第206話
◇◇◇
「はぁ……はぁ…つ、強い……何度倒してもキリがない」
ニーナは剣豪の猛攻を凌ぎながらに呟く。既に合計で5回は両断している。なのに瞬き1つの間に復活して斬り掛かってくる。
アルドラの防御スキルとリグドによる狙撃の援護が無ければニーナといえど致命傷を負っていただろう。
「ニーナさん!聖騎士の魔法隊が援護します!一旦離れてください!攻撃用意!」
「「了解!」」
アルドラが叫ぶ。この剣豪との戦闘が始まって30分近くが経過している。ニーナがどれだけ強く、援護があったとしてもあの化け物と1人で戦い続けるのは至難だ。
一度距離を取らなければ、その内やられる。このレベルの化け物といつまでも戦えるほどの余力はない。
「助かります…………いやだめです!」
ニーナは剣豪を太刀で斬りつける。剣豪はそれを受けるが弾き飛ばされる。そして剣豪は一旦攻めるのをやめた。ニーナと同じで気付いているようだ。
「ニーナさん?どうしました?」
アルドラが尋ねる。これまで一瞬の間も置かずに攻め続けた黒い剣士が動きを止めた。まるでニーナの動きに合わせるように。
「我々の負けです。最初から勝てるとは思っていませんでしたが。……向こうに援軍が来ました」
「な、何ですって?………あの土煙…まさか…」
ニーナが見つめる先には土煙が起きている。何か少数の集団がものすごい速度でニーナたち方へ向かってきている。そしてその集団の中から黒い物が飛び出した。
それはすぐにニーナたちの前に着地した。黒龍のSランクであれば知っている黒い騎士が大剣を肩に担いで立ち上がる。
「……あなたは」
「お?……お前……主人の愛人じゃないか?何故ここに?」
黒い騎士ヴァルゼルは徐ろにそんな事を言い出した。召喚された駒が話すという事実に驚愕する者ばかりだが、先頭にいる者だけが別の事で動揺する。
「あ、愛人?!私とレインさんはそんな関係ではありません!」
「違うのか?まあいい。こちらの要求は1つだけだ。そこの帝国軍兵士を引き渡せ。そうすれば我々はお前たちには危害を加えない。
我々が到着した時点でお前たちには勝ち目はない。死にたくないのであればそいつを渡せ」
ヴァルゼルが戦闘モードに入る。その横には剣豪が控えている。もう間も無く騎兵や海魔も到着する。
ヴァルゼルと対面したアルドラも理解できた。ヴァルゼルは間違いなくSランク以上…神覚者レベルの強さがある。その横にいる剣士はSランクで後ろから迫っている奴らはAランクだ。
こんな奴らを相手に数十分でも生き残れる自信はない。1人ならまだしも全員は無理だ。
そもそも相手は死なず、疲労も恐怖もない。倒した瞬間に復活してくる。まともに戦えば全滅は免れ得ない。
「ニーナさん……ここで我々に死者が出るのだけは……避けねばなりません」
アルドラはそう話す。他国の助かるかも分からない一般兵の為にこちらのSランクが命を落とす。それほど無駄な事はない。同じ命であるが、国家への貢献度で見れば比べるべくもない。
「はい。……黒騎士さん…この者を引き渡せば我々には危害を加えませんか?」
「黒騎士さん?……まあいいや…もちろんだ。我々の目的はそいつだけ。そう命令されている」
「分かりました」
そう言ってニーナは振り返り地面に横たわる兵士を見た。そして太刀を収めて手でヴァルゼルたちに道を開ける。
他の覚醒者や兵士たちもニーナの判断には合意していた。何で名前も知らない他国の兵士の為に命を危険に晒さないといけないのか。そもそも帝国軍がこうなった原因は帝国が一方的に起こした戦争が原因だと兵士、覚醒者はみんな知っている。
「おい?!……おい!お…ゲホッゲホッ……お前ら……俺を助けに来たんじゃないのか!見捨てるのか?!……お前ら゛ッ!!!」
帝国兵がイグニス王国軍に助けを訴えようとした直後だった。ヴァルゼルの大剣がその兵士の身体を綺麗に左右に両断した。
「これで終わりだ。お前らは先に旦那を追いかけろ。全速力でだ。行け」
すると既に到着していた海魔と騎兵はすぐに走り去った。剣豪は音もなく姿を消した。そしてヴァルゼルも移動を始めようとする。
「待ってください!」
「…………なんだ?」
ニーナがヴァルゼルを引き止める。
「レインさんはこの国を滅ぼすつもりなのですか?」
「旦那がそれを望むなら俺たちはそれを遂行するだけだ。……アンタは旦那の愛人だからな。忠告しておこう」
「だから愛人では!」
「あそこまで怒り狂った旦那を見るのは初めてだ。邪魔するならアンタらでも殺されるぞ?俺たちは既に総数2,000を超える旅団規模となっている。敵となった者たちがどうなるのか……頭の良いお前たちなら分かるよな?
あー……なに心配するな。非戦闘員には手出しはしない。まあ子供でも武器を持っていれば話は別だがな。忠告はしたぞ?あとはお前たちで決めろ」
そう言ってヴァルゼルは走り出す。しかし前方に大きな光の壁が出現した。その壁に阻まれてヴァルゼルは足を止める。
「………お前……何のつもりだ?」
ヴァルゼルの移動を止めたのはアルドラだった。自身が持つスキルと魔法を使って強固な壁を創り出した。
「アルドラさん?!」
ヴァルゼルに対する敵対行為はレインへの敵対行為となる。
「我々は貴方を拘束させていただく。貴方は我々と会話が可能だ。で、あれば召喚された駒ではなく神覚者に付き従う覚醒者であるのは容易に推察できる」
アルドラは少し冷静になって考えた。召喚された駒が言葉を話すなど聞いた事がない。
あの神覚者が召喚した駒が命令に絶対服従で複雑な命令も理解可能ならば、別の誰かの支配下に入れる事も可能なはず。
どうやってかは知らないが、目の前の黒い騎士は神覚者の信頼を得て一部の駒を配下として割り当てられている。
そして今、その駒は離れて行き単独となった。再生しない覚醒者であれば十分勝機はある。
完全に間違った推理を披露したアルドラは盾と剣を構える。
「そうか…なら後悔しながら死ね。見せしめにしてやる。……スキル〈加速上昇〉〈加速超上昇〉〈剛撃〉」
「アルドラさん!武器を収めて下さい!彼は……」
ニーナが言い切る前にガシャンという甲高い音が響く。ヴァルゼルは急加速してアルドラを殴り付けた。
アルドラが持っていた聖騎士の盾は粉々に砕け散った。最上級の魔法石と鉱石を使用し、イグニスの加工技術の粋を集めて作成した盾だ。さらにアルドラの防御スキルによってより強固となっているはずの盾が砕けた。
「……は?」
その状況にアルドラの理解が追いつかない。ヴァルゼルは既に大剣を振り上げている。他の覚醒者たちは反応は出来ていても援護できる状態ではない。
「はぁー……弱いねぇ。この時代の人間種は本当に弱いねぇ。そんなだから生き残れねぇんだよ」
ヴァルゼルは無防備なアルドラの顔を狙って大剣を振り下ろした。
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