第205話







 この剣士は帝国軍の兵士を狙っていた。ニーナが剣で迎撃しなければ間違いなく帝国軍兵士は頭部を両断されていた。この剣士が戦場を回って生きている帝国軍兵士を殺害してまわっていたと確信する。


「貴様!何者だ!所属と名を名乗れ!」


 これまで丁寧な口調だったアルドラは声を荒げて話す。ほぼ敵であると断定される者に丁寧な口調など必要ない。


「………………………………」


 しかし黒い剣士は何も答えない。ただ太刀を鞘に収めた。


「武器を……しまった?敵意はないという事か?」


 アルドラが一瞬警戒を解こうとする。しかしニーナがすぐに割って入る。


「アルドラさんは全力でその兵士を守って下さい。あの剣士は私と同じ職業クラスと似たようなスキルを持っています。そして……おそらく……」


 ニーナが言い切る前に黒い剣士は消えた。そしてニーナのすぐ横に出現してアルドラの前にいる兵士の首を狙って刀剣を鞘から引き抜いた。


「〈光輝なる盾〉!」


 アルドラのスキルにより横になる兵士を覆うように光の盾が出現する。黒い剣士の一閃はその盾によって弾き返された。しかし光の盾に大きなヒビが入る。


「なに?!」


 アルドラは驚愕する。自分が持つ守護のスキルの中で最硬度を誇る光の盾に一撃でヒビが入った。


 Aランク覚醒者の打撃や魔法には無傷で耐え、数発であればSランク覚醒者の攻撃にも耐える事が出来る盾が謎の剣士の一撃で損傷した。これまでの人生で初めてのことだった。


「アルドラさん!目を離さないで!この剣士の狙いはその兵士です!必ず守り抜いてください!」


「りょ、了……」


 しかしまた黒い剣士は姿を消した。そして今度は上空から落下の勢いをつけて光の盾に太刀を突き刺した。既にヒビが入っているところに正確に突き刺した太刀は光の盾を貫通する。


 太刀の剣先が兵士の喉元に迫った時にアルドラは剣士を殴り付ける。剣士は太刀を手放して吹っ飛ぶが空中で身を翻してニーナたちの前に着地する。


 そしてニーナが〈神速〉を使って剣を振り抜き、黒い剣士の左肩から首にかけて両断した。


「ニーナさん?!殺していいんですか!まだどこの所属かも分かっていないのに!」


 この剣士の正体を知らないアルドラは焦る。しかしニーナとリグドには予想がついていた。


 黒い剣士の両断された肩から上の部分は煙のように消えた。そして即座に斬られた所から再生し、太刀を構える。


 アルドラの光の盾に突き刺さっていたはずの太刀は消えていた。


「……やはり」


「……一体……何が起きて……」

 

 ニーナたちと違いアルドラはまだ理解できない。レインのスキルを見た事がないアルドラにとって理解し難い光景だった。


「あれは彼が召喚した駒です。受けている命令は生きている帝国軍の抹殺と言った所でしょうか。そして我々に対しては剣を抜かないので、命令はそれしか受けていないのでしょう。しかし……」


 ニーナが言い切る前に剣豪の構えが変わる。既に動けない兵士を殺す事など簡単だ。しかし自身と同等かそれ以上の強さを持つ者が自分の任務を2度も邪魔した。


 主人の命令は帝国軍の殺害であり、それ以外の者は対象となっていない。だから何もしてこないのであれば何もしない。


 ただし、主人の命令の遂行を邪魔するのであれば話は別だ。任せると命令されている。ヴァルゼルと違い意思疎通の手段を持たない剣豪が行うのは対象の排除、抹殺のみである。


「…………コ…コロ……ゴロ…ス!」


 オーガの仮面の先にある目が赤く発光する。そして対象を見定める。自分の攻撃を2度も防いだ盾を召喚する男か、自分を高速の斬撃で切り裂いた女か、常にこちらを狙う素振りを見せる別の男か。


