番外編4-6








「大丈夫ですか?」


 レインは席についてから話さなくなったエレノアに問いかける。難しい顔をしていたから少し心配になった。カトレアも話さないまま紅茶を飲んでいる。地獄みたいな空気がその場に漂う。


 さっきまではもう少し賑やかだったのに、本当に誰もいなくなった。厨房の方から聞こえていた料理の音さえも消えた。人の気配はあるが、レインですら感知が難しいほど息を殺している。


「え、ええ……大丈夫です。申し訳ありません」


「いえ……別に謝るような事はないですけど」


 レインは運ばれてきた紅茶を飲みながら返事をする。話題はないし、これから話題が生まれてくる事もないからエレノアから振ってくれる事だけが頼りだ。何か質問でもしてくれれば答えるだけでいいから楽だ。


「レイン様は……何か好きな食べ物などはありますか?」


「好きな食べ物?………………あー、毒とかじゃなければ何でも食べられますよ?好きな物というよりは嫌いな物を探す方が難しい感じ……ですかね」


 神覚者になる前の極貧生活のせいで好き嫌いをする余裕はなかった。食べたら死ぬとか食べられない物(布とか石とか木材とか)以外は大体何でも美味しくいただけるようになっていた。

 ちなみに砕いた魔法石と雑草は試した事がある。めちゃくちゃ吐いたのは今ではいい思い出だ。


「そ、そうですか。私は昔から料理もしているので何かご馳走しようかと思ったのですが……」


「いえ……お構いなく……」


 既にアメリアの料理で十分すぎるほど満足している。他のメイドが作った料理も美味しいとは思ったがアメリアには勝てない。既にアメリアに胃袋をガッチリ掴まれていた。


「……ではレイン様は何か趣味などはありますか?覚醒者の仕事と関係ない事です。例えば休みの日に何をしているか……などですが」


「趣味……ですか?休みの日…か……」


 趣味というものは何もない。というか何処までいけば趣味なのかが分からない。ただ目的もなく屋敷内をウロウロしながら考え事をするのは好きだ。要は無言で徘徊しているんだが、これを趣味としていいのだろうか。

 1回、曲がり角付近でセラとぶつかりそうになってセラが驚き過ぎて倒れてからはやっていない。


 前はエリスが喜んでくれるからと料理もしていた。しかし今はアメリアが作ってくれているから全くやっていない。日頃から身体は鍛えているがそれは覚醒者だからでやっているのであって趣味ではない。


 ゆっくり寝るのは好きだが、〈魔王躯〉を得てからは睡眠はそこまで重要じゃなくなった。それでも全然眠れる。休みの日……ほぼ寝ているか、ベッドの上でゴロゴロしているかのどっちかだ。食事と風呂の時以外はベッドから降りてすらいない。

 

「……すいません、趣味と言えるほどの事は何もしてないですね。身体を鍛えてはいますが覚醒者なのでやっているだけですし」


「……そうですか」


 2人の間にとんでもない空気が流れ始める。エレノアはレインが望んだ通り質問してくれる。しかしレインの会話力の無さのせいで会話が即座に終わる。


 エリスの可愛いところを語り合うなどであれば数日は話し続ける自信があるが、多分ただ引かれて終わりだからやらない。


「レイン様は……報酬をお支払いすれば私の願いを叶えて下さいますか?」


「…………え?」


 エレノアの雰囲気が変わった。おそらくこれからが本題という事だろう。さっきまでのは何だったんだ?


「あー……何でもっていう訳じゃないです。俺が助けたいと思えば依頼を受けるようにしています。俺にとって報酬は別にどっちでもいいですね。無くてもいいです」


 このスタンスのせいで断らない神覚者なんてあだ名が付いている……らしい。オルガがやっている事を真似させてもらった。それでも依頼が多いわけじゃない。神覚者に話しかけるだけでも相当な勇気がいるらしいし、そもそも外に出ないから話し掛けようがない。


 屋敷の門には武装した兵士たちが常にいるから平民からすれば恐怖でしかない。


 ただ誰かを殺してくれとか、戦争の傭兵だとか、いきなり私を雇ってくれだとか言ってくる奴らは無視している。話す価値もない。メルクーアから戻ってきた時から増えていたが、超越者と認定されてからはさらにこういうのが増えてきた。


「実は間も無く各国の公爵家が集まるお茶会があるんです。そこに一緒に行っていただけませんか?今年の開催国はイグニスで場所は王都アルアシルです」


「そこで何をすればいいんです?今の所、俺が必要そうには感じませんが?」


 イグニス国内であれば神覚者の護衛も必要ない。公爵家のお茶会?集まってお茶飲むことの何が重要なんだ?


「そこには公爵家の令嬢が集まるのですが、全員が男性を連れています。ほとんどがその令嬢の婚約者で有名な商会の跡取りや上位の覚醒者なんです。

 世界は魔法石と覚醒者とそれを扱う者たちで回っていますから。ただ、それで……あの……その連れている覚醒者のランクで令嬢の上下関係が決まるといいますか……」


 要はレインという存在が必要なんだ。そのお茶会っていうもので超越者でもあるレインを連れて行き、他の国の公爵家に自分の力を誇示するために。

 

「別に俺とエレノアさんは婚約してませんよ?そこに俺を連れて行って後々困りませんか?……お互いに」


 ただ無碍に断る事はしない。エレノアとは初対面ではないし、既に名前を忘れるという割と失礼な事をしでかしているからだ。話くらいは聞く。


「大丈夫です。元々護衛を連れていくだけで、婚約者を連れて行くという規則はありませんでした。いつからか婚約者に変わって今では覚醒者になりました。貴族の世界では上下関係が本当に大事なんです。

 場合によってはお互いが連れてきた覚醒者に手合わせをさせて優劣を決めたりするんです」


「……なるほど」


 レインは考える。正直、ここ最近は暇だから行ってもいい。気軽に遊べる友人もいないからこの後もどうせ屋敷に籠って寝るだけだ。

 魔神は時間がないと言っていたが、アイツらの時間感覚は信用ならない。あの人たちは1分と1年を混同しているから。


 それに王都も行った事がないからこの機会に行くべきか?それに色々な国の覚醒者が来るのなら神覚者もいるかもしれない。


 大体の神覚者なら勝てるだろうけど、まだまだ特殊なスキルを持った人はいるはずだ。8大国全体で27人くらい神覚者はいるはず。


「どうでしょうか?」


「…………分かりました。良いですよ。行きましょうか」


「ほ、本当ですか?!」


 エレノアは勢いよく立ち上がる。そしてレインの手を両手で強く握る。と同時にカトレアが持っていたティーカップをカチャンと強めにお皿へ置いた。


「エレノアさん……公爵家の令嬢ならばもう少し節度を守った行動をされては如何ですか?」


 空気がピリピリする。心なしか食堂全体が揺れているような気さえする。


 "…………節度守れって…それをお前が言うのか?お前だって俺の手の平を舐めたり、抱きついたり、キスしてきたり、転移して人の懐に飛び込んだりしてるじゃないか……"


「レインさん……何か言いたい事でも?」

 

 

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