番外編4-3





 


「お、恐れながら申し上げますと、それは神覚者様基準のメニューです。我々のような兵士では今のような事を毎日実施すれば充分なのです」


「そうなんだ。……俺基準で考えてたよ。悪かった」


 レインはぺこりと頭を下げる。自分の基準を人に押し付けるのは良くない。自分がやられたらイラッとする。

 

「お止め下さい!神覚者様が我々のような者に頭を下げるなどあってはならない事です!」


 兵士はレインが頭を下げるのを必死で止めようとする。何度も見た光景だが、そこに思う所があった。


「…………思うんだけどさ。神覚者だからって頭を下げたらダメなんておかしくないか?悪いと思ったなら謝るのが普通だろ?

 それに我々のような者って……君たちは俺の家を守ってくれている者たちだ。そんなに自分を卑下するなよ」


 レインは常々思っていた。貴族だから、上位ランクの覚醒者だから、神覚者だから謝罪はしなくていいとか、下の者に頭を下げるな、依頼を受けるなとか意味の分からない風習に対して本当に疑問だった。何が駄目なのか分からない。


 下位の中でもさらに最底辺の覚醒者出身で平民以下の身分だったレインにとって上流階級のマナーなんて知らないし、知りたくもない。

 

「…………し、しかし」


「俺が良いって言ってるんだからいいんじゃないの?さっきみたいに自分に対してそうやれっていう奴にはそうすればいいさ。俺には必要ない。他の奴らから何か言われたら、俺からそうしろって命令されたって言えばいいさ」


 レインと話していた若い兵士は瞬きを繰り返す。それほど驚きの事なんだろう。


「レイン様は……何故そうも我々にお優しいのですか?」


 レインにとって予想外の質問だった。別に優しくした覚えはない。ただ思った事を言っただけだ。


 しかしレインとの会話が気になったのか向かい側にいるはずのシャーロット邸の兵士たちまでこちらに来た。既に15人くらいに囲まれている。

 

「へ?」


「我々は兵士です。王家と国民を守護する盾となる事を目指して訓練をしています。皆、その時になれば国民の為に死ぬ事も厭わないでしょうし、その覚悟も出来ています」


 その言葉にレインは思い当たる節があった。セラの故郷でもそうだった。魔力を行使できない兵士はモンスターを倒せない。


 それなのに町の人を助ける為に犠牲になった。ただその行いが間違ってるとは思わない。あの場にモンスターを倒せるだけの覚醒者がいなかったというのが問題だから。


「別にそれが間違ってるとは思わないよ?でもそれで人として国民より下になる訳じゃない。シャーロットさんもそう言ったのか?兵士は国民の盾なんだから下手に出て大人しくしてろとか」


「滅相もありません!シャーロット様は我々を人として扱っていただける数少ない…………いえ失言でした。申し訳ありません」


 やはりシャーロットはレインと同じような考えだった。兵士だからといって国民より地位が低いなんて事はあり得ない。失礼でなければ発言してもいい。もっと自信を持てばいい。


「別にいいよ……君名前は?」


「わ、私ですか?私はティオと申します」


「ティオか。俺たち歳も近そうだ。仲良くしてくれ。困ってることがあれば言えよ?兵士全員を優遇するのは難しいけど俺と関わる人くらいは助けてやりたい」


 レインは手を差し出す。握手くらいしてもいいだろうと思った。

 

 ティオはそれが握手だと分かると慌てて手袋を外そうとする。別にそのままでもいいが本人がそうしたいならそうすればいいとレインは待った。


「よろしくお願いします!!レイン様もエリス様も使用人の皆様方も我々が命をかけてお守り致します!!」


 ティオは両手でレインの手を握った。厚く硬い鍛えられた手だった。スキルで身体能力を補完されるレインと違って純粋に鍛え上げた手だ。それだけで好感が持てる。


「みんなもよろしく頼む。困ってるなら相談してくれていい。絶対に助ける……っていうのは難しいかもしれないけど話くらいは聞けるしな」


「「「はい!よろしくお願いします!!」」」


 他の兵士たちも大声で話す。自分の家を守ってくれてる人くらいは助けてやれるだけの力と金はあるはずだ。


「お兄ちゃん!お待たせー!」

「お待たせ致しました。レインさん」


 兵士と話していると後ろから声が聞こえた。振り返ると可愛い服を着たエリスと完全武装のステラに、魔道服を着たカトレアがいた。

 

 完全武装といっても上位モンスターの強力な素材を使った軽装にレインが持っている短剣だ。水龍にすら刺さる短剣なら大体の物は斬れるだろう。


「待ってないよ。じゃあ行こうか」


「我々からも2人、学園までの護衛として付けさせていただきます。レイン様と……そしてカトレア様には必要ないかもしれませんが……念のためです」


 そうティオが申し出た。確かに護衛は必要ないとは思う。ただ兵士が付いているだけで安心感はある。


「分かった。よろしく頼む」


「了解です!」


 2人の兵士が敬礼してレインへと近付く。カトレアとステラが準備完了している事を確認して歩き出した。


 兵士の1人が先頭を歩き、その後ろにレインがエリスと手を繋いで歩く。反対側の空いている方をカトレアが歩き、その少し後ろにステラがいて、最後尾に兵士1人が歩く。


 王立イグニス学園は王城の北西側にあり、ここから正反対の位置だ。人通りの多い商業区の中を抜けて行く。学園は王城よりも広い面積を保有していて『テルセロ』の5分1くらいをぶち抜いて敷地にしているらしい。


 学園周辺は塀で囲まれていて王城より少し低いくらいの頑丈な塀だ。学園周辺は国家から派遣された兵士数名が巡回し、侵入しようとするだけで斬り殺されるほど厳重に警備されている。


 レインが知っている学園の知識はこんなもんだった。何をどう学ぶかはエリス次第だ。レインが気にしているのは安全面だ。それさえちゃんとしているのなら心配はいらない。



 

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