第218話




「申し訳ない」


 レインは頭を下げる。寝ていたとはいえ不快な思いをさせてしまった。


「謝らないで下さいって言ってるじゃないですか!バカ!」


 アメリアはレインの頬を両手で押し上げて無理やり持ち上げる。…………痛い。とんでもなく不細工な顔になっている。


「寝ている時も……ごめん、ごめんってそればっかり!レインさんは何も悪くありません!もう謝らないで下さい……私が……私が辛くなります」


 アメリアは目に涙を浮かべる。本当に相手の心が読めないと落ち込みそうになるが、今する事はそれではない。


「…………そうか。ならもうやめるよ。色々ありがとう。とりあえず……風呂に入ろうかな。あとご飯は何かある?」


「いつでも用意しております。お風呂から出られるまでに食堂でご用意しておきますね。……あとこれはまた今度でいいかもしれませんが……シャーロット様とエルセナ王国のアイラ様とレイナ様が何度かレインさんを訪ねて来ておりました。

 まだお休みだと伝えたら向かいの私邸で待つとの事です。この4日間で世界地図に大きな変化がありましたので……食事が終わりましたらお呼びして来ましょうか?」


「お願いするよ」


「承知いたしました」


「ありがとう」

 

◇◇◇


「お兄ちゃん!おはよう!」


 風呂入り終わり食堂に向かう最中だった。後ろからエリスが走って来た。そして勢いそのままレインへ飛びついた。


 レインはエリスを受け止めて抱き上げる。お姫様抱っこ状態でそのまま食堂へ向けて歩く。


「もう身体は平気?痛いところない?」


 レインに抱っこされながらエリスは話しかけ続ける。ようやく日常の一部が戻って来た感じがする。ただアイラたちが来ているのが気になった。


「もう大丈夫だよ。色々心配かけたね」


「お兄ちゃんなら大丈夫だって思ってたよ。心配……はとてもしたけど何となく分かったの!お兄ちゃんは私たちを置いて何処に行ったりしないって」


 エリスはそう言いながらレインに頬を擦り寄せた。結果的にレインとエリスの周囲の人たちは誰も死ななかった。その結果に安堵しレインもエリスを強く抱き返した。


 そんな状態のまま食堂へ入るとアメリアの料理がテーブルの上に並べられていた。今もセラたちみんながせっせと準備していた。いつもよりかなり量が多い。明らかに人数分を超えている。


「……量…多くないか?」


「シャーロットさんが来ているみたいだよ?あと綺麗な人が2人何回か来てた」


 2人か。おそらくエルセナで唯一生き残った王族の姫2人だろうな。レインには心当たりがそれくらいしかいない。


 レインはエリスを抱っこしたままいつもの椅子に座る。目の前には久しぶりに感じるアメリアの料理が並ぶ。今すぐに食べ始めたいがお客も来ているらしいから我慢する。


 そしてすぐにその3人が入って来た。3人ともレインの顔を見たら安堵の表情を浮かべた。


◇◇◇


「……ふぅー、ご馳走様」


「寝起きなのに沢山召し上がりましたね。お腹いっぱいになりましたか?」


「いつも通り美味しかったよ。やっぱり安心する味だ」


 レインのすぐ横に座るアメリアが問いかける。もう笑顔に戻っている。元気に見えるが信用はしていない。アメリアはすぐに無理をする性格だ。だからしばらくは注意が必要だろう。


 そして目の前にいる人たちの相手もしないといけない。後回しにしたい所だが、仕方ない。


「それで?何か話があるんですか?あとアイラさんはここにいて大丈夫なんですか?」


 レインが話し始めると使用人たちは軽く頭を下げて退席していった。


「まずは……お礼を申し上げるのが遅くなりましたが、私たちの王国を救って下さり…ありがとうございます。そして私たちの両親の仇まで取って下さり感謝の言葉もありません」


「大丈夫です。あれは自分のためにやった事ですから。要件はそれだけですか?」


「違います。報告する必要はないかもしれませんが念のためと思いましてここに来ました。……シャーロット様、私が説明した方が良いですか?」


 アイラは隣に座るシャーロットに意見を促す。シャーロットは飲んでいた紅茶を置いて話し始める。


「私が話しましょう。まずはレイン様……色々とお疲れ様でした。今回の件でレイン様に何かするという事はありません。

 他の大国はセダリオン帝国は滅亡したと判断しました。そして隣国であるエルセナ王国が全土併合するという形で決着しました。元々、帝国が不意打ちで侵攻を開始したので当然ですね。

