番外編4-2




◇◇◇


 今日はかなり早く目が覚めた。『海魔城』を死ぬ気で攻略し、エルセナとセダリオンの問題も解決した。イグニスの領土がなんだかんだで1.3倍になりみんなに喜ばれた。

 セラとサーリーたちはあれからあまり見ていない。アメリアに色々教育されているんだろう。アメリアは休めと言っても休まない。寝ていた数日分を取り戻すと言って働き詰めだ。


 その辺は後でステラとクレアに相談する。無理やり拘束してでも休ませるか。


 まあその辺もまた今度だ。今日からエリスが学校へ行く。『王立イグニス学園』という貴族も覚醒者も平民も通う国内最高の学園らしい。


 基本的には頭の良さでクラス分けされる。覚醒者のみその性質からクラスが分けられている……らしい。エリスの行く学校だからもっと知っておく必要があるが、昔から荷物持ちしかしていないレインには全く別の世界だ。


 レインはベッドから降りて背伸びをする。『海魔城』で〈魔王躯〉を得てから数分寝れば充分に回復できるようになった。でも寝るのが好きだから8時間は最低でも寝ている。


 小さな切り傷くらいなら一瞬で治るし、普通の覚醒者が即死するような一撃を受けたとしても耐えるどころか戦闘を続ける事も出来るだろう。


「……でももっと強くならないとな。エリスが安心して学校生活を送れるように。特に……頭の方」


 レインが小さな決意をした時だった。部屋がコンコン――とノックされる。


「お兄ちゃん…………起きてる?」


 ノックしたのはエリスだった。アメリアでもステラでも阿頼耶でもないのは少し珍しい。いつもなら代わりに呼びに来るのに。ちなみにカトレアはノックすらしない。今は別の部屋で寝ている。常に一緒に寝るのは疲れる。


 レインは扉に駆け寄り、ゆっくり開ける。


「エリス、おはよう。どうした?」


「きょ、今日は……お兄ちゃんも一緒に来てくれてるの?」


 エリスはソワソワして落ち着かない様子だ。


「もちろん。……どうしてそんな事を聞くんだ?」


「だって……学園に連れていける従者の人は1人までって書いてあったから。ステラさんが学園に来てくれるって言ってた。でも……でもね?本当は……お兄ちゃんに来てほしいけど、お兄ちゃんはとても忙しいし……」


「…………エリス」


「だから最初だけでも一緒に来てほしいって思ったの。でも来てくれるんだよね?」


「当たり前だ。本当ならステラじゃなくて俺が従者として行くつもりだったんだ。でも最初に決めた従者はすぐに変更出来ないらしいし、俺は俺で行かないといけない所も多いんだ。断るわけにもいかないし……ごめんな?」


 さらに言うと神覚者が従者として学園に行く事は出来ない……訳ではないが、あまりにも過保護だと以前にシャーロットに言われてしまった。もちろん悪意があった訳ではなく世間的なものらしい。


 それにいつまでも近くにいてばかりだと独り立ち出来ないと言われてしまった。前にも言われた気がする。

 エリスの為を想うならあえて離れるという選択も必要だと。


 今までのレインなら何も思わずエリスの側にいると決めただろう。でも今は前とは状況が違う。エリスはもう完治していて、1人で何処までもいける。


 それをレインという枷で縛ってしまえば本当にやりたいと思った事も遠慮して言わないかもしれない。エリスはそういう子だから簡単に想像できる。


 魔王級の魔力と肉体を持つレインであっても人の心まで読む事は出来ない。というか苦手だ。だから我慢する。


 エリスが一緒にいてほしいと願っても側にいるのではなく少し離れて見守る。まあ従者として行くステラはBランク覚醒者だし、装備も国内最高クラスの物だ。さらにエリスが身につけているブレスレットには上位騎士を数十体は潜ませている。


 本当は水龍とか巨人兵、剣豪や聖騎士、中級海魔を付けても良かったが、見た目も良くないし何よりデカい。召喚された場所が悪いとエリスも巻き添えになる。だから傀儡は今のままだ。


「お兄ちゃん?」


「…………え?……ああ、ごめん…少し考え事をしてた。とりあえず今日は一緒に行こうな」


「うん……私……友達出来るかな?勉強にもついていけるかな?やっぱり……それが不安なの」


「大丈夫だろ?エリスなら絶対に大丈夫だ」


 何を不安に思うことがあるのだろう?エリスの社交性はレインとは格が違う。初対面の人とも緊張はしていたかもしれないが話せていた。それがシャーロットであってもニーナであっても兵士であってもだ。


 でも不安か。ステラがいるとはいえ初めての環境だもんな。レインはそうした事に不安を感じないタイプだから気にしていなかったが、そういう不安もあるとこれからは察して行かないといけない。


「ほ、本当?」


「大丈夫。みんな仲良くしてくれるさ。さあアメリアの所に行こう。準備は終わってるか?」


「もちろんだよ!……て言っても私はここから通うから鞄くらいしかないだけどね。今日は入学式?みたいな名前だったと思う……それがあって一緒に勉強する人と顔合わせして、教科書をもらって、学園の施設を案内して帰るって案内状が来てた!」


「そうか……なら大丈夫だな。いつ出るんだ?俺も準備しないと」


「まだ大丈夫だと思う。ご飯を食べる時間はあるかな」


「了解。じゃあ行こうか」


「うん!」


 レインはエリスの手を握って食堂へ向かって歩く。


◇◇◇


「…………暇だな」


 レインは食事を済ませて庭で1人レインを待つ。アメリアが言うには時間に余裕はあるが最初の登校で周囲の第一印象が決まるらしい。ここで見窄らしい格好をしていると今後の評価にまで関わるとの事。


 そのせいでレインもいつもの装備ではなく騎士たちが式典で切るような正装に着替えさせられた。青と黒を基調にした服と油断したら踏んで転けそうになる長いマントだ。

 髪もばっちりセットされている。そこそこの速度で走ったり、汗をかいたりすれば崩れてしまう。


 だから動く事も出来ず庭の真ん中でポツンと立っていた。男に比べて女性は準備に時間がかかる。そういうのもちゃんと分かってないと駄目だとアメリアに言われた。


 その後ろでカトレアとセラが頷いているのを見た時は少しだけ……ほんの少しだけ殴りたくなった。


 レインは何となく正門へと目をやった。こちらに気付いた兵士が会釈する。


 "少し話すか。話題はないけど。……俺が無口な奴だって思われたらエリスにも変な影響が出そうだしな"


 レインは正門まで歩く。すると兵士が門をゆっくり開けた。レインが一切立ち止まる事なくタイミングを合わせて2人で開けた。


「レイン様おはようございます」


「…………おはよう。ああ、門はそのままにしててくれ。もうすぐエリス達も来るだろうから」


 兵士の1人はレインが外へ出た事を確認するとすぐに門を閉めようとする。開けっ放しは良くないが何か会話の糸口が欲しかった。


「かしこまりました」


「あー……兵士って普段どんな訓練してんの?参考にしたいんだけど」


 こんな話題しか出てこない。もはや完成された肉体を持つレインだが、趣味というものが全くなくアルティの筋トレメニューは続けていた。


「く、訓練ですか?そうですね……基本的なメニューを50回ずつ3セットでしょうか。あとは3kmの距離を装備を付けたまま走ったりなどです」


「50?5,000じゃなくて?それに3kmなんて数秒で終わるだろ?それでも鍛えられるのか?」


 レインの言葉にその場にいた兵士6人が固まる。

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