第217話






◇◇◇



「…………疲れた。この身体があっても……流石に1人でずっと戦うのはキツいな。脚は……重いし…腕も上がらない。でも帰らないと」


 ここまで騎兵に乗ったり、歩いたり、走ったりを繰り返して移動していた。


 騎兵の時と走っている時も馬車より速く動ける。だからまだ半日しか経っていない。


 ただ一度も立ち止まる事なく進み続け、まもなく到着する。


 レインは剣を杖代わりにして歩く。もう目の焦点も合わない。前がボヤけている。それでも全く止まらない。止まれば動けなくなる。


 でもようやく見えた。自分の家があるテルセロだ。


「……もう少し……もう少し……だ」


 フラフラと歩きながらレインはテルセロへ入る門へと辿り着く。いつも以上に厳重に警護された門は閉ざされている。外に兵士はおらず外壁の上からこちらを見ている。


 しかしレインが近付くと勝手に向こうから開いた。複数人の兵士が力一杯押して開けていた。門が開くと同時に兵士たちが一斉に走ってくる。


 "俺を……捕える気か?そうなら……傀儡で……"


 レインは意識を失いそうになりながらもスキルを発動しようとする。傀儡は破壊され、再生する時に魔力を消費する。


 だから召喚する時には魔力を消費しない。こんな状態ではあるが問題なく使える。


「神覚者様!ご無事ですか!」


 しかしレインの心配は杞憂だったようだ。兵士は誰1人として武器を抜かず、レインの両脇に来てレインを支える。別の兵士たちは周囲を警戒していた。


「歩けますか?」


「…………何とか」


「王城の医務室へお連れします!おい!誰か馬車の手配を……」


 兵士が行動しようとしたのをレインは腕を掴んで止める。もう会話する元気もない。


「…………大丈夫…です。とりあえず急いで……俺の……家まで連れて行って……下さい」


 今、目を閉じてしまえばどれだけ楽だろうか。全身に鋼鉄が纏わりついたように重い。息が出来ている気がしない。心臓の音が気持ち悪い。耳も聴こえにくい。


 でも戻らなければならないと自分で自分を叩き起こす。絶対に目を閉じるな。無事である事を確認しなければならない。


「承知しました!すぐにお連れします!」


 兵士たちはレインの腕を自身の肩に掛ける。そして持ち上げた。兵士2人だとレインの身体は簡単に宙に浮く。


 そして他の兵士たちと共に急ぎ足でテルセロへと入っていく。テルセロに入ると荷台が用意されていた。


「申し訳ありません、後でどのような罰もお受けします。本来ならば馬車を用意する所ですがすぐには用意出来そうにありません。居心地は悪いですが、すぐにお連れ出来ます。失礼します!」


「………は…い」


 レインの意識は限界だった。怪我もしていない。魔力もある。ただ疲れているだけ。それだけなのに身体が悲鳴を上げる。


 兵士たちはレインを荷台へ乗せた。兵士たちが身につけているマントを乱雑に畳み、レインの頭の裏へ乗せる。


「行くぞ!」


 荷台を待機していた馬へ繋いで走らせる。馬の両端と荷台の両端に兵士たちが待機する。常に荷台を取り囲むように追従していく。


 レインは荷物のように自宅まで運ばれる事となった。


◇◇◇


「ありがとう」


「我々はこのまま周辺警備にあたります。あとは王家の皆様が滞りなく進めてくださると思います。どうぞごゆっくりお休みください」


「…………そうします」


 レインは屋敷の前まで連れて来られた。肩を貸してもらいながら屋敷の門を通る。兵士たちは中までは入ってこない。あとは自力で行くしかない。


 "兵士たちに担がれていたら余計に心配かけるよな?気を遣ってくれたって事かな"