「我々を狙っています!!Sランク以外は退きなさい!」


 剣豪は対象を決めた。前のめりに倒れ込み、地面に当たる直前に急加速する。その対象は自分と並ぶ強さを持つ3人の中で1番弱そうなメガネをかけた男からだ。


 剣豪はリグドの正面に出現する。ここまでの速度になるとリグドでは反応し切れない。リグドの能力は剣豪とあまりにも相性が悪かった。……だがそれはリグドが準備する時間がなければの話だ。


 カチッ――という音が剣豪の足元から聞こえた。そして剣豪が反応する前に地面から数十発の魔法矢マジックアローが射出された。


 その全てが剣豪を貫いた。剣豪はその勢いに耐えられず空中へと投げ出される。ただその間に投げ出された時に吹き飛んだ左腕は再生し始め、突き刺さったままの魔法矢マジックアローも再生する肉体に押し出されて抜けようとする。


「私が1番弱いと思って狙ったんですか?いくらあの人の駒とはいえ舐めすぎですね」


 リグドは、パチンと指を鳴らす。すると剣豪に突き刺さっていた魔法矢マジックアローが赤く輝き、そして大爆発を起こした。

 


◇◇◇

 


「……ん?剣豪が2回もやられた?向こうに援軍でもいるのか?」


 レインはセダリオン帝国帝都まで真っ直ぐ向かっていた。前方を騎兵たちで守り、その後ろを水龍がゆっくり進む。その水龍の左右には1,000体近い傀儡たちが並んでついてきている。


 レインはその水龍の頭の上に座っている。始めは騎兵に乗っていたが、腰に爆発の気配を感じて急遽、水龍を召喚した。

 

 とりあえずまっすぐ帝都を目指す。夜の間だけは進軍をやめて少しだけ休息を取る。


 もし攻撃されればそこへ傀儡を向かわせて殲滅する作戦を取っていた。兵士でない者まで殺す必要はない。ただ攻撃に加担したなら誰であっても殺すと決めていた。


 そんな時、あの戦場で生き残りの全てを殺すように命令していた剣豪が2回も破壊されたのを察知した。


 元々はSランクだから相当な強さの覚醒者でないと倒せないはず。別にこのまま放置していてもいつかは倒せると思う。


 剣豪を再生する時に消費する魔力もそこまで多くないからその内相手の方に限界が来るはずだ。


 だが剣豪みたいなのでも戦力だ。あの速度があればすぐに追いつけると思ったからあの場に残してきたが、流石に1体だけなのは良くなかった。


「…………多少は抜けても大丈夫だな。騎兵10体、後ろに海魔9体を乗せて剣豪の元へ向かえ。剣豪を援護しろ。あと……ヴァルゼル、お前もだ。帝国軍の援軍なら殺してこい。それ以外なら話して何とかしろ。無理なら殺せ。終わったら戻ってこい」


 ヴァルゼルはレインの後ろに控えていた。だがレインの命令を受けて一度頷いてから即座に水龍の頭から飛び降りた。


 そして既に移動を開始していた騎兵たちと共にここまで来た道を物凄い速度で戻って行った。後ろの傀儡たちの動きに合わせているからそこまで進んでいない。夜は休んでいる。レインが全力で向かえば数十分も掛からないくらいだ。


 あの速度であれば30分以内で着くだろう。あの戦場から帝都まで馬で2日程度だと最後に生きていた兵士が言っていた。ヴァルゼルが片付けて戻ってくる時にちょうど間に合うだろう。


 まさかあの戦場で6日も過ごす事になるとは思わなかった。流石に10万近い敵兵士を相手にするのは傀儡の力があっても時間がかかった。アメリアの事も心配だ。早急に終わらせる。


「ヴァルゼル……さっさと終わらせろよ?」


 そう言ってレインは前方に見えた敵兵士の乏しい防御陣地に対して傀儡たちを突撃させた。

 

 

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