 帝国が滅んだ原因も大規模なダンジョン崩壊ブレイクによって帝都が壊滅、そして皇帝の一族も避難中の事故により全員死亡となりました」


「…………そうですか」


 レインにとっては興味のない話だ。ただエルセナ王国の領土が元のほぼ倍になった。領土が広いのは良いことだと聞いた気がするし、結果的に良かったと言えるのだろうか。


「帝国民もほとんどが併合を歓迎しているようです。元々セダリオン帝国は圧政で有名でした。

 皇帝の一族が裕福で贅沢の限りを尽くす生活を送る為に国民たちに重税を課し、貧しい生活をさせていたらしいのです。

 帝都に住む権力者以外は酷い目にあっていたようなので状況が一変すると歓迎されているという事ですね」


「そうです…か」


 やはりレインにはとことん興味がない話だ。どうせもう行く事のない場所だから。


「あと……エルセナ王国は期限付きではありますが、我がイグニス王国に全土併合される形となりました」


「……そうで…………え?!なんで?!」


 期限付きとは言っていたが、セダリオン帝国に加えてエルセナ王国も消滅した事になる。弱りきった王国に対してイグニスの王様が何かしたというのならレインも黙っている訳にはいかない。


「レイン様、これは私たちが考えて私たちから提案させてもらったんです。しかも私たちエルセナ王国にとってかなり有利な条件です。レイン様が心配されるような事はないので大丈夫です」


 アイラがすぐに反応する。横に座るレイナもコクコクと首を縦に振っている。


「どんな感じになったんですか?」


 それでも心配になったレインはシャーロットに問いかける。


「はい、まず法律に関してはイグニスの法律を優先としております。ただこれは元々同じ王国でしたし、エルセナもイグニスもそこまで大きな違いはありません。強いて上げるなら神覚者様に関する事と通行に関する事だけですね。

 あとはしばらくの間は復興支援としてイグニス王国軍と覚醒者組合からも複数名がエルセナに赴き、警護兼復興要員として常駐します。今、他の国から攻められればどうする事も出来ませんからね」


「…………なるほど」


「そして期限はアイラさんが死亡するまで……となります。そうなれば次の者がエルセナを治める事になりますからそこで返還となります。その間はエルセナは王国ではなく自治区となります。『エルセナ自治区』です。そしてそのトップにアイラさんが就任致しました。

 あとは……我が国の加工品などの物資を支援する代わりに通行の自由と我が国への食糧優先販売権といった形となります。元々セダリオン帝国は世界有数の穀倉地帯を抱えておりましたので、それを利用させていただこうかと思っております。

 これでメルクーアからの海産物とエルセナからの穀物により我が国の食糧事情はさらに改善される事になりました」


「そうですか……無理やり従わされてないなら俺からは何も言いません」


「これで話は以上となります。ただ……レイン様にお願いがあります」


 シャーロットが言いづらそうに話し始める。こういう時はよくない事が起きる時だ。


「なんでしょう?」


 流石のレインも警戒する。


「…………今後は私たちに相談していただけませんか?何も言わずに1人で行ってしまうのは悲しいです。私たちもレイン様の助けになれます。だからどうかお願いしますね」


「…………分かりました…すいませんでした」


「謝らないで下さい!……相談に関しては絶対ですよ?」


 シャーロットはレインの返事に安堵する。1人しかいない世界最強格の神覚者との関係悪化は避けないといけない。


 ただ今回のように怒り任せて行動するのを容認し続けるのも国家として厳しい。だからこういう言い方をするしかなかった。


「では……私たちの話もこれで終わりなので失礼しますね」


 そう言ってシャーロットとアイラが立ち上がる。そしてアイラが椅子に座るレイナを強く抱きしめた。


「レイナ……これでお別れだけど…必ず会いに来るからね?レイン様を困らせちゃダメだよ?」


「うん……ありがとう……お姉ちゃん」


 2人の行動をレインは理解できない。なぜ今生の別れみたいな話をしているのか。


「…………ではレイン様」


 困惑するレインを置いてけぼりにしてレイナはレインの横まで移動する。そして膝をついてレインに頭を下げた。


「え?!……ちょ、ちょっと…何してるんですか?」


「今回の報酬の支払いです。もうこの身はレイン様の物です。どうぞお好きにお使い下さい。どのような命令も喜んでお受けします」


「……………………ああ」


 完全に忘れていたレインだった。

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