 レインは杖代わりにしていた剣をしまう。自分の足だけで扉へ向けてゆっくり進む。


 いつも歩いていた庭なのに本当に遠く感じる。それでも一歩、また一歩と進んでいく。そしてようやく辿り着いた。


 ガチャン――といつもより重たく感じる扉を開けた。そしてレインは前を見る。


「おかえりなさいませ。ご主人様」


 みんながレインを迎えた。誰1人として欠けていない。今、この屋敷でレインの事をご主人様と呼ぶのは1人だけだ。


「………………っ!」


 レインは強く踏み出し、目の前にいたアメリアに抱き付いた。


「ご主人様?!えっと!……大丈夫…ですか?」


 アメリアはよろめきながら何とかレインを受け止める。


「…………ごめんな」


 レインはポツリと呟いた。


「……え?」


「アメリアを守れなかった無能な俺を許してくれ」


 レインは心からの謝罪をする。ずっと言いたかった事だった。アメリアの目が覚めたら必ず言うと決めていた。こうなったのは全て自分の責任だとしていたからだ。


「そんな!ご主人様は何も悪くありません!ご自分を無能だなんて言わないで下さい!悪いのは帝国です!」


「……約束…したのに……ごめんな。あの時……アメリアが言った……この幸せを守るって約束したのに…」


 レインの目から涙が零れ落ちる。耐えられなかった。自分にとって大切な人はこの先もずっと大丈夫だと錯覚していた。もし何かあっても守れると自惚れていた。


 そんな馬鹿で、無能で、出来損ないな自分が嫌いで許せなかった。でもどうしたらいいか分からなくなった。


「大丈夫です。みんなここに居るから……大丈夫ですよ。こんなボロボロになってまで……私のために怒ってくれて…ありがとうございます」


 アメリアはレインの頭を撫でる。何度も優しく撫でた。


「…………ごめんな」


「もう謝らないで下さい。とても疲れたでしょう?お風呂には入れますか?ご飯は食べられそうですか?」


「…………………」

 

「ご主人様?」

 

 レインから返事はなかった。アメリアは少しだけ身体を離して確認する。レインは寝てしまっていた。色々と限界だったレインは力尽きた。


 そんなレインを確認したアメリアたちはみんなで協力してレインを部屋まで運んだ。


「おやすみなさい。また明日……ゆっくりお話ししましょう」


 そう言って部屋の扉はゆっくりと閉められた。

 


◇◇◇



「………………背中痛い」


 寝惚けたレインはそんな事を言いながら起き上がる。カーテンが閉められた部屋は薄暗い。ただその隙間から入り込む陽の光で今はもうお昼時なのが分かる。


 ここに戻ってきたのは昼過ぎだったはず。だから数分しか経過していないか、丸一日経過している事になる。


 ただレインは全身の怠さから1日経ってると考える。寝癖だらけでボサボサの髪を掻きながらまた目を閉じる。上体を起こしたままフラフラと揺れた後、またベッドへ倒れ込む。


「………アメリア…起きてたよな?」


 しかしレインはここに帰って来てからの記憶があやふやになっている事に気付いた。そして不安に襲われる。全てが夢だったんじゃないかと思い、勢いよく起き上がってベッドから降りた。

 

 

 そして急ぎ足で部屋から出ようとした時に、向こうからノックされた。そのノックと同時に扉を開ける。


「お、おはようございます!お目覚めだったのですね」


 部屋の前には何故か赤面したアメリアがいた。ノックした瞬間に扉が開いたせいでかなり驚いたようだ。


「おはよう。今起きたんだ。……顔が赤いけど大丈夫か?というか俺ってどれくらい寝てた?」


「身体はもう大丈夫です。あとご主人様が戻られてから今日で4日目です。流石に心配なのでそろそろお声を掛けよう思っていた所でした。……あと顔が赤いのは…大丈夫です。何も問題はありませんから」


「いや…でも本当に赤いぞ?熱でも…」


「大丈夫です!」


「あ!レインさん…起きたんですね。おはようございます」


 アメリアとの会話にクレアが入って来た。クレアに関しては声を聞くのも久しぶりな気さえする。


「おはよう。なあ…アメリアの顔が赤いんだ。本当に大丈夫なのか?」


 アメリアに聞いても埒があかない。なら比較的何でも話しそうなクレアに聞いてみる。 


「え?あー…そりゃこの4日間、ずっと寝言でお姉ちゃんの名前呼び続けてましたからね。何処にいるんだぁ…俺から離れていかないでくれ…って感じで」



「……マジか」


 気付かない内に自分もアイラのようになってしまっていた。怒らせてしまったようだ、とレインは反省する。











 

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