瞬だが外にも出たし、今日やる事はもう終わったも同然だ。レインは自身に襲いかかる睡魔に一切抵抗する事なく瞳を閉じた。……が、その数秒後に飛び上がる。



「………………なんだ?誰が入ってきた?」


 強大な魔力を持つ何者かが、テルセロの外壁を超えて入ってきたのを感知した。方角的に正門から入って来たとは思うが、真っ直ぐこちらへ向かって来ている。


 ここは貴族たちが住む屋敷が立ち並ぶエリアだ。ここに来るには商業区を抜けたり、一般の人が住むエリアを向けたりしないといけない。一直線に真っ直ぐ向かっては来れないはず。


 なのにこの魔力は真っ直ぐ向かってくる。という事は空を浮遊して移動している。


「ここに向かってるって事は知り合いか?直接見ないと色が分からないから誰かも分からないな。…………行くか」


 レインは起き上がって小走りで外へと向かう。その道中にアメリアと出会う。


「ご主人様?……どうされましたか?」


「誰かがここに向かってる。念の為みんなを集めて部屋に入っててくれ。もう数分後にはここに着く速度だ。頼むぞ」


「か、かしこまりました」


 アメリアは走って移動する。まだ寝ている使用人もいるだろう。何もなければそれでいい。もし敵ならば守りながら戦わないといけない。


 レインは警戒したまま外へ出る。さっき中に入ったばかりなのに、すぐにレインがもう一度出て来た事に兵士たちも気付いた。


 レインの表情から何か問題が起きたのだと察した兵士は門を開けて外へと誘導する。


「………………あー、大丈夫だな」


 すぐにレインは立ち止まる。そして手を振って兵士たちに問題ないことを伝える。


 外に出たらすぐに分かった。立ち昇る青と金の魔力。


「外に出る必要もなかったな。カーテン開けて確認すれば良かったよ。…………おかえり、カトレッ」


「レインさーん!!」


「うげぇ!」


 遠くからこちらに空を飛んで向かって来ていたカトレアがいきなり転移してレインの懐へ飛び込んできた。まさか転移してくるとは思わず完全に無防備だった。


 レインはカトレアに押し倒され庭で寝転がる。その上にはカトレアがいた。そして今にも泣きそうな顔をしている。


「レインさん!」


「…………おぇ…な、なに?」


「ごめんなさい……私が屋敷を離れてしまったせいでアメリアさんに怪我を負わせてしまいました。あのクソ皇帝ジジイの召集命令なんか聞かなければ良かった!

 アメリアさんは無事ですか?!何でもしますから許して下さい!」


 カトレアは地面に寝転がるレインの肩を掴んで激しく揺らす。その度にレインは後頭部を激しく地面に打ち付ける。そして周囲に人が躓くくらいの窪みが出来たくらいにようやくアメリアが屋敷から出てきてくれた。


「カ……カトレア様?一体…何をしてるのですか?」


 アメリアの目にはレインが一方的に地面に打ち付けられている様子が映る。自分の主人がボコボコにされているようにしか見えない。


「アメリアさん?!ご無事ですか?後遺症などもありませんか?!ごめんなさい…私がここを離れたせいで貴方を危ない目に……」


 次にアメリアの前に転移して手を握る。


「え、ええ……私は大丈夫です。怪我も完全に治りました……けど、ご主人様が今まさに怪我を……」


「…………痛い…特に頭が」


 レインはゆっくりと起き上がる。やはり敵だったんじゃないだろうか?いきなりボコボコにされた。


「ああ?!私ったらなんて事を!大丈夫ですか?!」


 今度はレインに駆け寄る。しかしレインは手でカトレアの頬を掴んで制止する。久しぶりの出会いで興奮して暴走したカトレアとは距離を置きたい。命がいくらあっても足りない。


 こうして久しぶりに会ったカトレアにボコられ、普通に怪我をして屋敷に戻った。

 


◇◇◇



「さて……怪我も治ったし、明日の事だな」


「何かあるんですか?……あと隣に座っても?」


「隣はアメリアが座ってるからお前はそっちだ」


 現在は久しぶりに使う気がする応接室に3人でいる。3人掛けのソファでレインとアメリアが座り、カトレアは部屋の隅で立っている。


 一旦近付かないでほしいという事でそうなっている。とりあえず明日の件を相談しないといけないからアメリアと2人で話すつもりだったが、何故かついてきた。


「明日……エリスさんの入学の件ですね?もうすでに準備は完了してますよ?」


「いや……入学が明日っていうのもさっき知ったからね?準備する物はないって話だけど……俺は何したらいいんだ?」


「…………確か資料には……学生には教科書を持って帰る用の鞄や筆記用具などがありましたけど……ご家族などは何も無かったはずです。

 明日はステラとご主人様と……あともう1人連れて行けますが……どうされますか?」


 と、アメリアが問いかける。すると……。


「はい!はい!私が行きたいです!」


 と、カトレアが部屋の端で両手を上げてピョンピョンと飛び跳ねてる。


「…………お前……家族枠じゃないだろ?」


「え?」


「…………え?」


「いえいえ……エリスさんはいずれ私の義理の妹になりますからね!当然参加させていただきますよ!それに真面目な話ですが……神覚者…それも超越者2人が一緒に行ったとなれば注目されるでしょう。

 貴族が通う学園となれば家柄で優劣を決められます。平等なんてものはこの世に存在しません。劣ると思われれば陰湿な嫌がらせの対象となるでしょう」


「エリスにそんな事する奴は生かしておかんぞ?」


「もちろんです。ただレインさんだけでは心許ないでしょう。愚かな家柄だけで生きてきた無能な者もいます。しかし私はエスパーダ帝国の超越者です。

 そんな私とレインさんが行けば、私たちがエリスさんの後ろにいると周囲にアピール出来ます。擦り寄って来る者も当然出てくるでしょうが、危害を加えられるよりはマシでしょう」


「…………確かに」


 本来ならそこまでする必要はないが、カトレアの饒舌な説得にレインは丸め込まれる。


「ならステラを加えた3人で行こうか。じゃあ明日に備えて休もう!」


「はい!お供します!」


 そう言って立ち上がったレインをアメリアが見つめる。


「あの…………まだ朝です」


 

 そう言えばそうだった。言われて初めて気付いた。


 

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