第207話






「あ……ああ…………」


 アルドラは尻餅をつく。自分の目の前で止まった大剣の刃に恐怖を覚える。


「お前みたいなのでもSランクなんだろ?主人のいる国に弱い奴しかいないと全部の面倒事が主人にいきそうだ。

 我が主人は家族とゆっくり暮らしたいんだそうだ。俺には縁のない生活だが……それも悪くないだろう。だから今回は殺さないでおいてやる。今回だけだ。……ああ後教えておいてやる」


 ヴァルゼルは自分の腕を突き出す。そして大剣を振り下ろして左腕を切断した。その行為に聖騎士ギルドの覚醒者や兵士たちは動揺する。


 全てを理解しているニーナたちはそれを静かに見ていた。


 ヴァルゼルの左腕が地面に落ちた瞬間に黒い霧となって消えた。そして一瞬の内に左腕が再生する。手を握ったり、開いたりする動きを見せつけた後にヴァルゼルは続けた。


「俺も主人の駒の1体だ。お前らなんか俺1人で十分だから他の奴を行かせたんだ。分をわきまえろ雑魚が」


 そう言ってヴァルゼルは消える。スキルを使って全力で走って行った。無駄な時間を過ごしたせいで遅れてしまった。速く追いつかなければ主人であるレインが帝都への攻撃を始めてしまう。


 ヴァルゼルにとってここ最近で1番楽しそうなイベントを見逃す事はあり得ない。ヴァルゼルは最速で自身の主人の元へと戻っていった。

 


◇◇◇

 


「…………ん?」


 レインは帝都へ向けて進み続けている。道中、貧相な防衛陣地はいくつかあった。その尽くを潰して行った。しかし進路上に何か大きな魔力があるのを感知した。


 今向かっている小高い丘の向こう側だ。まだ向こうからもこちらからも視認は出来ない。位置的にお互いが見えないだろう。


 レインは丘の向こうから立ち昇る魔力を感知し、すぐに停止した。そして傀儡たちの召喚を解除する。


 帝国軍にはこれほどの魔力を放てる者たちはいないと思った。いきなり水龍や1,000体近くの傀儡が出てきたら攻撃されるかもしれない。帝国軍でないならこちらからは攻撃しない。……ただ邪魔しないのならという話だ。


 レインは歩いて丘を越える。もちろん片手に剣を持っている。攻撃されれば即座に反撃する為だ。


 そしてレインが丘を越えて向こう側を視認した時だった。


「神覚者レイン・エタニア!!そこで止まりなさい!!」

 

 ここら周辺に響き渡る声がレインを呼び止めた。レインの視界の先にはかなりの規模の陣地が構築されていた。国都や都市のような城壁はないが、周囲を防御魔法で固めた鉄板で囲っている。


 奥の方には複数の建物も見える。全て同じ見た目の建物だ。そこは全てが兵士と覚醒者の為だけに用意された基地だった。


 その基地の正門に当たる場所にはズラリと数百人以上の覚醒者、その後ろにはその倍以上の兵士たちが整列していた。


「そこより先は我がサージェス共和国の租借地となる!よってそれ以上進むのであれば我が国への侵攻行為と見做し、『サージェス共和国軍法、第83条第2項』に基づき戦力を用いて攻撃を行い排除する!今すぐ来た道を引き返せ!」


 サージェス共和国軍の先頭に立つ武装した女性が拡声魔法を使ってレインへ呼びかける。お互いの距離は数百メートルだ。


「………………くだらないな」


 レインは返事をせずに歩き始める。その行為を見たサージェス軍は迎撃体制を取る。兵士たちは弓矢を構え、魔法系覚醒者たちは魔法陣を展開し、近接系覚醒者は剣を抜こうとする。


「………レイン・エタニア!貴公は我が国の領土を侵犯している。即座に引き返せ!こちらの戦力は神覚者が2名!Sランク以下の覚醒者が数百名に、兵士も1,000人以上がいる。貴方に勝ち目はない!!すぐに引き返しなさい!!」


 レインは警告を受けても無視して進み続ける。まだ邪魔された訳じゃない。だからレインから攻撃するようなことはしない。


「レイン・エタニア!そこで止まれ!!こちらが10秒数える!!それまでに行動に改善が見られなければ攻撃を開始する!これは最後通告である!」


 その言葉にレインは歩くのをやめた。レインが止まった事でサージェス軍の中に安堵が広がる。国家間の条約に基づき神覚者の侵攻には対応しないといけない。


 ただ相手は超越者だ。負けるとは思わないが、相当な被害を覚悟しなければならない。戦わずに済むならそれに越した事はない。


「そんなに要らねえよ。3秒数えてやるから道を開けろ!」


 レインの周囲を覆い尽くす黒い水溜りが出現する。そして地面から巨大な龍や完全武装の巨人数体、その足元を埋め尽くす1,000体以上の黒い騎士や化け物が這い出てくる。


 レイン側の戦力は数の上でサージェス軍と並ぶ。噂程度に聞いていた不死の軍団を目の前にサージェス軍にも動揺が広がっていく。


「…………水龍、ブレスだ。合図で撃て、その後傀儡は突撃しろ」


「貴公は我々と戦争するおつもりか!」


 先頭の女性が変わらず叫ぶ。近付いた事ではっきり分かる。その人が神覚者だ。他の人と比べて一際魔力を放っている。さらに基地の中にも別の大きな魔力を感じる。


 サージェスの神覚者が言っていた通りここには2人いるようだ。ただそこにレインが思う事はあまりない。強い傀儡が増えるのはいい事だ。


「3……2……」


 レインは慣れない大声を張り上げる。全てのサージェス軍に聞こえるように。そのカウントダウンに反応するように傀儡たちは武器を構える。


「…………総員、道を開け」


 ようやくサージェス神覚者が折れた。既に帝国軍は機能出来ないほど壊滅している。そんな滅びゆく帝国を助けても意味がなかった。安全保障は国家として機能しているからこそだ。もうセダリオン帝国に未来はない。


 しかし……。


「うわあああ!!!死にたくない!!」


 巨大な龍を前に錯乱した覚醒者がレインに向けて魔法を放った。炎の槍がレインへ向けて高速でまっすぐ進む。


「何をしている!!」


 指揮官のような女性が叫ぶがもう遅い。サージェス軍が先に攻撃をしてしまった。その炎の槍がレインへ命中する直前だった。突然炎の槍が両断される。


 レインの前にはオーガの仮面を被った剣豪が着地した。まだヴァルゼルたちの気配は遠くにある。剣豪は物凄い速度で戻って来ていた。


 人間の時とは異なり傀儡は魔力の全てをレインに依存している。本来なら魔力のせいで回数制限があるスキルもレインの魔力が続く限りはほぼ無制限だ。


 剣豪は〈疾風〉のスキルを使い続けて圧倒的な速度でレインの元へ馳せ参じた。


「ご苦労さん……さて攻撃された事だし…お前らは敵だ。水龍……放て」


 


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