第254話








 そこにはレインが立っていた。レインはあの場所から帰ってきた。そしてエリスたちの状態を見て静かに激怒している。


 エリスが乗っていたと思われる馬車は大破している。エリスを抱きしめているステラの衣服の背中には無数の穴が空いていた。どうやったのかは不明だが、治療はされている。  

 しかしあの穴は背中に剣や矢が突き刺さった跡だと誰でも分かる。そしてそれは致命傷だった事も。


 エリスに怪我はないように見えるが、服は汚れ、所々が破れている。レインの後ろにいる無数のヘリオス兵とレインの前に立つ4人の天使、そしてエリスから立ち昇る黄金の魔力。


 ヘリオス兵は何となく敵だと分かるが、それ以外が何も分からない。魔王になったからといって頭が良くなる訳じゃない。何とも悲しい事だ。


 さらに魔王になって感知能力がさらに高くなった。それで分かることが1つある。自分の背中に物凄い速度で迫る者がいる。それが誰かは分かる。あの場所で埋葬してすぐに魔王城に行ったのがまずかったようだ。知らなかった――そのような言い訳が通用してくれるのを切に願うばかりだ。


 その魔王城には数百年近くいた気がする。正確な年数なんて覚えていない。でも外では数時間くらいしか経っていないだろう。降参する事なくあの場にいた全てを屈服させた。覚悟を決めたら人間は大抵の事は可能なんだとよく分かった。魔神だって最後の方は少し引いてた。


「まさか……魔王?!」


 天使オルファノが呟く。


「このタイミングかよ……人間相手なら何とでもなるのに魔王も来るのか」


 アギアも動揺を隠せない。魔王を相手にエリスを守り切れるか分からないからだ。


「…………エリス」


 数百年離れていたとしても一瞬たりとも忘れたりしなかった。会いたくて仕方ない人が目の前にいる。少し踏み出せば触れられる距離にいる。


 レインが一歩前に進み出した。その行動を神軍長たちは攻撃だと受け取った。


「うおおおおお!!!」


 アギアは拳を握り、全力の拳撃を放つ。人間であれば容易に消し飛ぶほどの威力だ。その拳撃はレインの腹部に狙いを定め、そして後方に物凄い爆風をもたらした。


「…………なんだ?お前は?」


 "もう全然状況が分からない。数百年ぶりにやっと出て来られたと思ったらエリスが変なところにいるし、街の傀儡は全部展開してるし、訳がわからない。とりあえずエリスの所に来たけど……なんだこいつらは?"


 しかしアギアの拳撃はレインによって受け止められた。片手だけで受け止められて、びくともしない。すぐにアギアは拳を引こうとするが、鷲掴みにされて引き離せない。


 レインは掴んでいる拳に力を込める。拳はミシミシと音を立てて歪んでいく。


「アギア!!」


 オルファノがレインの腕を斬り落とし、アギアを救うために剣を振るう。


「……アスティア、来い」


 しかしレインの背後から出現した漆黒の天使が大剣を振いオルファノの炎剣を弾き飛ばした。

 

 レインの新たな配下の中でも最強格の存在である『傀儡長』大天使アスティアこそアルティがかつて使役していた傀儡の軍団をまとめ上げていた者だった。6枚の翼を持ち、全身鎧を着用し、ヴァルゼルよりも巨大な大剣を片手で軽々と振るう。


「ん?奴らは神軍長ですね。神の尖兵が何故ここに?」

 

「神軍長?アスティア知ってるのか?」


「詳しくは知りません、王よ。私はかつて神軍長たちをまとめる立場ではありましたが、彼らは見た事がありません。おそらくは次の世代の神軍長だと推察します」


「なら敵か?…………おいお前、お前がエリスとステラに怪我させたのか?答えろ」


 レインは目の前で苦痛に顔を歪めているアギアに問いかける。このまま拳を握りつぶす事も出来る。だが、もしエリスを助けようとしてくれていたのだとしたら仲間となる。


「…………お、俺たちは…母上…いや女神エリスを守護する盾だ…。危害など死んでも加えないし、この……命に変えても加えさせない!!」


「そうか。ならお前たちは味方だな。……じゃあ敵はやっぱりアイツらか」


 レインはアギアの手を離す。アギアの目が真実であり、嘘はついていないとレインは直感で理解した。アギアが解放された事で、アスティアもオルファノへ向けた剣を収めた。


「全傀儡召喚」


 その日は晴天のはずだった。レインがその言葉を呟くまでは。


 レインの背後に控えるように大地も空も全てが黒に染まっていく。空には無数の黒い天使が出現し、地面からは黒い騎士が這い出てくる。空に浮遊するのはレインがあの場所で獲得した新たな傀儡たちだ。


 その数は総勢50,000体を超えていた。レインのほぼ無尽蔵の魔力が尽きない限り永遠に復活する傀儡が1つの大国の全兵力に相当する数となった。


 


 

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